第155話 もう一つの決着

 そう、やるべきことがある。

 それは……


「モトリアージュ……ツクシの姉さん……みんな。先に教会に帰っててくれないか?」

「アース君?」

「俺はちょっと……サディスと話がある」

「え? うん……まぁ……別にいいけど……」

 

 まずは、こっちで話をしておかないとな。


「本当は……宴で盛り上がりたいけど……先に話をしとかねーとだしな」


 このままタイミングを逃して、うやむやになったりするのも嫌だからな。


「サディスもいいな?」

「……ええ……」

「じゃあ、ちょっと……来てくれよ」

「はい」


 サディスも俺の言葉に頷く。

 俺はサディスと話をすることすら避けて、帝都から逃げ出した。

 だが、サディスは母さんたちと一緒に俺を追いかけてきた。

 そして今日、サディスは俺に追いついた。

 だから、俺ももう逃げない。

 ちゃんと、心にも決着をつけないといけない。

 それに……



――記憶が戻ったら、とりあえず言え


――え? それは……当然ですが……


――そのときは、俺も逃げねーよ。お前にも……もうこうなった以上、『話しておきたいこと』もあるし……



 これは約束でもあった。

 俺が魔呼吸を習得した日、海でサディスとした約束。 


「記憶は全部戻ったのか?」

「ええ、それは問題なく」

「体調は?」

「そちらも問題ありません」

「じゃあ、あの日……御前試合で俺が大魔螺旋を使ったことも……」

「……はい……鮮明に……そして……私が何を言ってしまったのかも……」


 悲しそうに、しかしハッキリとそう告げるサディスの口調は重い。

 なぜなら、あの瞬間こそがサディスにとっても忌まわしい過去を呼び起こすキッカケとなり、同時に俺たちを今のような形にしてしまったからだ。


「不思議な感じだな。毎日当たり前のように一緒に居たのに……今じゃ、こんなに身構えちまう」

「……はい……全ては……」

「やめろ。つか、話をするのは……俺の方からだからよ」


 皆と離れてサディスと歩く。

 俺が少し先を歩き、サディスが少し離れてついてくるように。


「ところで……帝都での俺の評判は相変わらずなのか? 最低野郎とか、魔王軍と関わってんじゃないか? とか」

「それは……今は分かりません。坊ちゃまが帝都を出られて、私もすぐに奥様と姫様と一緒に後を追いましたが」

「ああ……なんで姫様まで……って、それは今どうでもいいか」


 皆はまだ闘技場で笑って、騒いでいるのに、俺たちだけはだんだんと重い空気になっていく。

 仕方のないことだがな。


「先に言っておくと、俺は魔王軍と関りはない。ヤミディレにも攫われただけだしな。だから、このカクレテールがこうなっているのも知らなかった」

「ええ。三か月前のことは私も覚えております。突如、ヤミディレの魔法が私たちを……」


 魔王軍との関り。

 俺が御前試合でトレイナの技を使ったことで、帝都中から疑われたこと。

 そして、浴びせられた罵声。

 

「坊ちゃま……全ては私が……錯乱したことで……坊ちゃまを……」

「いや、それはもういいんだ」

「……え?」

「それは仕方ねぇことだってのは……もう分ってるし……ある意味で、間違ってねぇからだ」


 そう、すべてはサディスが錯乱して叫んだ言葉から始まった。

 あのとき、サディスが俺の大魔螺旋を見て、かつて自分の故郷を滅ぼした技だと思い出してしまったため。

 だけど、今にして思えばそれはもう仕方のないことだ。

 だって……


「だって俺は……『魔王軍』と関りはないけど……『大魔王トレイナ』と俺は関りがある。いや、関りなんてレベルじゃねー」

「えっ……?」


 俺のその言葉にサディスは一瞬足を止めた。振り返ると目を大きく開き、固まっている。

 当然だ。

 サディスの故郷や家族の仇である大魔王。

 そして、俺が生まれる前に死んでいる存在。

 俺が何故、そしてどうやって大魔王と関りを持ったのか。


「ヤミディレは……もう行ったな?」

「坊ちゃま……」

「これからの話は……ヤミディレには聞かせられねーからな……」


 俺は一度辺りを見渡し、近くには俺たち以外誰も居ないことを確認し、そして言う。



「サディス……今……俺の隣に……誰か居るのが見えるか?」


「え? 坊ちゃま? 何を……誰かと言われましても……誰も……」



 俺は歩きながら隣を指さす。サディスはまるで何のことか分からないと言った様子で狼狽える。

 とはいえ、見えないのは分かっているし、サディスも当然誰も居ないと思っている。

 だが、俺はいたって真面目。


『おい、童!』


 そして俺のやろうとしていることを察して、トレイナも慌てて声を出すが、俺は止めない。



「お前にも、親父にも、母さんにも、そしてあのヤミディレですら『こいつ』の姿を見ることはできない。声を聴くこともできない。でも、『こいつ』は確かにここに居るんだ」


「え? 居る? 何を? 誰も居ませんよ? 一体、坊ちゃまには……坊ちゃまには何が見えていると!?」



 俺は全てを話す。

 この五ヶ月間、誰にも話さなかった。

 誰にも話そうとすらしなかった。

 だって、誰も信じるわけがないからだ。

 だから、正直この話をサディスにしても、「頭大丈夫か?」と思われるかもしれない。

 でも、俺は話す。

 これが、俺なりの決着。


「覚えているか? サディス。五ヵ月前……屋敷の武器庫……勇者の剣がある封印の間で……俺が倒れた時のことを」

「え……ええ、もちろん覚えております」

「あの日以来……俺は『こいつ』とずっと一緒に居た」


 そもそも、どうしてこうなったのか?

 全てはあの日から始まった。



「あの日、俺は……かつての大戦から成仏できずにこの世に留まっていた……大魔王トレイナの幽霊と出会ったんだ」


「ッッ!!??」


「そして、トレイナはその日以来ずっと俺の傍にいた。今も……これからも」



 親父よりも、母さんよりも、俺の人生でこれまで一番傍にいたサディスに話す。



「俺の頭がおかしくなったと思ったらそう思え。何を馬鹿な事をと思えば好きにすればいい。でも、俺は今から本当のことしか言わない。たとえお前が見えなくても、何も聴こえなくても、信じることができなかったとしても、トレイナは今、確かにここに居るんだ」



 たとえ、これから話す内容がサディスにとって受け入れられない話だったとしても、どうして俺が大魔螺旋を使えたかの真実を語るには、全てを話すしかない。


 サディスとの決着をつけ、そして俺が真の意味で卒業して巣立つために。


 だから俺は今日、初めてトレイナのことを人に話す。

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