第93話 道場
教会を出て外に出ると、舗装された道が目の前に入った。
四角く切られた石が一つ一つに等しく地面に埋め込まれ、大きく広々とした街道の左右に建物がいくつも並んでいる。
鎖国国家だから、もっと途上国な感じがすると思っていたが、そうバカにしたものではない。
「さあ、すぐそこだ」
街の様子に俺が目を奪われていると、大神官が俺を呼んだ。
やけにデカく芸術的な作りをした教会の真向かいにある、三階建てほどある大きめの建物があった。
そここそが、魔極真流とかいう道場。
正直、何で俺は大人しくついてきてんだと思いながら、少し興味を持って道場に足を踏み入れた。
すると……
「あっ、師範……」
「これはこれは、師範……」
「師範!」
扉を開けて中へ入った瞬間、モワっとした熱気が急に顔を襲った。
湯気でも出ているのか、外と中では全然暑さが違った。
そして、そこには……
「「「「押忍!!!!」」」」
オス? こいつらも、挨拶が……そんな、男たち。
年齢は俺ぐらいの奴も居れば髭を生やしたおっさんたちも居る。
全員が汗にまみれながら、鍛え上げられた肉体を持ち、そしてやけに濃い感じだ。
「うむ、精が出るな」
そんな一同に涼しい顔で応える大神官……ん? 師範?
『ぬっ!? こ、ここは……これは……』
そして、俺が道場の中に居る連中に目を奪われている横で、トレイナは人よりも、道場の1階に設置されている器具のようなものに目を奪われていた。
なんだ? 見たことねーな。
なんか、長い棒に輪っかが左右に付いていて、それをなんかやけに真剣な顔で歯を食いしばりながら持ち上げている。重いのか?
そんな似たような道具が至る所にあったり、なんか、ロープでピョンピョン飛んでいる奴も居る。
しかも、壁一面にデカイ鏡が張られていたり……おいおい、あんなのガキの頃に入った姫の部屋の鏡よりデカイぞ?
『……マジカル・ベンチプレス……マジカル・ジャンプロープ……おお、マジカル・スクワット……マジカル・懸垂……しかもミラーまで……ほうほう』
なんか……トレイナが目をキラキラ輝かせて……なんか、ウズウズしているというか……
「ん? って、ちょっと待て、アレはなんだ!?」
『ん? お、おお……アレは……』
前後に車輪の付いた器具に人が座って、足を動かして車輪を回している。しかし、車輪は床に固定されているためか進まない。
アレに何の意味が?
「ふっ、貴様は初めて見るか。アレは……マジカル・バイクというものだ」
「ば、ばいく?」
「単純に言えば、アレを長時間運動することで足腰を鍛えることができる」
「そ、そんなものが?」
ま、まじかる? いかにもトレイナが付けそうな名前だな……
「この1階はマジカル・トレーニングルームとなっていて、無料で一般に開放している。他にも目を鍛える部屋や、裏庭にはプールなどもある。いつでも好きな時間に来て好きなだけ器具を使って鍛えるが良い。使い方は連中に聞け。爽やかに教えてくれるだろう」
正直、かなり興味を持った。
そこにあるのはどれもが俺が一度も見たことのない器具。
そして、それを使って体を鍛えている連中は誰もが中々いいガタイをしている。
「へぇ……すっげ」
未だにどうして俺がこういう状況になっているのかは分からない。
だが、少しだけ楽しくなってきた。
ついさっきまで、母さんやサディスのことが気になってたってのに……
『……やれやれ……なっていないな……』
「ん?」
しかし、そのとき、ウキウキだったトレイナがものすごい難しい顔をして腕組みして立っていた。
『確かにそれなりに鍛えられている……だが、器具の使い方がなっていない! 本当に効率の良いトレーニング方法がここの連中はまるで分かっていない! まったく、ベンチプレスはちゃんと肘を曲げて胸に付ける。ぬっ、あっちでは下げた反動で勢いをつけて上げて……腰も浮かし過ぎだ! スクワットもちゃんとした姿勢でやらないから……あれでは、疲れて腰を痛めるだけだ!』
いや、難しい顔をしているが、ウキウキウズウズしまくっている時の難しい顔だ……
『元々筋力のない者が運動をすれば、最初はそれなりに筋力は付くだろう。しかし! 一定のレベル以上に鍛えるには、当然正しいトレーニング方法が必要となる! アレでは、鍛えられるのは根性だけだ! なっとらん……師範などと呼ばれているが、『あいつ』もそれが分かっていない……所詮は余の知識を見様見真似で広めているだけか……せっかくこのような環境がありながら宝の持ち腐れ……ふふふふ、だからこそ、童には正しいトレーニングを一から叩きこんでやらんとな……。そして、大会まで三カ月……丁度いい。筋力トレーニングなどの効果が現れるにはやはり三カ月は必要だからな……ふふふふ、腕が鳴る!』
