第四章
第88話 幕間(メイド)
この私が全速力で駆けて追いつけない。
子供の頃、坊ちゃまと鬼ごっこをしたときは、追う側でも追われる側でも私は坊ちゃまを手玉にとりました。
しかし今、こうして全力で追いかけても、その坊ちゃまの背に追いつけない。
無力な自分がもどかしく、悔しく、情けなく、しかし一方で、このような状況下でこんな想いを抱くのは不謹慎だと思いつつも、どうしても思ってしまいます。
「あの御前試合での力はやはり本物でした……坊ちゃまは……私の知らない間に……私が傍に居ながら気づかないうちに……本当に大きく……そして強くなられている……」
なぜ、坊ちゃまが大魔王の技を使われたかは分かりませんし、アレは何かの間違いだったのではないかと思ったりもしました。
でも、これだけは捻じ曲げてはいけない真実。
坊ちゃまは本当に、強くなられました。
私にとっては、いつまでも小さな頃から変わらないと思っていた坊ちゃまは……私の手を離れて……
『よし皆、今日は将来の予行演習もかねて、我と一緒に帝国おままごと、するぞ!』
ふと、昔のことを思い出してしまいました。
宮殿の庭でかわいらしいお遊びを提案されている幼少期のフィアンセイ姫。
その提案を受けて、恥ずかしいのか微妙な顔をされている、坊ちゃま、フー様、リヴァル様。
『我は当然、皇后だ! うむ、当然だ! で、リヴァルは帝国騎士団長兼帝国大戦士長だ!』
『俺が? そのようなすごい役を?』
『うむ。そして、フーは帝国最強の大魔導士だ!』
『うんうん! よーし、やるぞー!』
それは、この子供たちならば将来的に十分可能性のある役職でもあり、本当に予行演習でもありました。
まだ、五歳のとっても小さな神童たち。
その初々しい姿を眺めている当時九歳だった私は、坊ちゃまの宮殿への送り迎えと併せて、宮殿のメイドのお姉さまたちに嗜みや作法を学ぶ日々でした。
そんな懐かしい日の光景。
そして、姫様の提案されるおままごとに不満そうな坊ちゃま。
『……俺は? え、なんで!? なんで、リヴァルが騎士団長も大戦士長もやってんの? 俺じゃないの?』
『え? う、う~ん、そうだな、わ、我としたことがアースの役を忘れていた、うっかりうっかり、う~ん』
嘘です。
ものすごく嘘だとバレバレな「うっかり」という様子を見せる姫様。
そして、姫様はかなり照れた様子を見せながら……
『よ、よーし、おわびに、そのな、うん、アースには皇帝の役をやらせてやろう! お、王様だ! 嬉しいだろ!』
『え~~、皇帝~?』
不満顔の坊ちゃま。リヴァル様も若干拗ねてらっしゃいました。
そう、その役柄、結局蓋を開ければ皇帝と皇后役は……
『では、スタートだ! あ~、陛下、い、いえ、二人のときは、あ、あなた……ごはんにする? お風呂にする? そ、それとも、わ、われ?』
それは、もう皇帝も皇后も関係ありませんでした。
いや、もうなんというか、リヴァル様とフー様が蚊帳の外なおままごとでかわいそうでした。
でも、一番かわいそうなのは……
『ん~、やっぱ、おままごとなんてつまんねーよ、他の遊びしよーぜ』
『えっ? う、う~……だめ、命令だ! アースは、皇帝役なんだ! なんだから!』
『ちげーもん、俺、父さんみてーな勇者になるんだから、そっちがいい!』
あれだけ分かりやすい姫様の態度に一切気づかないというか、興味がないというか……姫様が一番かわいそうでした……が……
『おーい、サディスー、ねえ、サディスもあそぼーよ!』
おままごとそっちのけで、ある意味いつでも遊べるはずの私の元へと駆け寄ってくる坊ちゃま……そんな姿に姫様がむくれて……
『だめー!』
坊ちゃまを捕まえて手を引っ張る姫様。そして、姫様は私を睨み付け……
