第104話 三ヶ月後に向けて

 スパーリングの終了とともに汗を拭いながらリングを降りる。

 まあ、スパーリングというよりは、自己紹介みたいなもんだった。

 何故なら互いにダメージはそれほどないからだ。

 俺の背中の痛みも後に引くものでもなく、痺れも段々治まっているしな。

 ただ、もしあれを全力でやられたら、こんなもんじゃすまなかっただろう。

 

「にしても、すげー筋肉だったな……本当に人間か?」

『ああ、奴はまぎれもなく人間だ』


 手ぬぐいで汗を拭っているマチョウさんを見て、俺は一瞬「ブロと同じで実はマチョウさんも……」ということを考えたが、それはトレイナが否定した。


『人より恵まれた体格、骨格、筋肉の限界値を持っている……ある意味で……人間が『純粋』に鍛えて得られる筋肉量のほぼ限界値に近いものを持っているのだろう。恵まれた才能に驕ることなく……血の滲むような修練の果てに得たのだろうな』

「才能……か」


 才能。トレイナも俺のマックス測定の後に言っていた。

 どれほど鍛えても、俺ではマチョウさんのパワーには追いつかないと。

 確かに、同じ人間でありながら、あの太い筋肉は規格外であり、才能と努力の結晶ってことだ。

 三ヵ月後には、あのパワーが全力全開で解放されるんだろう。

 興味深くもあるし、かなり厄介でもあった。


「……す……すごい……」

「ん?」


 そのとき、リングを降りた俺の周囲には何十人もの人が集っていることに気づいた。

 どうやら、誰もが俺に少しは一目置いたようでザワついている。

 中でも……


「君は……こんなに……こんなにすごかったんだ」

「ちっ、一体何者なんだよ、テメエはよ!」

「どうして……あんなに……あんなことできるの?」

「君も、天才ってやつなんだな?」


 魔法学校に居た男連中は、俺に驚きや戸惑い、更にはどこか複雑そうな表情をしていた。

 恐らく、俺のことも自分たちと同じように「ヨーセイ以外のその他大勢の男の一人」みたいな括りで見られていたのかもしれないな。


「へっ、ありがとな。でも、まだまださ」

「まだまだ!? アレだけ強いのに……あんなに度胸もあって……まだまだって……」

「ああ。だって、今の目標は三ヵ月後の大会の優勝ではあるが……別に俺の最終目標はそこじゃねーからな」

「……え?」


 そう。より高く、もっと強くだ。

 トレイナを倒した親父を超える偉業……それを達成するのに、「もうここで十分」なんて強さは存在しねえ。


『倒したと言っても、卑怯な手でだぞ~』


 と、俺に耳打ちしてくるトレイナだが、それでもだ。

 何度もスパーリングしてたから分かる。

 未だにトレイナに一撃すら入れられない俺からすれば、そんなトレイナをたとえ卑怯な手だろうと倒した親父たちは、やはりまだまだ俺の先に居るってことだ。

 ん? あれ? でも、そういう意味では……


「想像以上にやるではないか。そして、その驕らぬ意欲も買いだ」


 スパーを終えた俺を労いに来るヤミディレ。

 そうだ。かつて、世界を救った親父たち、七勇者。

 その七勇者とほぼ同格とも言っていい六覇大魔将の一人、ヤミディレ。

 こいつと戦えば、大体の距離みたいなもんが……


『やめておけ。『ソレ』はまだ早い……』


 と、いつもなら「いけ、童!」みたいなトレイナも、それだけは止めてきた。

 つまり、まだまだ差はデカイってことか……


「はあ、はあ、ちょっと、ちょっとどいて欲しいかなー! い、今、優勝って聞こえたけど、ほ、ほんとかなー!?」


 すると、その時だった。

 勢いよく階段を駆け上がる音。

 息を切らせながら声を上げている女の声。

 人ごみを掻き分けて現れた、一人の女。


「はあ、はあ、はあ……ねえ? マチョウさんがスパーをしたってほんとかな? それに、すごいスパーだったって……それに、優勝目指すってほんとかな!?」


 到着した途端、言葉をまくし立てる女。

 両手いっぱいに買い物袋を持ち、半そで半ズボンの軽装に、長い黒髪を頭の後ろで一つにまとめたポニーテイル。

 おでこには、前髪が目に入らないようにバンドを巻いている。

 そして、その肉体は……女でありながらかなり鍛えられている。

 引き締まった体。それは、シノブを彷彿とさせる。

 ただ、シノブと唯一違うのは……両胸にメロンを装着してユサユサと揺らしている……


「ツクシ、今、帰ったのか」

「おねーちゃん」

「マチョウさん!? あの、スパーリングしたって、ほんとかな?! しかも、マチョウさんといい勝負って……」


 そうか……こいつが、アマエやカルイの……それにしても、二人の姉ちゃんってことだから若いだろうとは思ってたけど、俺とあまり変わらないんじゃ……一つか二つぐらい上?


「ああ、強かった。三ヵ月後の大会……思わぬ強敵が現れたという感じだ」

「そ、そんなに……?」

「そうだ、そこに居る男だ」


 マチョウさんに言われて、俺を見てくるツクシという女。

 俺も軽く会釈だけして、挨拶した。

 すると、ツクシという女は……


「あっ! か、彼は……大神官様が連れてきた男の子……」

「ああ、そのようだな」

「そ、そうなんだ……マチョウさんがそこまで褒めるなんてそこまで強かったんだ……じゃあ、こ、これなら、マチョウさんが大会で優勝も……厳しくなったっていうこと……かな~?」


 ん? マチョウさんの優勝がピンチかもしれないっていうのに、何だか嬉しそうじゃねーか? 

