第69話 警戒
少し時間がかかったが、ようやく山を越えて麓まで辿り着いた。
視界に広がるのは、帝国領土内ではあるが、俺が今まで来たことのない新しい土地の街並み。
商業都市『カンティーダン』だ。
帝都のように高い建物はないが、街の通り道の左右には隙間なくテント式だったり、床にシートを広げて商品を並べたりしているような露店が溢れ、街ゆく人々が多く群がっている。
「さあ、寄ってらっしゃい! 今日の商品はこちら! あの帝都の上流階級の貴婦人たちが身につける、エルオスのバッグ! 通常では100万マドカもするこのバッグは私が制作元から直接仕入れたために、超お買い得! 半額の50万マドカでどうだ!」
「オトーサンオトーサン、このティレックスの懐中時計本物! 本物!」
「これがこの値段? は、ふかしこいてんじゃねーよ! 俺の眼は誤魔化せねえぜ?」
「なあ、あんた。ちょっと俺の話を聞かねえか? 良い儲け話があるんだけどよ、あんたにだけコッソリ教えてやるよ」
「奴隷のセリはいつごろに始まる?」
「これは、ある葉っぱから取れるものでな……これに火を付けて吸うと魅惑の世界へご案内する代物だぜ?」
戦碁大会をやっていたホンイーボとはまた違う活気。
売る側も買う側も真剣そのもので独特な熱気が漂っている。
通りには、帝都のような夕飯の買い出しするような子連れの主婦や、俺と同じような若い学生などはあまり居ない。
だが、それでも大勢の人々で賑わって街が溢れかえっていた。
「す、すげぇ……帝都の商業地区よりすげえ賑わいだ……」
『ふっ……あまり、キョロキョロするな? 貴様のような慣れていなさそうな若者は、カモにされるぞ?』
おっと、そうだった。
ここから先は、気を引き締めないとダメなんだったな。
「ああ、分かってるよ。だが、最初から警戒してりゃ騙されたりするようなマヌケはしねーさ。ちゃんと、『目』を養って、色々なものを見てみるさ」
『そうだな。そして出来れば軍資金もなるべく集めた方が良いだろう。身分証の無い貴様でも、金さえあれば世渡りする術はいくらでもある』
ここに辿り付く前にトレイナに言われたこと。
真贋。物だけでなく、人を見極める能力を培うこと。
そして、これからの旅に備えて可能であれば金もある程度確保しておきたい。
それを意識しながら、俺はようやく辿りついた『カンティーダン』に足を踏み入れ……
「そこの若者! ちょっと私の話を聞いてくれないかい?」
おお、さっそく話しかけられちまったよ。
街の入り口に突っ立っていたオッサン。恰好は小奇麗だが、いきなり初対面に話しかけるか? 怪しいぜ。
「おっと、急に話し掛けてすまない。私は今度この街で新しい店を開こうと考えている、マンション・ゲイツというものだ。だが、一人で店を開くのは何かと大変でね……若者の手が借りたいんだけど、もし興味があれば私の手伝いをしてくれないかい? 給料はちゃんと払うし、店が繁盛すればその分、もっと払うよ?」
なるほどな。若者に金をチラつかせて……怪しすぎるぜ。だいたい、こんなオッサン一人で開く店が繁盛するとも思えねえ。
「ワリーけど他を当たってくれ」
「あっ、そ、そうか……それは残念だ……繁盛間違いなしなんだが……」
俺が断りを入れるとシュンとなるオッサン。俺をしつこく勧誘する様子は無い。
『おい、せめて何の商品を扱うか聞いても良かったのではないか?』
「えっ……? そうかな?」
『ああ。人を見極めろと言ったが……即断即決しろとまでは言ってない……』
「ん~……」
オッサンに断りを入れた俺にトレイナが耳元でアドバイスしてきた。
とはいえ、トレイナに『騙されないように』と言われた途端、この街に居る奴らが全員怪しく見えちまうしな。
「お、そこのお兄さん! お金に困ってないかい? 私は、マゴ! マゴ・マサギ。もし困っていたら私の手伝いをしてくれないか?」
「ちょっと待て! お兄さん、リンゴに興味ないかい? 俺の作ったリンゴで一緒に世界を変えてみないかい? 俺はスティブ・ワークズ。」
「君、俺たちの商品に興味ないかい? 今ならお安くするよ? 俺たち、ランプ兄弟が作った、魔法を使わずに空を自由に飛べる商品―――」
つか、まだ街に入って数歩歩いただけなのに、色々な奴に声をかけられる。
仕事の手伝いだったり、自分の商品を買わないかと言ったり、つーか魔法を使わずに空を自由に飛ぶとか何言ってんだよ?
「……なんつーか……活気はあるけど、胡散臭い街だな……」
『そうか? なかなか情熱的な目をした奴らも混ざっているように見えるが……』
「そ~か~?」
だんだん人がウザったくなって、疲れてきて俺は溜息を吐いた……その時だった。
「きゃあ」
「うおっ!?」
誰かが後ろから俺にぶつかっ……柔らかい弾力が俺を弾き……
「いや~ん、ごめんなさい……」
「い、いやっ、……ッ!?」
スイカが二つッ!? スカート短ッ!?
