第260話 衝撃
人がぷかぷか浮いている? そして不思議なのは、魔法という感じがしないことだ。
魔呼吸習得によって、大気中の魔力や、相手が使う魔法などに敏感になっている俺が、このときは何も感じなかった。
まるで有翼人が空を浮いているかのように、その女はぷかぷか浮いている。
「ねえ、どういうことなの? スレイヤくん。どうして君がいるのかな? お仕事は?」
「何か問題でもあるのかな?」
「ふーんだ。まっ、いいよ。私の目的は君なんかじゃないし」
スレイヤの知り合いのようだな。いずれにせよ、この女はどう見ても只者じゃねえ。
そういやトレイナもこいつのことを知ってそうだったけど……
「こんにちは、妹を泣かせるお兄ちゃん♪」
「は?」
「うふふふふふ、うふふふふふ、うふふふふふ~」
突如俺を見て、ニンマリと笑顔を浮かべてくる女。
いやいや、お兄ちゃん? こいつ一体……
「あんた……誰だよ」
「はぁ~……ムカつくな~……私のことを知らないなんて………」
俺がそう尋ねると、女は溜息を吐いて眉を顰めた。いやいや、知らねーよ。
そういや、スレイヤもこんな感じのこと言ってたな。
何でこの数日で、自分は誰からも知られている存在だなんて自惚れた連中に立て続けに会うことに――――
「ほら、知らないってさ。大層な肩書を持っていても、今の世代には知られていない無名の君はどっかへ行ったらどうだい? エスピ」
「世の中にはハクキみたいに十数年前から手配されている賞金首が居るのに、それも狩らずに呑気に道具屋店長している君はどうなのかな? スレイヤくん」
『あやつ……見違えたが……面影が……七勇者の一人、『エスピ』かッ!?』
女はスレイヤと仲が悪そうな……ん? トレイナ? 今、なんつったの?
「え、エス……ピ……え? し、七勇……!?」
「うふふふふ、驚いてる驚いてる♪ でも、覚えてはないかな?」
「ッ!?」
「まぁ、私が最後に君と会ったのは……君がまだオギャーオギャー言ってる時だったからね……それに、あんまり抱っこさせてもらえなかったから」
「そ、んな……あ、あんたが……?」
「うふふふ、懐かしいな~。君を抱っこさせてもらうと、サディスちゃんが……『はい、十秒経ちました。終了です。坊ちゃま抱っこしていい時間は終わりです。坊ちゃまをずっと抱っこしていいのはサディスだけなんです』……なんて言われちゃって、すぐ取り上げられたからね♪」
嘘じゃなさそうだ……こいつ……俺のことも知ってる。
トレイナも言ってることだし、やっぱり間違いないのか?
本物の……
「七勇者のエスピ……だってのか? ッ、俺に何の用だ!」
そして、こいつが本物の七勇者の一人だってんなら、ノンキにボーっと突っ立ってるわけにはいかねえ。
俺は慌てて身構えた。
「あら?」
「俺を見つけたって言ってたが……俺を探してたってことか? 親父たちに言われてきたのか? 何のつもりだ?」
そう、こいつが親父と母さんの旧友だってんなら、ましてや俺のことを探してたっていうなら、想像できる目的は、俺を連れ戻しに来たってことが考えられる。
しかし、エスピは俺の予想に反して、苦笑しながら溜息を吐いて……
「別に~。ヒイロもマアムも関係ないよ。私は君にお説教と、一発ぶん殴りにきたの」
「な、なに?」
「妹を泣かせる最低最悪の男をね」
「……は?」
妹を泣かせる? なんだ? 何を?
俺に妹って言われて思い浮かぶのは……アマエ……
「どうでもいいけど、先客はボクだよ。君は後にしてくれないかい? エスピ」
すると、そんな戸惑う俺と笑うエスピの間に、これまた訳の分からんことにムッとしたスレイヤが入ってきた。
「あ、ちょっと、レディーファーストでしょ、スレイヤくん! ぶっとばすよ~?」
「ふっ、君が? ボクを? やってみるかい? 自分勝手な痛々しい女のくせに」
「は? 自分勝手? そんなの自分も同じでしょ?」
「君には負けるよ」
っていうか、こいつらはこいつらでどういう関係なんだ?
一触即発?
なんか、空気が変わってビリビリと痛い。
ん? そういえば……エスピとこのスレイヤって……
『うむ……余が知っているのは……かつて、天才少年ハンターだったスレイヤが、ノジャに敗れて捕えられたところを、エスピに助けられたということぐらいだが……』
そう、確かそんな繋がりを道具屋でも聞いた。
でも、この様子だともっと何か……
「とにかく、ボクは今からお兄さんとカリーを作るんだから。邪魔をしないでくれるかな?」
「……カリー? ……カリー!? 食べたい食べたい!」
ん? なんだ? スレイヤが告げた言葉にまた状況が……エスピが一触即発の空気から一変して急にはしゃぎだして……
「あっ、じゃあ私もカリー作り手伝うから、ぶっ飛ばすのはその後ってことにするならいーい?」
「うん、それならいいんじゃないかな?」
「よかった。ま、そうだよね……うん……『渡したいもの』もあるしね」
よくねええよおお! 何でそうなる!?
カリーが何故そこまで優先される!? しかもカリー作ったらぶっとばしていい? いいわけねーだろうが!
「ちょ、待てよテメエら! さっきから黙って聞いてれば一体どういうことだ! つか、そこの七勇者も結局何が目的だ?! 妹を泣かせた云々は、アマエのことか?! それならもう解決したぞ! もう仲直りもしたし、ほっぺにチューまでしてもらったんだぞ!」
「……ん?」
「俺が妹分を泣かせたまま放置するわけねーだろうが! それともあれか? 事情はよく知らねえけど、あんた、親父と母さんにとっても妹分みたいなもんだって噂で聞いたことがある! なんかそこら辺で拗らせてんのか? ああん?」
「…………」
「だいたい、そこの店長も急に現れては無表情で勝手なことをペラペラと……どんだけカリーが好きなんだ!」
「………むっ……」
流石に俺も当事者なのに蚊帳の外扱いで勝手に話を進めていく二人にイラつきの限界を超えて思わず叫んじまった。
すると二人は互いに見合って……
「んも~、スレイヤくんの所為で怒られちゃったじゃん」
「まったく、君のおかげで怒られちゃったじゃないか」
「テメエら二人共の所為だよッ! ウゼーなこいつらぁ!!」
互いに責任を押し付け合いやがったので、また俺は怒鳴っちまった。
すると……
「ねえ、『マスターキー』は持ってる?」
「ッ!?」
「あっ、持ってるのか~、じゃあもう完璧だね。これで……もうすぐ望みが叶うんだね……なら、うん……それでいいか……」
エスピの口からの唐突な問いに俺は思わず衝撃を受けちまった。
そんな俺の様子に、答えを聞かずとも察したエスピは、余計にニヤニヤと……
『こやつ……何を?』
トレイナもエスピの真意を理解できずに鋭い目つきで睨んでいる。
そう、まるで分からない。
この女のことが何もかも。
すると、エスピとスレイヤは互いに頷き合い……
「それじゃぁ、とりあえず謝っておこうかな。ごめんね、私の『彼氏』が迷惑をかけちゃったかな?」
「すまないね。ボクの『彼女』が不快な思いをさせてしまって」
…………? ……ッ!?
「ぶぼっ!?」
『なにっ!?』
なんかもっとすごい話が出てしまった。
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