 そういや、カルイもヤミディレもそんな感じだったし……いよいよ心配になってきた。

 優勝したら本当に何があるんだ? まさか、生贄になれとかじゃねーよな?


「なんだ? ツクシは自分が優勝できないかもしれないのが気になるか?」

「え!? い、いえ、そんなこと……ない、かな~……」

「ははは、だが、自分もこれで気が引き締まった。三ヵ月後の優勝に向けて、更に精進しないとな」

「あ、いや、あの、ね……マチョウさんは十分頑張ってるし……も、もう、そこまで頑張らなくてもいいかも……かな~?」


 とはいえ、二人に漂う「いい雰囲気」は、何だか室内の雰囲気を温かくした。

 この二人、「そういう関係」かな?


「えっと……こんにちは、かな?」

「ん? ああ」

「私はツクシ。十七歳。カルイとアマエと同じで教会に住んでいて君の生活をサポートさせてもらうから、よろしく、かな?」


 そう言って、俺に挨拶してくるツクシ……十七歳!?


「お、俺より二つ上?」

「あっ、じゃあ、君は十五歳? なら、何か困ったことがあったら、おねーちゃんに任せなさい、かな♪」

「あ、ど、ども」

「おねーちゃん、って呼んでいいから!」


 そう言って微笑んで胸をドンと叩くツクシ……ボヨンと揺れたものに目が行ったのは俺だけじゃないはず。

 それにしても……


「な、なあ、マチョウさんって……歳、いくつだ?」

「自分か? 二十七歳だが……」

「に、二十七歳!?」


 てっきり、三十は越えてんのかと思ったけど意外に……いや、それでも……


「でも、マチョウさんとツクシ……」

「おねーちゃん!」

「……ツクシの姉さんは……」

「むぅ……まあ、妥協点かな? で、私とマチョウさんがどうしたのかな?」

「いや、二人は……十歳も離れたカップルなんだなって……」

「ッッ!!??」


 まあ、歳の差カップルなんて珍しくないかもしれないが、流石に俺ら十代が十も上と恋仲になるとかすげーな。

 俺とサディスだって四つ差だし……付き合えなかったけども! そういう仲になれなかったけども!


「え?! え、え!? え?! そ、そうかな? え!? き、君にはそう見えちゃうかな!?」


 と、急に顔を真っ赤にしてアタフタしだすツクシの姉さん。

 ん? あれ? 「まだ」違うのか?



「はははは、違うさ、若者よ。ツクシも、アマエやカルイと同じで、彼女たちがまだずっと幼いときからの関係で、自分にとっては娘や、歳の離れた妹のような存在なんだ」


「……………………」



 あっ、爽やかに微笑みながらそう告げるマチョウさんの言葉に、「ズーン」と重たい空気を背負って露骨に落ち込むツクシの姉さん。

 そして、苦笑する道場の連中や街の連中。


 ああ、なるほどね。そういうことね。


 つまり、マチョウさんのセリフはある意味では正解だけど、その発言はあまりにも残酷というところか……しかも、本人は悪意ゼロだな。気づいてないのか?

 思えば俺もサディスに子供扱い弟扱いされるのは嫌だったな……


「……まあ、……分かった」

「はは、そうか」

「……は~、この国の男ってのはアレか? 難聴だったり、人の心に鈍感だったりすんのかな?」

「……ん? どういうことだ?」


 あんな露骨な態度の女の気持ちに気づかなくて、人の気持ちの何が分かるってんだ?

 

『おい、童……貴様がそれを言うか?』

『あ? んだよ。俺は難聴じゃねーし、鈍感でもねえ。ちゃんと、シノブの告白は聞いたし、その気持ちも痛いほど届いてるから、俺も色々と考えてんだ……』

『……はぁ……』

『な、なんだよ?』

『いいや……ただ……不憫だなと思っただけだ』

『?』


 なんか、トレイナがすごい俺に呆れたような溜息を吐いたが、どういうことだ?


「君は……その……」


 そのとき、魔法学校の男子たちが気まずそうに俺の前に。

 確かこいつは、モトリアージュ……


「三ヵ月後の大会に優勝するつもりだというのなら……ヨーセイにも勝つつもりということか?」


 正直、そこまでその男は気にしちゃ居なかったが……まあ……


「そうだな。全員ぶっ倒す……誰であろうとな」


 周りに聞こえるように、そしてマチョウさんにあえて聞こえるように俺は言った。


「……ほう」


 マチョウさんもニヤリと笑み。

 そんな俺の挑戦状をしっかりと受け取って……


「そうか。だが、自分も負けない。負けられない理由もあるしな」

「そうかい。だが、俺も負けねーよ。負けていい理由がないからな」


 どこか爽やかに、しかしちゃんと俺たちの火花は散っていた。

 周りも何だか大げさに騒ぎだし、そしてツクシの姉さんは「希望が……」とか呟いているけど……うん、そろそろマジで優勝したらどうなるか調べよう。

 そして……


「っ、お、お願いがあるんだ! 君に!」

「ん?」

 

 俺に対して何かを決意した様子のモトリアージュが……


「君と一緒に……僕も訓練させてもらえないか? 僕も……強くなりたいんだ!」

「やだ」


 意味の分からんことを頼まれたが、それは断り、俺は三ヵ月後に向けて再び鍛えなおすことに……


「っ、お、オラぁ、ちょっと待ってくれ! 俺からも頼む! 俺も……最強マチョウと堂々と戦うお前に胸を打たれた! 頼む! 俺も一緒に特訓させてくれねーか!」

「……僕も……自分を変えたい! 自分に自信が持てるようになりたい!」

「お願いなんだな! 僕たち、このまま終われないんだな! 僕たちも……悔しいんだな! 僕たちも人間なんだな!」


 さて、とりあえず筋トレでもすっか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る