第257話 チョイスする
「さて、そこのお兄さん。君はスパイスを選ぼうとしていた。これを使って料理をするのだろう? ボクは分かっている」
「は、はぁ……」
「もし、お金を気にしなくてもいいのなら……君は何を選ぶんだい?」
急に現れた、只者では無さそうで、尚且つ結構有名そうだと思われる店長。
俺を試すように無表情の顔を突き出して俺に問い詰めて来る。
まるで真意が分からず、正直関わりたくないのだが……
「スパイスというのは、ハンター家業において大いに力となるもの……少なくともポーションよりもね。ボクはそう思っている。しかし、今の世の中はそれを知っている者もいなければ、理解しようともしない」
「はぁ……」
「このナイフもそうだよ?」
「……あ……」
そう言って、店長は自身のズボンのポケットから何かを取り出した。
それは、使い込まれてちょっと古くなった、マジカルサバイバルナイフだ。
『こやつ……使用者か……』
トレイナが感心したように頷いた。
そう、目の前の男は、多くのハンターたちが「イメージが悪い」と言って、激安でありながら購入しようとしなかったマジカルサバイバルナイフを使用している。
さらに……
「これだって、栄養満点だよ?」
そして、今度は反対側のポケットから、カロリーフレンドの袋を取り出して、剥いてそのまま齧った。
「お、おお……」
なるほど。つまりこういうことか?
買えば非常に役に立つナイフや携帯食。この男もそれを知っているから商品として売っている。
だけど、かつて魔王軍の兵が使用していたと知っているから、そのイメージを気にしてハンターたちは購入しない。
そんな中で、そんなことも気にせずに購入しようとしている俺に興味を持ったと?
でも、俺もトレイナが教えてくれなければ興味も持たなかったし……
「ボクは認める。ボクのことは知らないのに、君は分かっている男だ。だからこそ知りたい。君ならスパイスでどれを選ぶ? 何を買う? 知りたいな。ボクは知りたい。ボクは君のことをもっと知りたいな」
俺が買うのが嬉しいのか、こいつは更に距離を詰めて興奮したように……いやいや、怖い怖い近い近い。
ってか、こいつ何なんだ? トレイナ?
『……うーむ……』
『おい、トレイナ。あんた、こいつのこと知ってる感じだったけど?』
『まぁ……名前だけは聞いたことが……な……それこそ余が存命していた十数年前の話だ』
十数年前。まぁ、そりゃそうだ……と言いつつ、ちょっと待て。この男って何歳だ?
そんなに歳はいってねーよな? 絶対に三十とかはいってない。
二十代後半? いや、前半? 十代って言われても信じるけど……
『かつて、モンスターや賞金首専用のハンターとして名を馳せた、当時十歳にも満たない少年がいた……』
『……ハンター……』
『その少年を味方に引き込もうと、連合軍はスカウトしていたようだが、その少年は決して連合軍には加盟しようとせず、ハンターであることにこだわり……それでいて、魔王軍の部隊長クラスの首も何人か狩っていた……と、ゴウダがボヤいていたな』
トレイナが昔を思い出すように腕組みしながら店長をジッと見ている。
話の流れからして、それじゃあこいつが……
『その後……その少年は確か、ノジャに戦いを挑むも敵わずに生け捕りにされたと報告を聞いたな……』
『え? ノジャって、六覇の?』
『うむ。ただ、そのすぐ後に……七勇者のエスピがノジャと交戦し、結局捕虜には逃げられて……その後は余も知らん。あの頃は丁度、ハクキがヒイロたちとも交戦し、戦況報告はそちらの方を優先していたしな……』
なるほど……何やら色々と複雑な過去をお持ちのようだが、とりあえずこいつは、トレイナの耳に入るぐらいの凄腕ハンターだったと。
そして、そんな男が今……
「さぁ、どうしたの? ボクのことすら知らないのに、それでいてちゃんと『分かっている』モノを選んでいる君は、この多種多様のスパイスを手に入れられるなら何を選ぶ?」
俺に興味を示している。
周囲のこの様子からも、店長としてというよりは、ハンターとして相当有名人だったんだろう。
そんな有名人である自分を知らない。それでいて、ちゃんと選んで買おうとしている道具はこいつにとって「おおっ」と思うもの。
だから、俺に興味を示して話しかけてきている……そういうことか?