『私たちだけで遊ぶんだ! おばさんはいらないんだ!』
『あ゛?』
そして、私は思わず声を漏らしてしまいました。
『サディスはおばさんじゃねーよ!』
『ちがう、おばさんだぞ、アース! だって、サディスは九歳だ! もうすぐ十歳になるんだ! そーいうの、メイドたちが言ってた、あ、アラなんとか……だから、サディスは、アラテンなんだぞ!』
『ちげーもん! サディスは……び……びじんだもん……』
恥ずかしそうに、ちょっとモジモジしながらそう仰ってくださった、あのときの坊ちゃまは、どちゃくそかわいすぎて、私はもう……
『だめえええ! べーっだ、べーっだ、べーーー!』
『あ、おい、フィアンセイ! 引っ張んなよぉ!』
『年増怪人サディスはあっちいけー! べーっ!』
姫様は怒って力ずくで坊ちゃまを連れて、私にアカンベー。
正直、姫様のことも私は赤ん坊の頃から知っていることもあり、私にとってはちょっとした妹的な想いも無きにしもあらずでした。
でも、やはり幼かった頃の私は、とにかく坊ちゃまへの独占欲のコントロールが下手で、坊ちゃまがそのまま連れて行かれそうになるかもしれないと思った瞬間……
『……ぼっちゃまだれにもわたしません……』
『ひいっ!?』
『どこにもつれていかせません。で? 誰が年増怪人ですか? ん?』
一瞬で姫様の前に回りこんで通せんぼ。
恐怖で顔を引きつらせる姫様。そして、姫様を……
『ぐっ、お、俺がフィアンセイを守る!』
『リヴァル~、だめだよ、サディスには勝てないよぉ……』
正に、ナイトと言わんばかりに私に怯えながらも姫様を守ろうと木の枝を構えるリヴァル様。
リヴァル様の影に隠れてビクビクしているフー様。
そして、私は……
『ふぅ……全員、おしりぺんぺんです……ぼっちゃま以外』
『『『ッッ!!??』』』
『全員のお父様たちには、そういうのしてもいいって、私、許可貰ってます』
圧を出してのお仕置き宣言。
すると、もう幼い頃の私よりも更に幼かった姫様たちはガクガク震えて……
『う、う~……皆のもの、怪人サディスから逃げろー!』
『え、鬼ごっこ? でも、よーし、今日こそサディスに勝ってやる!』
『ぐっ、お、覚えていろ、いつか勝ってみせる!』
『か、……勝てっこないよ~……』
とにかく、私から逃げろと声を上げる姫様。
鬼ごっこならと、張り切る坊ちゃま。
悔しそうなリヴァル様。
弱気なフー様。
そんな四人の神童たちでしたが……
『逃げますか? いいでしょう。では、10秒待ちます……10、9、8、7,6,5,4,3,2,1……もーいいですか~? ダメでもいきますけども……っというか……』
『『『『あっ……』』』』
『もう、全員捕まえてました……』
十秒後に始まって、その後五秒以内に四人とも私の両脇に抱えられてお縄になりました。
『そ、んな……は、はやすぎる……』
『ち、ちくしょう……今日だけは五秒は逃げようと思ってたのに!』
『これが……新時代の新星サディス……父上も認めた……』
『だから勝てっこないって言ったのに……』
そう、あのとき私たちにはそれほどまでに力の差があったのでした。
『ははは……すごいな、サディスは……あの四人もサディスのような存在が居ると、まだまだ頑張らないと、と意識するだろう』
『ああ。やっぱ、サディスは十二歳を待たずに、飛び級の特別待遇でアカデミーに入学させてもいいかもしんねーな』
そんな私たちを、仕事の合間の休憩に微笑みながら、皇帝陛下と旦那様、時にはそこに皇后陛下や奥様がいらっしゃったものでした。
『しかし、マアムが『旧・魔導都市シソノータミ』で保護した子が、これほどの天才だったなんてね……』
