第267話 光の道

 今まで、相手からの攻撃に対しては、視線、腕や肘の向き、足や膝の向き、筋肉の動きなど全てを凝視したうえで反応し、攻撃を回避していた。

 でも、今回は見るんじゃない。

 感じる。このあたり一帯が全て俺の感覚になっているかのように、この空間内にある全てを把握。

 そうしちまえば、もう誰も俺を捉えられない。


「くっ、何を……投げ続けろ! 射続けよ! 相手は一人だ! 早急に始末せよ!」


 これまで冷静に、離れた距離から位置も悟らせずに俺を中距離から攻撃してきた魔王軍の連中も慌てている。声を荒げているのが、その証拠だ。

 そして、今の俺にはその動揺が鼓動までもが伝わってくる。



「クロスオバー……キャリオカ……スプリットステップ!」


「「「「ッッ!!??」」」」


 

 もう、俺は目も開けてない。

 そのうえで、俺が身に着けているあらゆるステップワークを駆使して、魔王軍の攻撃に一切被弾しない。

 俺とエスピの身体のすぐ傍を、大量の矢や石が通り過ぎる。

 当たらない。

 いや、俺が避けているんだ。


「なに? この人……全然あたらない……」


 そして、今の俺のこの動きは、子供とはいえ歴史に名を刻む七勇者様も驚いてくれるほどのものってことだ。

 だが、一方でトレイナが「調子に乗るな」と注意した意味も分かる。

 右も左も前も後ろも周囲全ての情報が入ってきたうえで、自分自身がどういう行動を取るのかを一瞬で決めなければいけない。

 つまり、次々と情報が一遍に頭の中に入ってくるから……


「へへ……っ……」

『童……実感したか?』


 ほんの数秒、マジカルレーダー発動状態でマジカルステップやっただけで、結構汗が出てきちまった。

 つまり、頭がパンクしそうになる。

 さらに、このレーダーはかなりデリケートだから、それを維持し続けるのも相当神経を削る。

 これが、今の俺ではまだ長時間レーダーを発動できない理由ってことだ。

 つまり、タラタラやっている訳にはいかねえ。


『よいか? 相手は軍人。多少動揺してはいるが、配置からの連携は一流だ。無暗に動いても追いつめられるだけ。レーダーで相手の配置、そしてどう動いて来るのか、自分がどうすれば向こうがどう反応するのかを予測して動け。戦碁のように先読みを駆使せよ!』


 言われるまでもなく、俺の頭の中は全てを把握。

 そして、頭の中でイメージが浮かんでいく。

 敵の配置。投石と射撃を繰り返しながら移動して、俺に位置を悟らせないようにしていく。

 だけど、伝わってくる相手の動きは、同じパターンで動いている。

 似たようなパターンを繰り返しているだけ。

 

『そうだ。兵たちは連携を使っている。しかしそれはすなわち、予め定められた動きをしているだけなのだ』


 連携は、それぞれ勝手にバラバラで動くものじゃない。

 決められた動き、法則、約束事がある。

 なら、それを把握しちまえばいい。

 右前方の4人が左右にばらけ、左の8人が待機して……


『兵たちも一流とはいえ、奴らのような重量級の兵たちの本来の専門は、最前線での突撃だ。この森の中の夜戦では、それほど複雑な連携をしていないであろう?』


 なるほど……



「よし、大体分かったぁ! エスピ、舌を噛むんじゃねえぞ?」


「あ、え……?」



 そして、俺はこの時、あるものが見えた。


「ぬ……おい、左に行ったぞ!」

「おい、そっちに行った! 正面に回って迎え撃て!」


 頭の中で思い描いた、ここから包囲網を潜り抜けるルート。

 眼を見開いた瞬間、そのルートがこの闇夜で光って見えた。


『そうだ。それだ……』


 そのとき、傍らのトレイナが機嫌よさそうに頷いた。 

 同時に俺は、数か月前にトレイナから言われた言葉を思い出した。

 それは、家出した直後。俺がアカさんと出会う直前、トレイナからマジカル・パルクールを教えてもらったときだ。


―――目的地、目標までの最短ルート。これまでスパーリングや速読でしか活躍していなかった、動体視力や周辺視野を応用したもの。経験や予測、そして周囲の観察力や状況把握能力から、障害を回避しながら目標までの最短ルートを、『自分の身体能力、受け身、足場の状況や危険度』を測りながら、見抜く能力。熟練者は、走りながら一瞬で状況を見抜き、目標まで進むべき道の最短ルートが光の道となって現れる……シャイニングロード……という現象がある



