第92話 神
よく分からんことを勝手に言われてしまった。
そもそも、何で俺がそんな大会に出にゃならねーんだ?
ましてや、勝手に俺を攫ったような怪しい奴の言うことだ。
それに、ここがもし鎖国国家だったとして、俺は本当にこんなところにノンビリしてていいのかってのも疑問だ。
「ふっ……流石にまだ警戒しているな。だが……ブレイクスルーで逃げるのはやめた方がいいぞ? 今、この島の周りには結界を張っているのでな……『今』の貴様のレベルでは、大魔螺旋を使っても破ることはできん」
「えっ……な、なに?」
ずいぶん寝て、体力も魔力も十分に回復できた。
今なら、またブレイクスルーも発動できる。
目の前のこの大神官は相当な実力者なんだろうが、逃げるぐらいなら……そう思っていた俺の心を見透かすかのように、大神官は否定した。
結界だと?
「って、その前に、何でブレイクスルーや大魔螺旋のことを!?」
そうだ。何で、俺の技を知ってんだ? こいつ、マジで何者……
「ふっ、それも後で教えてやる。とりあえず、心配するな。三ヶ月間ここでしっかりと鍛え、そして大会で優勝し、そして……ちょっとあることを手伝ってもらいたい。それだけだ」
「いや、ちょ、待て! なんか増えたぞ! 優勝するまではとか言ってたのに、そのあとちょっと手伝えとかってどういうことだ!」
こいつとは初めて会った。なのに、分かる。こいつの言っていることはたぶん本当なんだろうと。
結界とかそういう話じゃなく、単純に目的を達成するまでは俺を逃がさない。
絶対に逃がさない。
その空気が言葉の端々から伝わってくる。
「大体、何だよ、その何とかって大会は……なんで俺がそんなもんに出なくちゃならねえ」
「ふっ、魔極真闘技大会……この国全土の腕自慢の『男』たちが集って力を競い合う大会だ。その大会への参加資格などは、男であれば一切問わない。魔法学校の生徒だろうと、旧王国の兵だろうと、貧民だろうとな。そして、大会運営に携わるこの私の推薦で貴様も出場してもらう」
「……だ、だから……なんで俺が……」
「本当は魔極真流に通う者たちだけで限定しようとしたのだが、そうなると『優勝者』は『ある男』でほぼ確定のようなもので……それでは、誰も修行に身が入らぬだろうと思い、魔極真関係者以外にも門戸を広げたが……正解だったな……」
いつもの俺ならば、「逃げられないと言われても、本当かどうか試してやる」と抵抗していたはず。
でも、行動に移すことができずに、こうして憎まれ口を叩くだけだった。
やっぱり、分かる。
こいつ、強い……下手したら……七勇者レベルはあるんじゃ……
すると、その時だった。
「お願いしやっす!」
「あ、ああ?」
「ん!」
「は?」
俺の手を、ガシっとカルイとアマエが握ってきた。
「あんちゃんには、この大会に出て、是非ともある男の優勝を阻止して欲しいっす! これには、一人の女の恋も関わってるっす!」
「ん!」
そう言って、二人は熱の篭った手で俺を握って真剣に懇願してきた。
いや、恋? それはどういう……
「あっ、それはそうと……あんちゃん、彼女とかいるっすか?」
「は? な、なんだよ、藪から棒に……い……いねーよ」
シノブには告られたけど、まだ付き合ってるとかそういうんじゃねーし……サディスのことはつらくなるから思い出すのはやめよう……
だが、大会と恋に何の関係が?
