第132話 秒

「やれやれ、俺は目立ちたくないんだが」

「じゃあ、秒で消してやるよ」


 向かい合う俺たちの戦いは、大会の開幕戦。

 会場は「一部」を除いて両方を応援という感じで盛り上がっている。


「さあ、向かい合うは共に今大会最年少にして共に大神官様の推薦とのこと。一人はその名が徐々に広がりつつある、魔法学校に現れた突然変異の天才。決して力の底を見せずに、多くの同年代たちを置き去りに! そんな男に惹かれた若き少女たちが今日は応援に駆けつけております!」


 そして、暑苦しい司会の言葉と共に……何とかクンは「やれやれ」と溜息。

 一方で、五クソ女たちがキャーキャー騒いでいる。


「一方この男もまた、突如として頭角を現した。その出自は一切の謎に包まれながら、道場の門下生たちの数値を大きく上回る! そして今では街中で朝早くから走り回るその光景も、実は街の名物の一つになりつつあります。今日は教会のシスターたちも応援してます! つか、二人とも女にモテモテだなこの野郎!」


 俺はとりあえず、手を上げて歓声に応える。



「「「「ワアアアアア! いけー、ガンバーッ!!!」」」」


「へへへへ、おう!! 見てろよ、優勝まで一気だからよ!」



 アマエたちが盛り上がっているので、笑顔で手を振って応えてやった。


「くだらない。やっぱ、こんな程度の奴か」

「あ?」


 そんな俺に、何とかクンはまた溜息。



「そうやって目立って何が楽しい? 自分を証明するものが何も無くて、必死に目立って何かが欲しいとはしゃいでいるだけの子供にしか見えないな」


「…………? それって悪いことか?」


「本当に強い奴はベラベラと多くを語らない。成すべきことは淡々と黙々と達成するものだよ」


「ほ~」


「そして、お祭りとはいえこれは戦い。戦うことが許されるのは、自分が傷つけられる覚悟がある奴だけ。お前はそれが何も分かっていないから、平気で軽口が叩けるんだ」



 今、ベラベラ喋っているのはお前の方だとツッコミ入れてもいいんだろうか?

 だが、良いことを聞いた。こいつは傷つけられる覚悟があるということで問題なし。


「お~っと、試合開始を前に舌戦です! 若い! 若いぞ、君たち! しかし、いいでしょう! もう思う存分、やってくれ!!」


 試合開始を告げようとする司会だったが、もう好きなだけやれとむしろ煽る。

 まさしく本当に「やれやれ」だぜ。


「くははははは、そうかい。だが、俺は何度でも言ってやる! この大会は俺にとっては通過点! だから、優勝は目標ではなく課題! 成すべきことの一つ! だから、ぜってー優勝する! それだけだ! そして証明する! そうさ、証明したいのさ! 俺は! 目立って目立って、どうだ、これがアース・ラガンだとこの世に知らしめてやりてーのさ!!」


 そして、あれだけ盛り上がっていた客たちも、俺たちの舌戦に聞き耳立てて静かになっている。



「野望も目標も成すべきことも、有言実行するから意味あるんだよ。口に出さずに淡々と? んなもん、俺からすれば負けたり失敗したときが恥ずかしい、できる自信が無いって言っているようなもんなんだよ!」


「だ……だま――――」


「黙らせてみろよ、この野郎ッ!!」



 その瞬間、何とかクンがイラついたように構え、俺もファイティングポーズ。



「おーっと、話はこれまで! そう、ここから語るは互いの力のみ! では、一回戦第一試合、始めええええええええ!!!!」


「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」」」」」



 そして、ついに戦いのゴングが鳴り響く。

 さぁ、始まった。


 御前試合のとき、リヴァル相手に成長した自分を確かめたくて、最初はフットワークを確認した。

 次に左の感触を確かめた。

 

 今回は?


 大丈夫、もう既に確認してある。


 何を?



「ビットファイヤ!!」



 お前をぶっとばしたくてたまらないと、三カ月前から何度も確認済み!!


「いきなり魔法!?」

「な、なんだ、あの炎は!?」

「ビットファイヤ!? あれでビットファイヤ!?」

「アースくん!?」

「いけええええ、ヨーセイ!」

「先輩の炎に焼かれて後悔しろ!」


 迫り来る業火。全てを焼き尽くそうと放たれて俺に襲いかかる。



「皆騒いで、俺の魔法はおかしいって……やっぱり俺の魔法は弱すぎるのかな?」


「「「「「いやいや、強すぎるって意味―————」」」」」

  

 