『ああ。あんときゃ……なかなか心を開いてくれなかったけど……でも、今はもうほんと、アースの『お姉ちゃん』だぜ』
『大魔王トレイナが滅んで五年……心の傷も癒えているようで何よりだ……このまま、フィアンセイにとっても姉であり、身近な目標となってくれたらいいなと思うよ』
『……まぁ、何もかもが終わったってわけでもねーけどな……あの都市に関しちゃ大きな『謎』も残ってる……旧六覇の『ライファント』たちもそのこと知らねーみてーだし……そして、その謎を知ってそうなのが、トレイナがあの都市を滅ぼしたときに唯一帯同してたっていう、あの『ヤミディレ』だしな』
『そのライファントが、ヤミディレは魔界ではなく地上に潜んでいる可能性が高いと言っていた……それが当たっていた場合……たとえば、魔界との大戦にも一切関わることのなかった、『鎖国国家カクレテール』などに潜んでいたら……』
『俺らも迂闊に手ぇ出せねえ……ったく……トレイナを倒し、少しずつ魔界との仲に進展をと思っていても、気になることがどうしても拭ぇねえな……それに……一番気がかりなのは……『ハクキ』……』
『だね。それにやはり、トレイナの影響力は魔界でも魔族の間でも未だに根強い。『神・トレイナは生まれ変わっているはず。生まれ変わりを探し、神を再び』なんて宗教団体や、『大魔王トレイナの残した埋蔵金』なんて伝説が流布して眼の色を変えるハンターたちも居るしね……』
戦後からまだ数年、あらゆる激務で心労が絶えない陛下と旦那様でしたが、それでも姫様や坊ちゃまを見守るその瞳は優しく、そして抱えていた悩みも坊ちゃまたちこれからの時代を生きる子供たちのためにももっと頑張ろうという意志が溢れていました。
だからこそ、私は恩ある旦那様、そして奥様のためにも、坊ちゃまを何があっても守り、そして正しく育てるのだと幼い頃からずっと決めていました。
『さぁ、坊ちゃま。帰りましょう』
『サディス、は、はずかしいから、だ、だっこやめろよー』
『いいえ、坊ちゃまはまだ子供だから抱っこなんです。それと、外で遊んで、ばっちくなりましたので、お風呂に入ってキレイキレイしてあげます』
ジタバタ暴れようとも、強引に坊ちゃまを抱っこして『私のものだ』とアピールする私。
そんな私にお尻ペンペンされて這いつくばって歯軋りしている姫様。
『う~、アース……おのれ、サディス……アースは我のものなのに……』
そう、いずれ坊ちゃまは姫様と……それが、この帝国を、そして世界を、人類をより良く導くことへと繋がると、私にも分かっていました。
ですが、もう少しだけ私が……そんな想いを抱きながら私はずっと坊ちゃまを……
「何がまだまだ子供ですか……私は……自分で……旦那様より、奥様より、私が世界の誰よりも坊ちゃまを知っていると思っていましたのに……」
自分の無能さが、節穴が心から恨めしい。
『くそ~、いつかサディスに勝ってやるー! そして、サディスより強くなって……いつか……いつか……サディスを……お、およ、め、……しゃんに……』
『……ふふ……ふぁいとです、ぼっちゃま』
なぜ、私は強くなった坊ちゃまに、まだ直接褒めることすらできていないのです?
坊ちゃまが大きくなり、強くなられたら、誰よりも先に私が「立派になられました」と言って差し上げるのが私の役目。
それなのに、今の私は坊ちゃまに声を掛けることもできず、無視され、追いかけ、追いつけない。
私が追いつけられない光速で駆け抜ける坊ちゃまの背を見ながら、私は唇をかみ締めながらも、とにかく必死にその背を追いかけました。
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