第87話 卒業

「な、なんだこのジジイは、は! ブロといい、アースといい、私を誰だと思っている、いる! この、無礼者め、め! さっさとこのジジイもひっ捕らえてしまえ、まえ!」


 ジーさんが何者かというよりも、自分に向けられた言葉にしか意識がいかないシツツイは、集った大人たちにジーさんを捕らえるように命ずる。

 するとジーさんはため息を吐き……


「ふぅ……ソルジャも大変じゃのう……パウハラ家の先代に世話になった義理のため、いつまでもこやつを……まぁ、ワシもあやつには色々と助かったがのう……」


 ッ!? おい、今このジーさん、陛下を呼び捨てに?

 そして、大人たちが次々と武器を取り出して殺気立った瞬間、ジーさんの傍らに二人の男がどこからともなく現れた。


「御老公、ご報告が!」

「っと……しかし、その前にこやつらを……ですか……」


 あの二人は、ジーさんが連れてきた二人の男。

 しかし……



「うむ、とりあえず、かかって来るのであれば仕方ない。アシストさん、ケースさん、……お二人は下がっていなさい。ワシが直々に懲らしめてあげましょう」


「「は~……またですか……」」



 そんな二人に手出し無用と告げ、次の瞬間、ジーさんが面を外す。

 その下から、枯れ枝のように細いジーさんかと思いきや、その眼光と好戦的な笑みは、初めて会った時の温和なイメージとは大きく違っていた。

 あれ? あのジーさん……どこかで……確か……アカデミーの頃……何かで……


『人間の寿命は短いと言われているが……まさか……まだ生きていたとはな……』


 どこか呆れたように苦笑するトレイナ。

 そして……


「さあ、ゆきますぞ――――」

「静まれえええええい! あ、急にデカイ声ですまんです。我々こういうものです」

「とっ、お、ぬぬ!? とっと……アシストさん!?」

「いや、最初からこうすればいいんですよ。歳なんですから、大立ち回りは控えてください」


 ジーさんが駆けだそうとしたとき、アシストとかいう男が何か勲章のような……何かのシンボルが入ったアクセサリーを取り出して掲げる。

 駆けだそうとするも、すぐにズッコケるジーさん。

 だが、そんなことより……


「あ……あのマークは……」


 俺も……


「ッッ、な、な……なん、え!?」

「「「「……ぁ…………」」」」


 ブレないシツツイも、そして荒ぶった大人たちもそのシンボル、そして明らかになったジーさんの素顔を見て誰もが言葉を失っている。

 そうだ、俺も見たことある。

 そして、ようやくジーさんがどこで見覚えがあったかを思い出した。

 そうだ、教科書だ! 歴史の教科書で……ん? 教科書……って、うぇい!?



「この御方は、かつて魔王軍と死闘を繰り広げた……帝国やジャポーネ含む、全人類の正義を結集するために設立された『地上連合軍』における『元・副総司令』……『ミカド』殿である」


「「「「「ッッッ!!??」」」」」


「というわけで、抵抗しないように。抵抗しても、この方ならこの場に居る全員……たぶん、十秒以内に殺せてしまうので……いや……一部……除きますが……」



 メッチャその名前知ってる……てか……伝説というか……歴戦の英雄でもある、ミカド!


「み、み……ミカド殿……な、なぜ……なぜ、こ、これは、し、失礼なことを……を……な、なぜ、このような所に……」


 そして、流石のシツツイもこれにはたまらんと、すぐに両膝をついてその場で頭を垂れた。



「ふぉっふぉっふぉ、そう畏まる必要はないぞ、シツツイ大臣。もうすでにワシは役職を降りている身……ましてや、おぬしはディパーチャー帝国のソルジャ皇帝の家臣であり、別にワシの部下ではないのじゃ……とはいえ……連合の御意見番として、加盟国を観察することは許されておるがのう……」