でも……
「だから……金ないんだって」
そう。選ぶもなにも金が無いんだよ。
しかし、そんな俺の言葉に店長の眉がピクっと不愉快そうに動いた。
「うるさいなぁ。お金がないなんてつまらない理由でボクをガッカリさせないでくれるかな?」
「いや、んなこと言われても……」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
俺が金のことを口にすると、店長は溜息を吐いて……
「なら、君がボクを唸らせるようなスパイスをチョイスしたら……スパイスの料金はタダにしてあげるよ」
「えっ?!」
「本当は他の商品もタダにしてあげたいけど……ボクを知らないだなんて言ったヒドイ君にはそれぐらいで十分でしょ?」
こいつ、無表情なツラして自分が知られてないってことを相当気にしてんのか?
いやいや、それよりも唸らせるチョイスでタダ?
「これは、ボクからの挑戦状だよ? さぁ、どうする?」
俺を試している。そんな店長の言葉にトレイナは……
『よかろう』
静かに頷いた。そしてこっちはものすごいやる気満々だ。そして……
『コリアンダー、クミン、ターメリック、ガラムマサラ! 他にウンタラカンタラ―――』
「ちょっ、いきな……あ~、こりあんだー、くみん、たーめりっく……」
「うんうん。それから?」
トレイナが片手を腰に当てながら、指をビシッと前に突き出して、目の前に陳列されている百種類以上のスパイスの瓶を次々と指していく。
俺はそれに習うように名称を口にしていくと、店長も腕組みしながら頷いていく。
「―——そして、くろーぶ、かるだもん、以上だ!」
「……ふーん……」
十種類以上のスパイスを俺が上げていく。
一通り聞いた店長は頷く。だが、納得していないのか……
「……残念だけど……それだけだとダメかな?」
「え?」
『なぬっ!?』
ダメだった……? トレイナも流石に驚いている。
一体何が?
「その組み合わせで出来る……この大陸に伝わる伝統料理……カリーは……ボクは何度も試したが、物足りなかったな」
「……は? カリー?」
「そう。ボクが認める世界最強の健康食品でもあり、ハンターや冒険者における野外最強メシ……カリー。君もそれを作るつもりだったんだろうけど……その組み合わせではねぇ……」
理由が何なのかと思ったが、まさかのカリーとは……つか、トレイナがさっき口にしていたカリーって、この大陸に伝わる料理だったのな。
「ボクも結構カリーを食べてる。そんなボクを君なら唸らせられるかな……と期待したんだけどね……」
ってこいつ、勝手に人に興味を持ってきたかと思えば、勝手に失望したように溜息を吐きやがった。
カリーについてはよく分からないけど、普通にムカついたぞ!
『おい、トレイナ! よく分からねえけど、言われているぞ!?』
『ふっ……そういうことか……なるほどな………………この……青二才が!』
いずれにせよ、トレイナのチョイスがバカにされているぞと心の中で呟くと、トレイナはまさに魔王の威厳に満ちた物凄い怖い笑顔をしていた。
『童、コーヒーだ』
「……は?」
『余はいつも隠し味に……魔界コーヒーを入れていた……まぁ、コーヒーを入れること自体はベタであり、定番といえは定番なのだが……余はその種類にこだわっていた。余がカリーに使うのに好んでいたのは魔界産のコーヒー……ヘルズコーヒーだ!』
何とも物騒な隠し味というか、名前が主張しすぎな気もするが……
「あ~、魔界産のヘルズコーヒーってある?」
「ッ!?」
トレイナが自信満々だったのでとりあえず聞いてみると、店長はハッとした様子。
「……いや……それは取り扱っていない……」
『ちっ……なら、地上だと……そうだな、帝国産のコーヒーが近かったな……王家御用達のようなものではなく、小さな田舎で製造されていたものだが、それが一番合う』
「あ~……じゃあ、とりあえず帝国産は?」
「……………………それも……ない」
あら、無いようだな。
すると、店長は顎に手を置いて……
「そうか……そっちかぁ……ボクもコーヒー自体にはこだわってなかったな……帝国産かぁ……」
「?」
何やら店長はまたまた深いため息を吐いているが……ダメだったか?
しかし……
「分かった。取り寄せよう」
「は?」
「その道具の会計の際に、詳しいメーカーを教えてくれ」
「いやいやいやいや?!」
「希望の商品が無かったのはボクの落ち度。スパイスのお金はタダにしてあげるよ」
急に眼の色が変わった店長。良かったのか?
てか、取り寄せる? どれだけやる気に満ちた?
しかも、スパイスはタダ? 結果的に良かったのか?
「数日かかるけど……まだこの街にいるんだろ?」
「い、一応……いるけど……」
「じゃあ、いいよね?」
一応、パリピからの荷物が届くまで数日あるからいいけども……なんか変な奴に目を付けられちまったな。
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