第258話 感知
辺りも暗くなり、街からは人の声も聞こえなくなるほど静まり返った。
飲み会のときは辺りかまわず騒がしかったのだが、翌日の仕事も控えているということもあるのか、漁師たちは際限なく飲み続けるということも無く、時間はキッカリのようだ。
海辺に面した森の中。どこまでも果て無く続く静かな広い海を眺めながら、俺は意識を集中させてポーズを取っていた。
「マジカル・ハッピーベイベー……」
『うむ、以前よりも姿勢が安定している』
カクレテールで学んだ、マジカル・ヨーガのトレーニング。
呼吸、姿勢、瞑想を組み合わせて、身体の気の流れをコントロールするものだ。
『どうだ?』
「ああ。ここ数日の死闘を経てから、以前よりも魔呼吸をスムーズにできる……自分の感覚が研ぎ澄まされているのが分かる」
元々は魔呼吸の感覚を習得するために実施していたトレーニングだ。
今では、マチョウさん、ヤミディレ、冥獄竜王バサラ、パリピという度重なる死闘を経て、普通の呼吸と同じような感覚で魔呼吸をできるようになった俺は、以前よりも自身の感覚が鋭くなっているのが分かった。
『うむ。本来、魔呼吸自体が超高難度の力。ヤミディレですら習得できなかったものだ。今の貴様が身に付けている感覚には自信を持ってよい』
思わず息を呑む。
『心拍数が上がっているぞ?』
「あ、わ、わり」
『貴様がこれから新たに習得しようとしている力は、更なる鋭い感覚を必要とする。集中力の乱れは命取りだぞ?』
「押忍」
トレイナからの太鼓判だ。
しかも、ここからもっと上へいけるものを学べるんだ。
興奮するなって方が無理だが、俺は何とか心を落ち着けようとした。
「確か……テーマは魔法だよな?」
『うむ』
数日前、船で少しだけ話したよな。
あんとき、俺はギガ級とかテラ級の威力の大呪文でも教えてもらえるのかと思ったけど、それはすぐに否定されたな。
じゃぁ一体……
『分野は魔法ではあるが、これに詠唱や属性の得手不得手は関係ない。これは魔力を使っての『感知魔法技術』だからだ』
「感知……?」
『そう、これから貴様が習得するのは……万物の感知……自身の魔力を周囲に形を変えて伸ばしたり、放出することにより……周囲のあらゆる状況を把握することができる力だ』
おお、いかにも凄そうな大層なテーマだ。
そして、凄いのはテーマだけではない。
『例えば光が一切ない暗黒のダンジョンに入ったとしても、この力を使えば、天井の高さ、両壁の距離、奥行き、道がどう分かれているのか、生き物、モンスターなどが存在しているのか、その大きさは、その数は、そのフロアに何が存在しているのか、罠はあるのか、更に鍛えればそのダンジョンが地下へ続く場合は地下何階まで続いているのかなど、一瞬で把握することができる』
「ッ!?」
『さらに戦闘に応用すれば、敵がどこに隠れているのか、何の武器を持っているかまで分かるようになる』
大まかな話を聞いて、俺は徐々にそれがどれほどのことかをようやく理解し始めた。
もしそれだけの力を身に付けられたら……特に俺のような戦闘スタイルからすれば……
『そう、これからの修行で貴様には、周囲の『目に見えないもの』すら感じ取り、把握できる力を身に付けてもらう』
俺の戦闘スタイルで重要なのは、眼力だ。
俺の戦い方は、相手の視線、相手の武器、足の向き、筋肉の僅かな軋みなどから、相手の動きを予測することだ。
そうすることによって、どう避けるのか、カウンターをするのか、反応する。
言うなれば、俺は『目に見えるもの』に反応して戦う。
つまり、『目に見えないもの』には反応できないんだ。
『分かるだろう? もしこの感覚を身に付けていたら……過去の戦いももっと楽だった場面があったろう?』
その通りだ。初めてシノブと森の中で戦ったとき、姿を隠して、森の障害物などの死角から襲ってくるシノブの攻撃に手も足も出ずに振り回された。
『この感知力を身に付けるのと身に付けないのとでは、戦闘の幅が大きく変わる』
あのときは、大魔螺旋で全てを吹っ飛ばすという力技で乗り越えたが、もしあのときに感知の力があれば、シノブがどこに隠れてどこからどんな攻撃をしてくるのかも把握することが出来たってことだ。
『感知により、この世のあらゆる全てを把握することが出来る『感知魔法技術』……これを……『マジカル・レーダー』と呼ぶッ!!』
そして来ました! 久々のドヤ顔トレイナのネーミングッ!
とはいえ、もう今ではそれをダサいとは少しぐらいしか思わない。
その新たに習得しようという技術がどれほどのものか分かっちまったからだ。
『まぁ、貴様の魔力容量からも感知できる距離や範囲の限界などはあるので……あまりにも深すぎるダンジョンとか、深海に眠る宝とか、ましてやここからカクレテールや帝国に居る者たちを感知するとかも無理だがな』
「なるほどな。だが、それでも是非とも覚えておきたいぜ」
『では、瞑想、ヨーガ、その他にもとにかく集中力を磨いて感覚を更に研ぎ澄ますようにしてゆくぞ』
「押忍ッ!」
『そして、今回は帝都の御前試合やカクレテールの大会のように期限があるわけではない。魔穴のこじ開けや、水抜きのような無茶なトレーニングはせず、地道にコツコツとだ』
確かに、今回は何か月後かにある大会の優勝とかそういうのがあるわけじゃない。
だから、ゆっくり地道にコツコツトレーニングしよう。
「地道か……そういえば、パリピの連絡によると、明日だったな。例のブツが届くのは。だけど……」
『うむ、すぐに遺跡に向かわなくてよかろう。今は貴様への指導が先だ』
「そっか。そりゃありがたい」
『ふっ、貴様には他にも教えることが山ほどあるからな。戦闘以外で……そう、火のおこし方とか、肉の捌き方、野菜の切り方、スパイスの調合の仕方、服がボロボロになったら裁縫の仕方とか……って、本当に教えることが山ほどありすぎるぞ、まったく!』
「うっ……面目ねぇ。よろしく頼むぜ~、師匠」
『むぅ……都合のいいときばかりそう言いおって……』
「あっ、集中力を磨くトレーニングの一環として……戦碁とかってどうなんだ?」
『うむっ! もちろん効果的だぞー! よし、では早速一局打とうではないか、一局一局! さぁ、さっさとヴイアールで夢に入るぞ。一局だ! 置き石はいくらでもよいぞ~♪』
「くははは……チョr……ッと」
『……ん? おい、童! 貴様、今……余がすぐ機嫌よくなったとか、チョロいとか、単純とか思ったな! 口を慌てて抑えても無駄だ!』
「え!? お、オモッテネーヨ?」
『貴様の考えていることなどお見通しだ! おのれぇ、ならば今宵は戦碁で一刀両断した後に、久々にスパーリングしてくれる!』
「いや、よ、夜通しは勘弁……」
『甘えは許さぬ! そもそも最近、貴様は余をほったらか……うぉっほん、余に対する敬意が足りぬからな! ここらで、また知らしめてやらねばな!』
六覇とか、七勇者とエンカウントする予定もなく、あえて避けるように行動しているわけだしな。
だからしばらくは、トレイナと修行して、たまに一緒に遊んだりして、ゆっくり世界を渡ろう。
そう……
そう思っていたんだけどな……
今日までは……
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