 これまでの俺はまだそこに至ることはできていなかった。

 だからこそ、至った今だからこそ分かる。

 森の中に照らされる、一本の光の道。



「ここだ!」


『それが……マジカル・シャイニングロードだ!』



 その光の道を俺は走る。

 右に、左に、パルクールも駆使して岩や木を蹴り、跳び……


「なっ、ほ、方向転換!? そっちには……」

「っ……って、をい! 何故お前らがそっちに……」

「は? だって、正面に回って迎え撃てって……」

「しまっ、それじゃあそっちはガラ空きだぞ!?」


 魔王軍の兵たちを手玉に取って、がら空きになった包囲網を、俺は悠々と突破した。


「っ、いかん! 追いかけろッ!」

「まずい! 七勇者のエスピだけは逃がすな!」

「撃て、撃てええええええ!」

「あっ、また方向転換して……」

「なんだ、あの動きは! まさか……ジャポーネ王国の忍者戦士か?!」


 そして、後方へ置き去りにした連中がどんな攻撃を仕掛けてこようとも、俺はもう捉えられない。

 


「逃げきれ……ちゃった……」


「ん?」


「……ねぇ、誰なの? こんなにすごいのに……私、あなたしらない。有名な人なの?」


「いずれ……世界に轟く男だ。名前は……言えねーけどな」


「……せかい? でも、名前は言えない? なんで?」



 ポカンとした表情で俺の腕の中で見上げてくるエスピ。

 その頭を俺は撫でてやりながら……



「事情があってな。とりあえず……無事でよかったぜ。言っても意味ねーだろうけど、あんま……無理すんなよ?」


「あ……」


「……ん?」



 すると、エスピは一瞬ビクッとするも、すぐに俺の胸を掴んで顔を埋めてきた。


「……なんでやさしいの?」

「あ?」

「……わたし、ダメな子だったのに……なんでやさしいの? たすけてくれるの?」


 なんだ? ギュッと握ってきて、ちょっと小刻みに震えている?

 怯えている訳じゃなさそうだけど……でも、俺が優しい? 

 この程度のことで何を……


「お前も七勇者だろ? 他の七勇者……兄貴分とか姉貴分とかいるんじゃねーのか? 優しくしてもらえてねーのか?」


 トレイナが言っていた。

 七勇者のエスピは、親父や母さんの妹分のように見えていたと。

 だけど……


「ううん……七勇者だけど……ほかの七勇者はいつか敵になるかもしれないから、仲良くするなって言われたの……」

「は?」

「だから、私……ヒイロたちと、会ったことあるけど……ぜんぜん関わってない……」


 え、ええ? 何それ? 同じ称号を持ってはいるものの、別に仲良くはない?

 つか、それって仲間でもないんじゃないのか?

 

『トレイナ……』

『いや、そんなことはないはずだ。少なくとも余の知る……いや、それはもう少し後のことなのかもしれんな……』

『ん?』

『つまり、ヒイロとマアムはまだエスピとはそれほど親睦を深めていないと……深めるのはこれからということなのだろう』

『あ~……』

『それに、ベトレイアル王国の老害たちなら……『そういう指示』をするだろうしな……連合と協力の姿勢を見せつつ……他国の軍事力や弱点の情報を得ようとしたり、手柄を立てて発言力を強くしようとしたり……』


 ちょっと話が違うんじゃないかとトレイナに尋ねたが、つまりそういうことか?

 だから親父と母さんは……つまり、エスピが親父や母さんの妹分になるのはこれからってことか。

 ったく、時代の流れと関係性がイマイチ分からねえ……



「……なぁ……仲良くなっちゃダメって、誰が言ったんだ?」


「え? ……私のくにの……王様とか……おとなのひとたちが……」


「ったく、子供の気持ちを無視して勝手なことを押し付ける国ってのは、どこにでもあるんだな……いつの時代でも……」



 俺の問いを、むしろ「どうしてそんなこと聞くんだ?」という反応を見せたエスピに、何だか安っぽいかもしれないけど同情しちまった。

 正直、俺も偉そうに説教じみたことを言えるほど大した男でもねぇけど、今のエスピには何故か、何かを言ってやらねえとと感じた。

 だが、その前に……


「っ、う……う……」

「ッ!? しっかりしろ!」


 腕の中で、エスピが少し苦悶の表情を浮かべた。

 そりゃそうだ。元々重傷で、だいぶ弱ってるんだ。



『童。水辺を探せ。そこで一度エスピを手当しろ。幸い道具屋で色々と買ってあるしな……治療の仕方は余が指示する』


「ああ」


『それと……エスピもだいぶ消耗しているようだしな……離れたところでキャンプを張ろう』


「……………」


『…………なんだ?』


「いーや」



 なんかトレイナも普通にエスピを助ける協力をしてくれてるけど、こいつかつて親父たちと一緒にトレイナを七人がかりでタコ殴りにした一人なのにな……それなのに……


『ふん。貴様が生まれてすらいないほど昔の話など……今はどうでもよかろう……それよりキャンプだ! キャンプと言ったらカリーだ! 栄養満点でエスピも治療を終えて食わせたら一発だ!』


 なんか、恥ずかしさを誤魔化しているかのようにキャンプだのカリーだのと張り切った様子を見せているが、もう俺もそのことにはツッコミ入れず……


「おう!」


 笑って頷いた。 

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