「ぐっ、う……は、いや、そ、それは……その……」


「まぁ、ワシにおぬしを裁く権限はない……ので、事実をありのままワシの名に懸けて報告だけとする。そちらの、ブロ・グレンの証言も含めてのう。その上で公正公平に調査及び取調べを行い、その結果、おぬしが連合共通の国際法を犯しているようであれば……帝国と連合軍より厳しいお沙汰があるものと心して待つがよい」


「そん、いや、そんな……わ、私は……私はただ……ただ……」



 もう、現役を退いた身。しかし、その発言力と影響力は今なおこの地上世界で大きな力を持っている。

 親父たちが生まれるずっと前から魔界と魔王軍と戦い続けたその英雄は、七勇者たちですら頭が上がらないと聞いたことがある。


「ブロ・グレンくん……君もそれでよいかのう?」

「はっ、はは……もう……何が何だか……だな……だが……よろしく頼むぜ、ジーさん……っと、み、ミカド様?」

「ふぉっふぉっふぉ、構わん、今のワシなぞただのジーさんじゃ」


 この予想外の嵐のような一幕に、流石のブロも呆れたように笑っていた。

 だが、ブロに一切の異論はなく、ジーさん……いや、ミカドに頷いた。



「おい、ブロ……あんた……いいのかよ? 証言するといっても、あんただって……どっちにしろ、ただじゃすまねーんじゃねえのか?」


「ああ、いいさ。俺も……昔のように……今のお前さんのように……また、自分の足で歩けるようにならないとな……だから、いいんだ……特攻グレン隊の皆にも……もう……自分の足で歩いてもらうさ」



 ブロに一体どれほどの罪があるのかは分からないが、少なくとも無実でお咎めなし……ということはないだろう。

 ひょっとしたら、そのまま監獄送りだってありえる。

 しかし、


「元々……大人たちの作った場所を……俺とシツツイ大臣が引き継いだ……ケジメ……いや、幕引きは俺たちでやらせてもらうぜ……不良を……卒業してな」


 ブロはそれもすべて覚悟の上だと笑った。



「ちっ、不良のくせに最初から最後まで……それでカッコいいつもりかよ……世の中では無価値な不良のくせによ!」


「ああ、カッコわりーよな。だから、お前さんはこの先、何かがあっても……俺のようになるな。もし、心が腐って道を踏み外しそうになったそのときは、このバカな不良を思い出して、同じようにならねーようにするんだぜ? 兄弟」


「だから、あんたみたいなバカ兄貴はいらんと……言ってるだろうが」


「カッカッカッカ!」



 だから、俺ももうそれ以上のことは言えなかった。

 そして……


「ふぉっふぉっふぉ……それにしても……君が、アースか?」

「ッ!?」

「君が赤ん坊の頃に一度だけ見たが……ヒイロとは似ていなかったので、最初は気づかんかったが……どうして、君はここに居るのじゃ? シツツイと君の会話を聞いていたが、何か君はやらかしたようじゃが……」


 俺のことを知ってる? いや、そうなのかもな。

 だって、このジーさん……たしか、親父と母さんの戦友ってだけでなく……戦争での師匠みてーなもんだって……

 っと、それよりも、俺がどうしてここに居るか?

 それは……



「よければ、何があったかワシに教えてくれんかのう? ヒイロもマアムも、国は違えど共に血を流し、同じ正義と大義を掲げた戦友であり、そしてワシにとっては孫みたいなもの……君はワシの曾孫みたいなものじゃからな」


「……何が……あったか……」


「そして、何よりも……君の喧嘩は見ていて、かなり胸に来たわい……力になれるようなら、力になってやりたいのじゃ」



 そう言って、ミカドは俺に最初に出会ったときと同じ、優しく温和な空気を纏って尋ねてきた。

 俺はその問いに対して何も言えず、すると……


「そうだ、御老公。さっき言えなかった報告ですが……」

「ん? なんじゃ、アシストさん」

「先ほど、逃げた客に交じっていた商人に聞いたんですが……ソルジャ皇帝の娘、フィアンセイ姫……そして、マアムがこの街に向かっているようで、もう目と鼻の先に居るそうです」

「……なぬっ!? それは、本当か!?」


 ……はっ?


