第118話 これからのこと
早朝ティータイムと言われても、今の俺に清々しい朝を迎えられる気がしない。
だからと言って、放置して逃げる? 一度サディスに敵意を見せたヤミディレの所に放置?
サディスに対するわだかまり云々を抜きにして、それができるほど俺もまだ腐っちゃいない。
「さてと。では、アース」
「……ああ」
「この人は、サディスという名前なのですね?」
食堂のテーブルに腰を掛けて、ほんとうに言っていた通り茶を人数分出して話し合う、俺、クロン、ヤミディレ、ツクシの姉さん、医者のバーさん、シスター数名。
茶を一口飲んで話を切り出したクロンに、俺は少し不貞腐れ気味に頷いてから答えた。
「そうだ。こいつは、サディス。19歳。俺の国の……俺の家で働いていた……メイド……だ」
「めいど……?」
「……家事をしたり……メシを作ったりする、お手伝いさんだな」
「なるほど! では、サディスは家事や料理が得意なのですね」
クロンはニコニコしながらも興味深そうに頷き、他の連中も「へぇ~」と反応する。
本当はそれだけじゃなかった、俺とサディスの関係。
主とメイド。違ったはず。俺たちの過ごしてきた日々は。
だが、一方でそれを捨てた俺が、今さら言い改めるのも違う気がして、結果的に当たり障りのない俺とサディスの関係を口にしていた。
「私は……あなたに仕えていたのですね」
「……俺というか……正確には、俺の親父と母さんに……でも、俺はおと……まぁ世話に……」
一瞬、「弟のように大切にしてもらった」と言いそうになった。だが、何とか堪えた。
正直、気を抜くと、何かポロっと言ってしまいそうな感じだった。
「なるほど。では、サディスは落ち着いたらこの教会のお掃除をしたり、お洗濯をしたり、ご飯を作ったり、皆のお手伝いをしてもらってしばらく生活するのはどうですか?」
「「「「「…………え?」」」」」
「あら? どうしたのです? みなさん。さっ、お茶を飲んで、今日も一日の始まりですよ! ツクシはサディスに色々と教えてあげてくださいね」
気を張らないとダメだと思いかけた時、思わぬクロンの発言に俺も他の連中も思わず呆けた。
何故なら普通だったら、サディスに関する情報が微妙に小出しな俺に深く追求してくるものだと思ったからだ。
実際、医者やツクシの姉さんや他のシスターたちのようにそもそもの俺の素性をあまり分かっていない連中は、そのつもりで「聞く・問う態勢」だったと思う。
それなのに、クロンは俺たちの過去話ではなく、目を覚まして記憶を失ったサディスがどうやって生活をするのかを話し出したからだ。
「い、いや、女神様……まずはサディスさんのことをもっと詳しくとか……そもそも、アースくんのことについてもこの際教えてもらった方がと……」
「え? でも、それはアースにいつでも聞けますので、まずはサディスの生活についてが大事だと思いますが……」
「は……えっと、まぁ、そうなの……かなぁ? いや、でも、ほら、アース君とサディスさん……何だかその……訳ありな関係と言いますか……アース君の反応も……」
ツクシの姉さんが戸惑いながらクロンに問う。
やはり、俺の思った通り「普通ならもっと俺たちの過去を追求する」はずなのにとツクシの姉さんは思ったようだ。
だが、クロンはキョトンとした顔で……
「でも、一番大切なのはこれまでどうしていたかではなく、これからどうするかでしょう?」
いや……間違ってはいない……よ。うん、正しいけども……
「それに、アースは教えたくなさそうですよ?」
「え……」
「だから、あまり詳しく教えてくれないのでしょう?」
え? いや、うん。それも間違ってない。だから、俺も言葉を選んだんだ。
でも、この天然能天気箱入りお嬢様がそんなこと分かるのか?
「私にも分かります。アースにとっても、サディスにとっても、つらい過去があったんだと思います。とってもとってもつらいことがあったのだと思います」
「ちょっ、ま、待てよ。よく知らねえくせに勝手に決めつけるんじゃねえよ……」
まるで何もかもを見透かされているような、そして勝手に俺のことを判断されているようで気に食わない。
思わず俺はクロンに憎まれ口を叩いた。
「では、つらい思い出はなく、楽しい思い出なのですか? それは、教えてもらえるものなのですか?」
「だ、誰が! 何で俺がイチイチ関係ねーやつに教えなくちゃならねーんだよ!」
「そうなのでしょう? でしたら、今この場で話し合えるのは、これからどうするかではないのですか?」
「いや……そーだけども……」
え? あれ? 間違ってんのは俺なのか? あれ?