しかも、俺に彼女が居るかどうかも……
「マジっすか! それなら、なんも問題ないじゃねーっすか! いんや~、うんうん、それが理想だったっす! じゃあ、副賞も案外喜んで貰えるかも……なら、頑張ってほしいっす!」
「……ガンバ……」
で、心から応援されてしまっている。
いやいや、状況はよく分からねーけど、せっかく自由になれたんだ。
ワケの分からねえことに巻き込まれて、面倒な目にあいたくねぇ。
「ふっ……とはいえ……今のままでは、優勝することは『絶対』に不可能だがな」
「……ぬっ?」
俺が、どうにかしてこの場から切り抜けて、大神官の言う結界だとかをどうにかして意地でもここから逃げ出してやると思った瞬間、まるで俺を試すかのような言葉を大神官は告げた。
そして、それはあまりにも単純な挑発ではあるものの、なかなか聞き流せるものではなかった。
「……なんだと?」
「言葉の通りだ。貴様の御前試合は私も魔水晶を通じて見させてもらった。確かに見所はある。だが、今の貴様では……優勝は不可能……だからこそ、励んでもらいたいということだ」
それは単純に、俺が実力不足だと言っているも同然だった。
だが、同時に疑問だった。
「……何だかよく分からねーな。そもそも、何で俺をそこまで優勝させてーんだ? 何か、様子からして優勝すると『何か嫌なことがある』……みてーじゃねえか?」
なんで、俺の優勝に拘るのかと。
すると、俺の問いに大神官は少し口を閉ざすが……
「ふぅ……仕方ない……貴様、体は?」
「ん? いや、もう別に……」
「なら、少し礼拝堂の方に来てもらおう」
そう言って、扉から出ていく大神官。
その後を追うカルイとアマエ。
俺はとりあえずいつ何が来てもいいように警戒心を最大まで上げて後に続く。
「このカクレテール国は鎖国して百年以上経ち、一部の者以外……『特権階級の人間』、もしくは『許可されて外界に出るもの、入るもの』ぐらいしか外の情報を知らない、閉鎖的で厳格な国。その一部の者たちですら、中の情報を外に漏らさぬように、色々とされてはいるがな……」
礼拝堂とやらへと向かう廊下で大神官が歩きながら俺に言ってきた。
「とはいえ、そんなカクレテールの住民はただの世間知らずの平和な島国の民というわけではなく、小競り合いなどの内乱が長く続いていた……要するに、そんな自国の内情や恥を他国に知られないように何年も隠し続けてきたのだ」
内乱。そこまでは俺も知らないし、アカデミーの授業でも教えられていないこと。
さっき、カルイもチラッとそんなことを言ってたな。
「だが、内乱は終わった。旧体制は敗れた……『始祖の神』が味方したのだ」
「しそ?」
そう告げて、大神官が廊下の突き当りのドアを開けた。
そこには、広々とした教会の礼拝堂。
高い天井に、神聖さを思わせる天使やらの天井画にステンドグラス。
そして、礼拝堂には祈りに来たのか、一般人と思われる連中が大勢居た。
「大神官様!」
「おお、大神官様だ」
「今日もお美しい……」
大神官の存在に気づいた連中が目を輝かせて幸福に満ちた表情を浮かべている。
「皆の者、今日も熱心だな……」
「ええ。圧政で苦しんでいた私たちがこうして暮らせるのも、全ては神様のおかげですから……」
「ふふ、そなたの感謝の祈り、きっと神に届いているだろう」
「あ、ありがとうございます……」
なんか、さっきと態度違わねーか? さっきまで、問答無用で俺に闘技大会とやらに出させようとしたくせに、今は物凄い慈愛に満ちた表情を浮かべているんだけど?
「ところで、大神官様……今日は……『女神様』はいらっしゃらないのですか?」
「女神様は今、自室で休まれている。今度の集会に来られるとよい。そのときは、女神様の御尊顔を拝することができる」
「まぁ! 今度の集会ですね! 承知しました! 必ず参ります。ああ……何という幸運。私たちをお救いくださった女神様の御尊顔を拝することができるだなんて」
で……女神様? なんだ? また全然知らない単語が出てきたが……
「……あ……アレ?」
『ぬおっ!?』
そして、俺は礼拝堂の祭壇にある、『とんでもない物』を見つけてしまった。
そのとんでもなさに、トレイナもビックリ。
そこには、『ある人物』を模して造られた銅像が立っていた。
いや、まあ、なんか……ある人物というか……
「ふっ、見るがいい……若者よ」
すると、そんな俺の様子に気づいた大神官が笑みを浮かべた。
「アレが……今、このカクレテール国内に広まっている『始祖の神』の像……その真名はあまりの神聖さゆえに、我らが口にすることすら許されぬが……その、始祖の神の『御業』、『教え』、『信仰』が、この国の民たちを奮い立たせ、そして内戦を終結させたのだ」
いや、なんか、ものすごい「わざとらしい」ように聞こえる。
こいつ、俺があの像の人物を誰なのか知っているうえで、あえて言ってるんじゃねーのか?
いや、あの像の人物もなにも……
……そうなの?
『いや、待て。違う。余は何も関係ない……というか、すまん。余も色々と今は整理ができん……ちょっと時間をくれ……』
心の中で像の人物に尋ねると、その張本人であるトレイナが頭を抱えて何か思い悩んでいた。
そう、祭壇にあったのは、たぶんだけど、トレイナと思われる人物の像だった。
なんで?
「さて……次へ行くぞ」
「えっ? あ、え、もう? つか、どこに?」
そんな状況の俺らにノンビリ考える時間も与えずに「次へ行く」と告げる大神官。
ってか、次って何?
「なに、すぐそこだ。この教会の真向かいにある施設……そこには、始祖の神の『御業』を学ぶことができる道場になっている……」
「ど、道場?」
「うむ。魔極真流道場……コナーミ都市本部だ。ちなみに、支部も色々とあってな、ゴルド支部、ザバース支部、メカロス支部など……まぁ、ついてこい」
そう言って、最初から振り回されっぱなしの俺。
トレイナだってまだ頭を押さえている状況。
結局、この女はいったい、何なんだ?
ただ、とりあえず言えることは……その道場とやらに足を踏み入れ、その道場の様子……いや、その道場内に設置されている『設備』を見たトレイナが、またもや今まで見たことないぐらいに……テンションを上げて、再び俺を鍛えようとするのだった。
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