「なっ……に?」


 母さんが? 姫が? なんで? どうして? 

 この街に用事が? 

 いや、まさか……まさか……俺を? いや、でもそれだったら、なぜ姫が?

 でも、どっちにしろ、母さんがこの街に向かって……


「ブローーーーッ! 大変だ、おーーいっ……て、ブロ? お、おいこれは……ど、どうなって……大臣も……つか、ブロ、その怪我は!?」

「あ~、ま、後で話すさ。で、何があった?」


 そのとき、バケット頭が血相を変えてやってきた。


「い、今、街の入り口で……ひ、姫が……この国の姫が、しかも、七勇者のマアムも一緒に、他にも数人引き連れてやってきたぞ! もう、客や商人たちも大慌てで、マアムたちが『これはいったい何の騒ぎだ!』って、もう外でパニックが……おい、どうすりゃ……」


 って、マジかよ……


「カッカッカ……あ~、そういえば、近々来るって話は聞いてたんだが……まさか、今日来ちまうとは……よっぽど急いでこの街に来たのか……ふっ、……ま、俺個人としちゃ、手間が省けたな……ただ……」


 その状況にブロは溜息を吐き、そして同時に俺の肩に手を置いて……


「お前さんには都合が悪いか」

「ッ!?」


 何かを察しているかのように、ブロは俺に微笑んだ。


「ブロ……まさかあんた……俺のこと……」

「さあ? 知らねーな。お前さんは、イカしたダチ。俺はそれしか知らねえ。だから……帰れるかもしれないが……それでも帰る気はないなら……それがお前さんの歩む道なら、さっさと行っちまいな。ただ、何度も言うが、俺みたいにはなるんじゃねーぞ?」


 そして、その手で俺の背中を叩いて押し出してくる。

 俺に「行け」と言っている。


「ふっ、最初はどうしようかとも思ったが……でも……ひょっとしたら、お前さんなら……」

「ん?」

「師範を歪んだ野心と思想から……あいつのことも……な」

「師範? あいつ? 何のことだ?」

「な~に、お前さんがいつか、俺の初恋でもあった師と……『妹分』に会うことがあったら――――」


 ブロが何を言っているのかよく分からなかった。

 師? 妹? それが一体、何の関係が?

 ブロは結局その意味を最後まで告げぬまま顔を上げ、


「行って来い、アバヨ!」


 そう言って、どこか今生の別れを思わせる言葉を言って俺の背中をまた叩いた。

 その言葉を受けて俺は……


「ああ、またな」


 そう、返した。


「ぬっ? これ、アースくん、何をしておる? 今、マアムが来たようじゃし、一度話を―――」

「ブレイクスルーッ!!」

「……ほっ?」

「じゃあな、ジーさん!」

「ッ!?」


 色々と俺の力になってくれようと、親切心を見せてくれたジーさんだったが、申し訳ないが俺はもう「やらかしたこと」を過去にして前に進んでんだ。

 今更、後戻りをする気はないと、ブレイクスルーを発動させてその場から一瞬で駆け出した。

 賭博場、階段、そして街へと飛び出し……



「おるあああ、あんたたち、大人しくしなさい! どいつもこいつも、ブラックリストに載ってる商人ばっかじゃないの!」



 何やら両脇にノビている商人たちを抱えている母さん……



「まったく、どういうことだ? しかも、話によるとシツツイ大臣が居るとのこと。我は何も聞いておらんぞ! おい、早くそこをどいて、中へと入れろ!」



 パニック状態の貴人や不良たちにイラついた様子を見せながら声を上げる姫……


「おい、逃げようとしている商人たちを取り押さえるぞ、コマン、フー。そして事情を聞く」

「ふぇ、う、うん、分かったよ、リヴァルくん……んと、わ、私の笛で……とりあえず、全員操って自白させるよ。んと、何を隠してても全部吐かせるから……」

「……コマンってさ……昔からだけど……実はなんか……怖いよね」


 で、あいつらまで? 

