第261話 ムカつく

 何だか訳わからな過ぎて頭が痛くなってきた。

 突然現れた謎の女は、なんと七勇者の一人のエスピで俺のことを知っており、なんか訳の分からん因縁を押し付けて俺を殴ろうとする頭の痛い奴。

 一方で、カリーに並々ならぬ執念があるのか、出会ったばかりの俺のところまでワザワザ隠し味のコーヒーを持ってきて、それどころか一緒に調理しようとしてくる変な男。

 そんな女と男が一触即発の空気を出したかと思えば……


「って、お前らカップルかよッ!?」

『なんと……そんな繋がりが……』


 思わず俺がツッコみ入れて、トレイナも呆れたように溜息を吐いた。

 すると、エスピとスレイヤはこっちを見て……



「「結婚はしてないから。結婚式やってないから。だから、子供も居ないから。結婚も結婚式もちゃんと互いの家族に許可を貰ってからじゃないとね」」


「いや、何も聞いてねえし! ってか、興味もねえし! つか、さっきまで喧嘩しそうだったのに、ここで一言一句息ぴったりかよ!?」



 二人が恋人だと言われて確かに驚いた。だが、別にだからどうってことねぇ。

 つーか、人の事情もお構いなしに自分勝手なことをしてくるこの自己中ぶり、お似合い同士とも言える。

 まぁ、互いに自己中同士が付き合うのはどうなのかとも思うが、そもそも俺には何の興味もねえし、関係ない。

 だが、そんな俺の言葉に二人は露骨に溜息吐いた。


「は~、ちょっと聞いたかな、スレイヤくん? あんなこと言ってるよ?」

「まったく、ひどいものだよね」

「私はもうなんだかんだで二十三だよ? 十代で結婚する人も珍しくない今の世の中で未だに結婚してない事情をお察しして欲しいよねえ? おバカさんだよね?」

「結婚というのは互いの気持ちだけで成立させちゃダメなんだよ。当然、大切な人たちに祝福されて初めて幸せに踏み出せる。そんなことも分からないなんて、まったく阿呆だね」


 まるで俺を大人の事情を知らねえガキと言っているかのような口ぶりに、俺のイライラも募っていく。

 つーか、知るか。勝手に結婚でも何でもしてろってんだよ!

 

『童、ペースに巻き込まれるな……』

『トレイナ……でも……』


 すると、そんな俺を落ち着けようとトレイナが耳打ちしてきた。


『どうもこやつら……余にもよく分からん。今は様子を見ていた方がいいかもしれんな……』

『え……?』


 イラついている俺とは違ってトレイナは冷静。そしてどこか訝しむ表情をしている。



『スレイヤという男も分からんが……このエスピも……かつて戦った相手というのに、今はよく分からなくなっている。まぁ、余がこやつのことを知っていたのは、7~8歳頃のことゆえ仕方がないが……』


『……大人になって変わっちまったか?』


『その可能性はある。それにこの娘は昔から聡いところもあり、何よりもヒイロたちのように馬鹿正直に正義だの大義だのを全面に出すやつではなかったからな……しかし……』


『しかし……?』



 トレイナはまだ答えを出せないようで、ハッキリとエスピが「敵」とか「逃げろ」とも言わない。

 代わりに「様子を見ろ」と言い、その上で……



『ただ、一つだけ分かるかことがある……エスピもスレイヤも……こやつらは……童、貴様に対して……悪い感情はなさそうだぞ?』


『いやいや、エスピのやつはぶっ飛ばすとか言ってるぞ!?』


『うむ、だから分からぬのだ。こやつら……何が目的なのか……そして何故、童がマスターキーを持っていることをエスピが知っているのか……』


『あっ……』



 そういやそうだ。マスターキーはそもそもパリピから貰ったもの。

 そして、そんな俺とパリピが繋がったのは先日のことだ。

 あいつが俺の部下に……押しかけ舎弟に無理やりなったことで、そのプレゼントみたいなもので貰ったものだ。

 それなのに、何でこの女は俺がマスターキーを持っていることを知ってる?

 確かに気になるところだ。


「さっ、とりあえずカリーの準備をしようよ」

「では、お兄さん。一緒に野菜を切ろう」

「いやいや、お前らちょっと待て! 急にそんなこと言われても!? つうか、俺は野菜を切ったことがない!」

「「えぇ!?」」


 なんでそんな呆れた顔してんだよ! 悪いか!


『童……』

『トレイナまで! 仕方ねえだろ! 包丁は危ないから触っちゃいけませんってサディスに……』

『……お坊ちゃまめ……』


 だって昔、俺がまだ十歳ぐらいだったか? 