 そして、炎が俺を飲み込もうとした瞬間、また何か言ってるので、俺は溜息吐きながら言ってやった。



「ああ! あまりにも弱すぎて、これから叩きのめすのを躊躇っちまうぐらい、哀れだぜ!!」


「……え……?」



 俺が大声で叫んだ言葉に、誰もが目を丸くする。

 そして、俺はその場でジャブを放つ。

 所詮は直線的に飛んでくる火の塊。



「大魔スクリュージャブ!」



 俺の放つ捻りを加えた「ジャブ」の風圧とぶつかって、その炎の塊は消し飛んだ。



「……え?」


「「「「「……………えっ??」」」」」



 ただ、それだけのこと。

 一瞬、何が起こったか分からなかったであろう野郎と観客の目が、呆気に取られたかのように固まった。

 隙だらけ過ぎる。


「大魔グースステップ」


 俺はそのままステップインし、一瞬で相手の目の前に。



「よぅ、なーにをボーっとしてんだよ」


「なっ、え、は、な!?」


「俺は目の前だぜ? パンチは?」


「っ!? おま……っくらえ!」


「おせーよ」


 

 目の前まで接近した俺がそう問いかけると、ハッとした奴が何のフェイントも組み立てもなく、右のストレートを放ってきたので、ダッキングで回避。

 そして、余命数秒クンが右拳を突き出した体勢で身体が伸びきった瞬間を狙い……



「俺に、この程度の奴かって言ったな? とりあえず……こんなもんだよ!!」


 

 懐に入り、左拳を握り締め、がら空きになっている、何とかク……いや、ヨーセイのボディ目掛けて叩き込む。

 その一撃に、共に汗を流し、同じ水を飲んだ「あいつら」の分の想いも込めて。



「大魔ソーラープレキサスブローッ!!」


「ぴゅっ!?」



 拳をみぞおちにねじ込んでやる。角度、タイミング、パワー、スピード、問題ない。

 深々と突き刺してやった。

 完全に体が伸びきったヨーセイは衝撃を受け流せずモロに食らう。

 背筋がカクンと折れ曲がってやがる。

 なんとも、脆い腹筋だ。

 

「かっ……はう!? か……あ……」


 そして、次の瞬間、ヨーセイは中腰の体勢で時が止まったかのように停止。

 会場すらもこの状況に静まり返る。

 


「なななな、なんとー! 入ったー! 開始僅か数秒! ヨーセイの炎を高速の左の風圧のみでかき消し、一気に懐に潜り込んでのボディ攻撃! こ、これは!?」



 そして、停止していたヨーセイは……



「よ、ヨーセイ!? な……え? な、なにやって……え?」


「う、そっ……しょ? パフォーマンスっしょ!? 全然そいつの攻撃は効いてないぜーっていう! そーっしょ!?」


「そ、そうよ、よ、ヨーセイくんがサービスで一発だけ……ね?」


「そうだよ! だ、だって見てごらん、ヨーセイくんを!」


「ええ、先輩はビクともしていない! おなかに一撃入れられてもピクリと……も……え!?」



 五人のクソ女たちが騒ぐも、ヨーセイがピクリとも動いていなかったのは数秒だけ。

 次の瞬間には、ヨーセイの全身が痙攣したかのようにガクガク震えだし……


「は、か、は、う、うぷっ、ううっ、うぶっ!?」


 口の中に何かが一瞬で溢れたかのように頬が膨れ、次の瞬間には決壊し…… 



「うぷ……お、おべえええええええええええげろげおええええ!!!!」



 今朝の朝食と思われるものが全部ヨーセイの口からドロドロになって出されたのだった。


「ひっ!? よ、ヨーセイ!?」

「い、い……いやああああああああああああ!?」


 そして、全てを口から出したヨーセイは、そのまま両膝から崩れ、自分が今、口から出した「物」の塊にそのまま倒れこみ、全身悪臭にまみれ、みぞおちを押さえながらのた打ち回った。


「う、あ、は、おえ、あ、う、おぴゅ、う、ぷ、な、うぷ……ナ……ン……デ?」


 痛みによる絶叫すら上げられない。

 鳩尾を強打して、呼吸困難になって声もうまく出せないのだ。

 ただ、出るのは吐瀉物と、何故か零れている涙だけ。


「よ、ヨーセイ……うそ……うそよ!? なんで? 何がどうなっているの?!」

「は、はは……こ、これは夢……なんだわ」

「そ、そうだ、何かの間違いだ! いや、コレも先輩の作戦なのでは!? いや、奴が何か卑怯な手を使ったのだ! そうに決まっている!」


 混乱しまくって、泣いているのも居れば、呆然としている奴らも居る。

 ようやくこいつらが普通の女に見えてきた。



「こ、これは何という秒殺劇!! 圧勝!! 超新星・アースが、天才を粉々に打ち砕いた! 吐瀉物に塗れて転がり、未だに立ち上がれぬ無残な天才! 勝負続行不可能! 正に、勝負あり! この試合、アース・ラガンの勝利とします!」