どうやら、この環境は認めるものの、実際にここで鍛えている奴らのやり方にはトレイナは不満のようで、だからこそ俺には正しいやり方でしっかりと鍛えてやろうという、とてもありがたーいやる気に満ちていた。
「さあ、いきますよ! はい、お股を大きく広げていっちに、いっちにです!」
「「「「いっちに、いっちに!」」」」
と、違う部屋からは元気な女の声と大勢の女たちの声がリズミカルに聞こえて来た。
え? なに? 股を広げて何するの? え? これ、あの中に確認に行った方がいいんじゃ……っと、こういうことを考えてると、またトレイナに呆れられ……
「あっちの部屋では鍛えるというよりは、運動不足解消のためのマジカル・エアロビクスをやっている。私が直々に教えたシスターたちが講師をしていてな、主婦や若い女たちに人気がある」
『なに? マジカル・エアロビまでやっているのか?!』
あっ、ウキウキトレイナも今は俺の心の中はどうでもいいようだ。
なんか、ほんとうに色々とあるようで……そして、やっぱトレイナと大神官って知りあい……人間の恰好をしているが、この女、やっぱり正体は……
「さて、二階だ。二階こそが、正に……御業を教える場所……」
「お、おお……」
そんな予想をしている俺だったが、またもや別のフロアにある初めて見る空間に意識を奪われた。
「気合だ! 気合で打て!」
「うっす!」
「連打だ! 連打しろ! マジカルサンドバッグ100ラウンド叩き続けろ!」
「っ、う、うっす!」
「足の骨が折れようとローキックを打て!」
「はい!」
そこは、また一階とは別の熱気に溢れていた。
一階のようなどこか爽やかな空気とは違い、一人一人が殺気立った連中が、パンチやキックの練習をしたり、天井から吊るされている袋を殴ったり、蹴ったりしている。
「ここが、魔極真流の技術を教える所……パンチ、キック、投げ、関節技、様々な体術を、それぞれ門下生が希望するものを習得しようとしている……教えている連中は、私が過去の内戦時に鍛えた弟子たちが師範代となっている」
「……ん? あんたの弟子?」
「そうだ。かつて私は神の教えを持ち、『女神』と共にこの地に舞い降り、革命軍の中でも選りすぐりの者たちに魔極真流を教えた。中にはそのあまりの過酷さに逃げだした者たちも居たがな……」
大神官というだけでなく、自らも弟子を取って鍛えてる……なんか……ほんとこいつ……
『……フォームがどいつもこいつも改善が必要だな……確かに、見かけはそれなりに出来ているが、アレでは相手の芯まで響かせるほどの威力は出せん……ふん、まあ、童には余がついているから、こんな奴らなど相手にならんがな! ……ん? ほほう、生卵をコップに入れて飲んでいる奴も居るな……ふはははははは』
で、トレイナはまたこの空間を一瞥してから、「余ならもっと弟子を鍛えられる」とドヤ顔で胸を張っている。
つか、トレイナの言葉で気づいたが、休憩している奴が生卵を……お、おえ……生卵を直で飲むとか、何考えてんだこいつら?
『ただ……こやつら……まだ、甘いな……虎の目にはなっていない……虎の穴と呼ぶにはまだまだだな』
いかんな……トレイナ、さっきまで自分の銅像を見て混乱してたのに、もう別の何かが……つか、虎の目とか虎の穴ってなんだよ?
「ちなみに、3階はマジカルスパーリング場と言って、そこで模擬戦をできるようになっている。自分の技を弟子同士、時には師範代相手に試せるということだ。……ふふふ、どうだ?」
そして、一通りの設備を俺に教えて「どうだ?」と感想を求めてくる大神官。
正直、想像とはまるで違う道場だった。良い意味で。
そして、広さこそはアカデミーの訓練場よりは狭いが、その分、未知な器具がたくさんあって、なんか面白そうではある。
大会云々は別にして、ここで鍛えるのも面白いかもしれねーな……
「そう……ここで鍛え……『マチョウ』を超え……大会で優勝しろ……大魔の力を受け継ぎし者こそ………………『クロン様』の相手に相応しい……ふっ、まぁ、私としてはマチョウでも構わないが、人間とはいえ恋する乙女の『ツクシ』に失恋させるのは……少し心が痛むからな……」
ん? なんかブツブツと大神官が言ってたが……あんまよく聞こえなかったな……
『マジカルサンドバッグ……うむうむ……今までシャドーとスパーでしかトレーニングしていなかった童はここで更にパンチの質も上げることが出来るな……さーて、どんなメニューを作るぞ? さー、どうするぞ? どうするぞったらどうするぞ!』
トレイナも全然聞いてない様子だった。
もうここまで来ると、かわいいな、あんた。
なんか、こんなウキウキしてるし、しばらくここでトレーニングしてやるかな?
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