第105話 正しいやり方
『足の親指と人差し指の間にダンベルを挟んで持ち上げろ』
「……は?」
腕を鍛えるのか? 足を鍛えるのか? 何をやるかと思って待ち構えていた俺のメニューは、足の指だった。
なんで? 普通にベンチプレスとかやる気満々だったんだけど?!
『貴様は今日、マックス測定もしたし、マジカル・パルクール、マジカル・ジャンピングロープ、さらにはスパーリングまでやった。ここで、ベンチプレスやスクワットをやっても逆効果だ。今日は、貴様を鍛えるにあたって、少し教えておこうと思ってな』
確かに今日は結構すでに体全体を動かした。
この状況で筋トレやったりしても疲れるだけだというトレイナの提案は分かった。
しかし、何で足の指なんだよ?
『童、貴様は先程のように足を使うファイトスタイルだ。しかし、貴様の武器でもある足の特徴……それは、単純な『足の速さ』ではなく、キレのあるステップやフェイントで相手の反応を崩す、『切り返しの強さと速さ』だ』
よくわからねーな。足の速さ? 切り返し? 何が違うんだ?
『足の速さとは基本的に、直線的なスピードのことだ。しかし、実際の戦いで直線ダッシュをどれぐらいやる? アカやマチョウのように鈍重なファイターならまだしも、ブロやトウロウのようにスピードに長けた相手では、単純な直線ダッシュで懐に飛び込むのは中々難しかっただろう?』
『それは……まぁ……』
確かに、俺は戦いにおいてスピードで相手を翻弄しようとするとき、走ると言うよりは、ステップを踏むというイメージだった。
『そこで、重要になるのが足の親指だ。足の親指で地面を掴み、そしてため込んで一気に飛び出す……ストップ&ゴーや左右の体重移動などでは、爪先……特に親指が大事になる。つまり、そこを鍛えれば一つ一つの動作が更に速くなる。そしてそれは、足だけでなくパンチもそうだ』
『え? ……いや、ステップやフットワークで足の指が重要なのは理解できるが……パンチにも?』
『そうだ。足の指がしっかり鍛えられていると、先ほど言ったように前後左右の体重移動がスムーズになるので、どんな体勢からでもバランスを保って強打を放つことが出来、更に大地を強く蹴って踏み込むとき、足の親指にはしっかりと力が込められているだろう?』
『……たしかに……』
『貴様はこれまで言われなくてもある程度既にできていた。だが、今度からは親指にも力を入れて鍛えて、そして意識しろ』
なるほどな……それで足の親指にダンベルを挟んで鍛えろってことか……
「おい、あいつさっきっから鏡の前で何やってんだ?」
「ダンベル持たねーのか?」
「なんか、考えてるみてーだけど、使い方分からないとかじゃないよな?」
おっと。心の中での会話はこれまでにして、そろそろ始めねーとな。
『しっかし、足の指でか……できるかな?』
『これは日課にしておくといい。ダンベルが無い時は、空いたワインの瓶などでも代用できる。常に、足の親指で『強く掴む』イメージを持つ』
鏡の前にあるダンベルとやら。
俺は両手を広げて片足立ちになる、鏡の前で背筋を真っすぐしながら足元にあるダンベルを、足の親指と人差し指で挟んで持ち上げる。
「ぬっ、うお、ぐっ、ぬっ、ゆ、指が、ッ、ち、千切れ……ぐっ!」
『持つだけではダメだ。持ったまま、膝を直角にするように上げるのだ』
「ふぐっ、ぬっ、ぐ、ぬぐ……」
指が抜けそうだ! ちょっと気を抜いたら脱臼するんじゃねーかと頭に過る。
そして、結構これは周りから見たら変なトレーニングに見えるだろう。
「おいおい、彼はダンベルの使い方を知らないのか?」
「あんなにすげーのに」
「誰か教えてやったらどうだ?」
「でも、なんか俺は自己流でやる的なことを言ってたし……ってか、あれはあれですごいんじゃ……」
周囲からはクスクスと嘲笑する声が聞こえる。
「ねえ、アマエ……本当に、彼はマチョウさんといい勝負したの……かな~?」
「ん」
「ほんとかな~?」