 リヴァル。コマン。そしてフーまで。

 目的は……いや、考えるな。



「ッッ、坊ちゃまッ!!」


「「「「「ッッッ!!!???」」」」」



 その声が響いたときにはもう遅い。

 ブレイクスルー状態の俺に一歩遅れたら、もう誰も追いつけない。

 さらに……


「ッ、アース! ちょ、待って! 待って、アース!」

「坊ちゃま……どうか……どうか、話を!」

「アース、どこへ行く! 我だ! 我が来ているのだぞ、アース! 止まれ、と、止まって!」

「アース、何をしている! 待て、俺たちに何も言わず、また行くのは許さんぞ!」

「そんな……くっ、私の笛で……ッ、だめ、射程の範囲外……」

「待ってよ、アース!」


 丁度、賭博場の入り口がごった返しだったのが幸いした。

 皆も俺の姿に気づくも、一般人たちを蹴散らすわけにもいかず、すぐに追いかけられない様子。

 このまま振り返らず、俺は……



「だから、待ってって、ねえ、アース!」


「坊ちゃま!」


「我が止まれと言っているのが聞こえんのか!」



 いや、三人だけ……


「ごめん、リヴァル、フー、コマン! ここは――――」

「僕たちに任せてください! だから、アースを!」


 三人だけは人ごみを掻き分けて飛び出して、俺の後を追ってきた。

 だが、よりにもよって……



「……ちっ……」



 よりにもよって、あの三人。くそ……


『……ほう、マアムは当然だが、あの二人もやるな……ブレイクスルーの貴様に追いつけないまでも、決して姿が見えなくなるほどの距離までは離されない……』

「ぬっ……」

『時間切れになったら……追いつかれるかもしれんぞ?』

 

 ブレイクスルーが解除されたら、追いつかれる。そう告げるトレイナに、俺は納得しちまった。

 そりゃそうだ。ただでさえ、俺は結構疲れている。

 そして、相手はあの三人だ。


「そういや、俺は……かくれんぼも、鬼ごっこも……サディスに一度も勝ったことなかったんだよな……姫にも何でも一度も勝ったことねーし……母さんは言わずと知れた、勇者……」


 このまま、ブレイクスルーが切れたら追いつかれる。

 そうなると、俺の意思に関係なくとりあえず……連れて帰られる?

 

「ふざけんな。ここに来て、断ち切った過去がいつまでもウロチョロして、俺の旅立ちの邪魔をするんじゃねえ」


 舌打ちしながら、俺はとにかくひたすら走って、走って、走り続けた。



 そんな追いかけっこをしていた、俺たちはまだ誰も気づいていなかった。






「ソ・コ・ニ・イ・タ・ノ・カ」






 闇夜に輝く月を背に、俺たちを見下ろす影。




「まさか……こうも早く見つかるとは……ブロにも協力させて探すつもりだったが……フフフフフ……我が唯一無二の神よ……あなた様を失ってから、約498340000秒……久しぶりに胸が高鳴りました……アレが、あなた様にとって何なのかは分かりませぬが……大魔の力を受け継ぎし者は、全て我が手に!」




 その影は、漆黒の翼を羽ばたかせ、涙を流しながらも笑みを浮かべて……




「そのためなら、群がるハエは全て消しましょう。……ア・レ・ハ・ワ・タ・シ・ノ・モ・ノ・ダ」



 

 暗黒の戦乙女の鎧を纏いし女神の狂気が、俺のすぐ傍まで迫っていた。




―――第三章 完―――

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