「「「「「ウオオオオオオオオオオオっ!!!!」」」」」



 そして、司会の奴から勝負ありの宣言。

 その瞬間、女たちの悲鳴以外は静まり返っていた会場が途端に歓声が上がった。


「す、すご……流石、アースくんかな! 一発で!」

「こ、これは、強烈っすね……貰ったら、絶対吐くっすね」

「すごい、おにーち……はうっ!? ……う……すごい!」

「素晴らしい一撃ですね。それと、アマエ。『そう』呼びたいのであれば呼んでもよいのでは?」

「信じられない! すごすぎる! あのヨーセイを一撃で!?」

「は、はは……確かに、打倒ヨーセイなんてのがアホらしくなる強さだ。ヤベえな!」

「うん……ザマーミロを通り越して……もう、哀れだよね」

「ぼ、ぼ、ぼく、アース君とのスパーでお腹だけは殴られないようにしないと」


 ああ。応援団からの声援ももらったし、一発だけとはいえだいぶ凹ませた……


「あら~、彼は大丈夫でしょうか? それにしても、やはりアースはお強いのですね」

「まったくですね。ふふふふ……にしても……無様だな……」

「はい? ヤミディレ?」

「いいえ、何でもありません」


 女神様もヤミディレも機嫌よさそうだし、これでもう十分……


「ま、まだだ! こ、こんなの何かの間違い……先輩が負けるものか!」

「ソウドちゃん……」

「そうだ、何かの間違いだ! おのれ、卑怯者め! よくも、よくも先輩を!」


 と、そのとき。斬る斬る女が観客席から闘技場へ飛び出して……



「あ゛? 相変わらずウゼー女だ……姫がまだマシに見えるぜ」


「こんなもの認めるものか! 私がこんなデタラメ斬り伏せるッッ!!」


  

 剣を抜き、俺に斬りかかってきやがった。

 あまりにも突然のことで、観客も司会も反応が遅れる。

 俺は普通に分かったけどな。 

 でも……



「我が剣の錆とな―――――」


「砕けろよ」


「ッ!?」


「大魔スマッシュ!!」


「ッ!? え……」



 飛び掛かってきて、脳天へと振り下ろされようとする一振りに、俺は左拳を固めてショートアッパー……すなわちスマッシュを放つ。


「あ、え? な、んで……え?」


 所詮、女の細腕で振り回す剣。軽い。弱い。そして、遅い。

 

「へっ……残念ながら現実だ。この現実が受け入れられなければ、誰の目も届かない目立たない所で、テメエらだけで死ぬまでイチャついてろ」


 女の剣を刀身から真っ二つに砕いてやった。

 


「ちょっとー! な、何をやってるんだ、君は! 観客席から飛び出して斬りかかるなんて……一体何を考えてるんだ!」


「剣が……私の剣が……お、られ……そんな……なんなんだ……こ、この男は……こ、こいつ……本当は……こんなに強……か……た……」


「第一試合からなんてハプニングだ! おい、誰かこの娘を連れて行きなさい! それと、ヨーセイを救護室に! アースは大丈夫かい?」


「押忍。なんとも」


「そうか、それは良かった。いや~、すまなかった。油断していたよ。今後はこんなことないよう、この娘にも重い処罰を与える。とりあえず、さっさと第二試合を――――」



 俺に剣を折られてショックで呆然と震える斬る斬るクソ女。

 溜息を吐きながら司会は関係者たちを呼んで、女とゲロクンを連れて行くように指示し、俺へ謝罪。

 ちょっとしたハプニングはあったが、仕切り直してそのまま第二試合へ。

 が……


「ひゅ、ま、おえ……まだ……ゆ、だんした、だけ……ひゅー……まだまだ、勝負はこれから……だ」


 無残な姿を晒したゲロまみれクン。

 生まれたての馬のようにプルプルと両足を押さえながら立ち上がろうとしている。


「こらこら、ヨーセイ。勝負ありで、アースの勝ち。お前の負けだ」

「ちが!? こなばなな! まだ、おれ、ひゅー、まけて、ない……こ、こ、こいつが何か卑怯な、こ、と……俺がやられるなん、ひゅー、お、おかしいじゃないか! 罠だ! 反則したん……げほっ……」


 フラフラだがまだやろうとするどころか、往生際が悪く、見苦しく何かを叫ぶヨーセイだが、もう試合は終わりだと間に入って止めようとする司会。

 しかし、そのとき……



「ちが、う、今までだ、って……大した、どりょくしなくて、俺が楽勝だったんだ! 俺が、負けるはずがない……そ、うさ……こ、れさ、……え……もっと、これ、さえ……飲めば……お、まえなんて……」



 ヨーセイが服の内ポケットから、液体の入った小瓶を取り出した。

 


 そして、結果的に試合は終わったものの、勝負はまだ終わらなかった。



 そのため、第二試合の始まりが「ちょっとだけ」遅れた。



 そう、「ちょっとだけ」だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る