「ん。ちょびっと……かっこよかった……」
「……うぅ……お願い……どうか……どうか……」
そして、マチョウさんではなく、俺の勝利を願うという一見浮気にも見えるが全くそんな様子はなく、「むしろマチョウさんが好きだから優勝しないで欲しい」という謎の態度を見せるツクシの姉さんも、今の俺の姿に不安の様子。
確かに、使い方を間違ってると思われるのは恥ずかしいが……つか、優勝したらどうなるかをどうにかして調べんと……
『よいではないか。間違った使い方ではなく、人とは違う使い方をしていると思えば』
『ッ、そ、それって、何か違うのか?』
『大いに違う。そもそも、正しいやり方をやるというのは間違っていない。しかし、正しいやり方だけをやっていれば、果たしてトップに立てるのか?』
『そ、それは……』
『答えは否だ。トップに立てる者は一握り。それも、マチョウのように人よりも優れた才能の持ち主に限られる。ゆえに、才能ない者は正しいやり方をやっているだけでは、トップに近づくことはできても、トップを超えることはできないということだ』
俺の傍らで、周りの目は一切気にするなというトレイナの言葉を聞きながら、俺は「物は言いようだな」と苦笑した。
まあ、要するに人と同じことをしてるだけじゃダメってことで、俺は構わずに続けた。
『だからこそ……その他大勢の中に居た者たちも……貴様を見て……自分も変わりたいと願っている……ということだな』
「ぬっ……」
ちょっとニヤついた笑みを浮かべるトレイナの言葉を聞いて、そこで少し後ろを振り返る。
「くっ、これは厳しいな」
「うおおお、こ、これで強くなんのか?」
「も、持てないよ!」
「もっと軽いのがいいんだな」
魔法学校の男子生徒諸君。
俺とトレーニングしたいと言っていたが、俺は構ってる暇もないし自分のことで手一杯。
だから断った。
なのにあいつら、気づけば俺の後ろで勝手に俺と同じことをやっている。
「…………おい」
「「「「……ん?」」」」
最初は無視しようと思っていたし、やりたきゃ勝手にやればいいと思っていたが……ダメだ……気になる。
「そのよ……俺は俺に合ったやり方でやってるだけで……別に俺と同じやり方をしても強くなるとは限らねーぞ?」
だから、俺には意味があっても、こいつらには意味はないかもしれない。
「何だったら、大神官とか他の師範に頼んだらどうだ? ここは道場なんだし、魔法学校の生徒だろうと、ちゃんと通うんなら色々と教えてくれるだろ?」
俺と一緒にトレーニングをしたい。
そう言っていたが、こいつらにとって意味のあるかどうかも分からないトレーニングをやるぐらいなら、ちゃんと道場の連中に教えてもらえと言ってやった。
だが、こいつらは……
「確かに……それが正しいのかもしれない……僕もそう思うよ。でも……これは直感なんだ」
「あ?」
「……君は僕たちが……それこそ、マチョウや……あのヨーセイも知らない世界を知っている男かもしれないと」
モトリアージュの言葉……それは、ある意味で正解ではあった。
鎖国国家でずっと過ごしてきた奴らからすれば、外の世界から来た俺は異質だろう。
「だからこそ……君の背中を追いかけていれば、今までと違う世界の風景を見れるかもしれない……その世界を見れば……僕たちももっと……変われるかもしれない……そう思ったんだ」
一応……褒められているんだとは思う。だが、俺を追いかけるだけでこいつらの想いが報われるとは……
『ふっ……なるほどな……ならば……これを『利用』してもいいかもしれんな……』
そのとき、どうしようかと思っている俺の傍らでトレイナがそう呟き……
『なあ、童。これも一つのトレーニングだと思って……やってみないか?』
『なにを?』
『少し、こやつらと一緒にトレーニングしてみてはどうだ?』
……なぜ?
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