「サディスもつらそうですし、過去に何があったか知りたいと思っているはずですし、私もアースが教えてくれるのであればお話を聞いてみたいと思います。でも、それは今すぐではないと私は感じました」
少なくとも、もう少し時間を置いてから……落ち着いてから……答えや問題を先延ばしにしているようなもの。
だけど、少なくとも今、根掘り葉掘り聞かれて俺も答えるほど心の整理ができちゃいない。
そもそも、サディスがここに居て、記憶を失っている事実。
更には、どちらにせよしばらくサディスも……
「というわけで、話しをするのはこれからのこと。そしてサディスは、心と体を休めながら、しばらくはここで働けばいいと思うのです。ヤミディレもツクシもそれでいいと思いませんか?」
「え? いや、しかし、その……」
「私は別にそれでいいと思います……かなぁ?」
そう、話の流れではサディスもしばらくこの国に、それどころかこの教会で厄介になるということになる。
それを、昨日居候になったばかりの俺が反対したり、意見を言えるものでもない。
「お心遣い感謝申し上げます。ですが……その……」
「はい。では、アース?」
でも、俺にも意見を求めて来る。
サディスは「自分を嫌う人がいるのに、本当にいいのだろうか?」という気遣い。
クロンは純粋な問い。
変な気分だ。
まるで、自分の器を試されているかのような。
でも、だから反対する?
それとも俺が出ていく?
しかし、今のサディスとヤミディレを一緒にさせて、俺の目が届かないような生活をさせていいのだろうか?
「俺が……どうこう言うものじゃねーだろ……」
結局ふてくされながら、そんな投げやりの言葉を言うことしかできなかった。
「では、サディス。色々とおつらいでしょうけど、私たちもできる限り力になりますので、これからよろしくお願いします」
「あ、ありがとう……ござい……ます」
結局、誰も文句が言えぬまま、クロンが話をアッサリとまとめてしまった。
ツクシの姉さんも苦笑しながらも、すぐに頷いて歓迎の態勢の様子。
俺としては、何でこうなっちまったのか、頭を抱えるしかできなかった。
「それにしても、こんな美人な人がアース君に仕えてたのか~……」
「ぬっ……」
「女神様の言う通り、今は全部を聞かないけど……でも……アース君やんちゃそうだし、サディスさんも大変だったんじゃないかな?」
ちょっと冷やかす様に俺に言ってくるツクシの姉さん。
そのことに俺は何とも言えなかった。まぁ、本人は大変だったと思うけど。
「あ、でも、そうなると……サディスさんがアース君の家で働いていたってのは分かったけど……サディスさんの家族は?」
「家族……?」
「だって、サディスさんのご家族は、サディスさんがここに居ることを知らないわけでしょ? きっと心配されているんじゃ……」
「まぁ、心配してるだろうな……つっても……俺の親父と母さんのことだけど……」
「え?」
ツクシの姉さんの疑問に俺がそう答えると、皆も一瞬呆けた顔を浮かべる。
そして……
「え? ひょっとして……」
「ん?」
「アース君とサディスさんって……姉弟? あれ? でも、アース君の家で働いてたって……」
「あ、いや、ちげーよ。その……あ~、サディスの両親はその……もう……な……だから、俺の家の養子みたいなもんで……」
単純にそれは俺が語りたくないというよりは、言いにくい過去。
ましてや記憶喪失のサディスに「本当の両親はとっくに死んでる」と簡単に言えるものじゃない。
そして、俺の今の態度でツクシの姉さんも察したようで、頷いてそれ以上聞かなかった。
だが、そのことに少し関心を持ったのが一人いた。
「ほぅ……つまり、貴様の両親がその女を引き取ったと……」
「ん? ああ」
ヤミディレだ。親父と母さんのことを知るヤミディレだからこそ、二人が養子を取っていたということに少し驚いたようだ。
「孤児か……しかし、なぜそのようなことを? そんなの、ありふれていただろうに……なぜ、貴様の両親はこの娘だけを?」
「さーな。母さんが決めたことだし……な。昔、滅んだ……どこだっけ? たしか、シソノータミとかっていう……」
「ッ!?」
その時だった。
『童っ!!??』
ずっと黙っていたトレイナが俺を制止するように慌てて声を荒げ、そしてヤミディレは……
「……そうか……ほぅ……そうか……では……なるほどな……」
ヤミディレは、特にそれ以上何も言わない。だが、すぐに立ち上がって背を向ける。
「ツクシ」
「は、はい」
「その娘に色々と教えてやれ。皆にもお前から伝えよ」
「あ、はい……分かりました」
「では、私は少しやることがあるので地下室に行っている。後は頼む」
なんだ? 急に立ち上がって、しかも足早に部屋から出ていこうとするヤミディレ。
そしてその口元に、異様なまで吊り上がった寒気のするような笑み。
なんだ? ヤミディレは今、何に反応したんだ?
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