 サディスの誕生日があって、いつものお礼に俺が頑張って料理を作ろうと思ったことがあったんだ。

 コッソリとキッチンに入って、いざ料理をしようとしたとき。



――サディスの誕生日は俺がゴハン作るんだ……っえっと、包丁は……


――あら? 坊ちゃま、キッチンで何を……ッ!? 坊ちゃま、何をしているのです、危ないです!


――あっ、サディス……お、俺、サディスにご飯作ってあげようと……


――坊ちゃま、そのお気持ちは嬉しいですが、坊ちゃまに包丁は早いです。いいえ、坊ちゃまが料理をする必要はありません。坊ちゃまのご飯を作るのが私の生きがいなのですから、私の生きがいを奪わないでくださいね。


――サディス……


――坊ちゃまのお食事は、ずーっと、ずーっと、サディスが作ります♡ 


――いや、俺のじゃなくてサディスのなんだけど!? 誕生日の……その……


――それでもダメです♪ 



 ってなことがあって、サディスは俺に包丁は持たせてくれなくて……って、だから、トレイナ! んな顔をするなよ!


「はぁ……そうなのか~……随分と過保護に育てられたお兄ちゃんだねぇ……サディスちゃんの所為かな?」

「そうか……まだ料理ができないのか……それはちょっと困るね……」


 で、このバカップル二人も俺を嘲笑するかのように……大きなお世話だ!


「そうなると……どうしよっか? カリーを作れないなら……先に……」

「そうだね。カリーを食べたいところだけど……もうここまで来たら……ね……よし。とりあえず、このコーヒーは君にあげるよ。これでちゃんとしたカリーを作る訓練をするんだね」


 ん……?


『童……』


 ああ、トレイナも分かったようだな。

 なんかここに来ていきなり、二人の空気が変わった。

 なんだ? 何をしようとしている?


「ねえ……お願いがあるの」

「なんだよ……」

「私とスレイヤくんを……助けて欲しいの」


 違う。俺に何かをしようとしているんじゃなくて、俺にお願い?

 しかも、助けろ? 


「おい、何もかも唐突過ぎるぞ?」


 そして、またまた限界だと俺は声を荒げた。



「あはははは、やっぱ……そうかな?」


「ったりめーだ! そもそも、あんたは現れた瞬間から今に至るまで分からないことだらけなんだよ! 唯一分かったのは、七勇者の一人で、店長さんの恋人で、とにかくなんかウザいってことぐらいだぞ! それで俺にお願いだ? 助けろだ? 分かんねーよ!」


「うん、分からないよね。うん。……うん……さて……どう説明したものかね~……でも、一から十まで全部を教えることはできないけど……ただ、コレを……」


「ん?」



 そのとき、エスピがどこか切なそうな表情を浮かべながら、何かを俺に差し出してきた。

 布袋に入った、手の平に収まるぐらいの何か。



「コレを持って……シソノータミの遺跡を目指して欲しいの。私とスレイヤくんと一緒に」


「は? 嫌だよ」


「……あら? ひどいな~、話しぐらい聞いて欲しいのに……」


「人に話を聞いて欲しい奴の態度かよ。大体、テメエこそ人の話も聞かずに俺をぶっ飛ばすとか勝手なこと言いやがるし!」


「え~? んも~、男のくせに細かいことブツクサとうるさいな~。ほんとぶっ飛ばすよ?」



 何を渡されようとしているのか分からない。

 だけど、こいつらのお願いが、この二人を連れて例の遺跡を目指せということなら断固お断りだった。



「あ゛? ここ数日、伝説の住人たちのオンパレードだったんでな……舐めてるわけじゃねえが、七勇者一人の脅しぐらいで、俺がビビると思ってんのか?」


「……なんか……ほんと……ムカツク」



 仮にこの女が何を企んで、状況によっては俺に力づくで何かをさせようというのなら……七勇者とのガチバトルは本来なら願い下げだが、状況によってはやぶさかじゃねえ。

 そう思って俺もまた発する空気を変えた。

 しかし……


「エスピ、やめたまえ」

「……むぅ……」


 スレイヤが俺たちの間に入って、エスピを窘めた。

 すると、エスピも不貞腐れたように頬を膨らませたが、俺に何かをしてくることはなかった。


「ぶ~、分かってるよ。でもさ~、でもさ~、こっちの事情も知らずにさ~」

「君が悪い」

「あー! スレイヤくんだけイイ子ブリッコして! あ~、ムカつくムカつく。じゃーいーよ。はい。とりあえず、コレだけは受け取ってよ」


 そう言って、エスピは俺に布袋を投げ、俺は反射的にそれを受け取っちまった。

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