「ごめんなさい、ボク。お姉さん、この壺を持ってボーっと歩いてて……」
「い、い、や、べ、つに……」
バカな。なんだ、この圧倒的に短いワンピースは。胸元が爆発しそうなものは!?
真っ赤な口紅を塗りたくって口元のホクロがセクシーで、なんかやけに綺麗でスゲー体のお姉さんが俺にぶつかって尻もちついて、見え……
「えっと、この壺……お姉さんのか?」
「うん」
いかんいかん。視線を気付かれる前に……なんか、何の変哲もない壺だな……
「ごめんねぇ、拾ってくれて……そうだ、お詫びにお姉さんがボクにコーヒーでも御馳走しちゃおうかしら?」
「え、いや、でも……」
「んもう、子供が遠慮しないの……お姉さんと少しお話しましょう?」
腕が谷にズッポリムギュリと……!?
「ボク、名前は?」
「あ、アース……だ、です」
「そっ。私はデイト。デイト・ショウホっていうの。よろしくね♪」
これは、怪しいぞ!? うん、怪しい! 色々と話を聞かないとダメなんじゃねーか? つか、もっとよく見ないと……
「お、お話って……いや、あ~、その、お姉さんはこの街で買物?」
「ううん、売るのが目的。この壺を」
壺を売ろうとしていたとのことだが、やけにその顔が急に浮かなくなった……
「これは、……幸運の壺……持っている者に幸運をもたらしてくれる壺なのよ?」
「へ、へぇ……」
「ただ、ちょっと事情があって、これを売って……病気のお父さんにお薬をと……」
「えっ!?」
な、なに? こんな派手な格好をしているかと思ったら、そんな深刻な事情が?
「これが、数万でも売れたら……でも、うまくいかないものね」
そう言って、瞳に僅かな涙を浮かべながら舌をペロッと出すお姉さん……な、なんて可哀想なんだ!
俺の手持ちは今、8万ぐらい……
『その壺はガラクタだ……二束三文でも金が付けば良い方だ……そもそも、本当に幸運をもたらすなら、父親も無事だし、そもそも運よく売れるはずだろう?』
「ッ!?」
そのとき、トレイナの血も涙も無い非道な発言が……トレイナ……お前に人の心はねーのかよ! いや、大魔王だけれども!
『おい、騙されるな。この街の者たちは目が肥えている……だからこそ、露店や質屋にも出さずに貴様のような素人に……』
うっ……確かに……でも……でも……
「ねえ、アース君……そのね……もしよければなんだけど……もし、お姉さんを助けてくれたら……お礼に……ね?」
嗚呼、くそ、このお姉さんがチラチラと俺を見て……なんか、既にはだけている胸元を更に……いや、しかし……
「ご、五万ぐらいでよければ……」
「ほんとありがとう! アース君優しいアッお姉さん用事思い出したから帰るねバイバイ」
流石に全財産はきついので、俺が何とかできる範囲ぐらいならばと金を出した瞬間、お姉さんはニッコリ笑って速攻で俺の手から金を取ってその場から走って、幸運の壺をそこらへんに放り投げて走り去っていった。
「い、行っちまった……な、れ、礼は? 何かしてくれるんじゃ……」
『おい……』
「……ふっ……ま、まぁ、これも人を救ったと思えば……」
べ、別に見返りを求めたわけじゃねえ。
そもそもこの持ってた金だって、あぶく銭みたいなもんだしな。
金を持っていた俺が、病気で苦しむ人の助けになるなら……
「おい……あの若いの、さっそくやられたな」
「ああ。デイトのやつ、街に来たばかりの、女に慣れて無さそうな童貞臭いガキをまたアッサリ騙しやがった」
「これでデイトの被害にあったバカな男は何人ぐらいだ?」
……人の助けに……?
『おい……』
「し……師匠……お、俺……警戒してたけど……あの金は……師匠が……」
『はぁ……情けない顔をするな……』
「とっ……とッ捕まえてやる、あのくそ女!」
気を付けろって言われてたのに。
そもそも、あの金はトレイナが手に入れてくれた金なのに俺は……
『は~……とりあえず、あの女をすぐに見つけて金を取り返すか……もしくは、掘り出し物を……いや、貴様が何かを商売してもいいかもしれんな』
「あん? それってどういう……」
俺に対して怒るというよりは、何だか呆れた様子のトレイナは俺にあることを提案する。
それは……
「おい、大変だぞ! 向こうの通りで、デイトが何者かに襲われたぞ!?」
「なんか、罠に嵌ったかのように網に引っかかってるぞ?」
「おい、なんか若い女の子が急に現れて……やけに色っぽい格好の、だけど胸が無い女の子がぶへおあ!?」
「ちょ、どうしてこっちに攻撃を? あの貧にゅぶっへあぐ!?」
「なんだ? うおおお、よ、容赦ねえ! 何だってんだ? それにあの女の子……おい、身動き取れねえデイトの身ぐるみを全部剥いでやがるぞ!」
「なんなんだ、あの子は!? ん? 何言ってんだ? 巨悪巨乳は滅ぶべし? 人のハニーを騙して万死に値する?」
そのとき、通りの向こうで何か騒ぎがあったようだが、俺はそのことに気づかずにトレイナの話を聞いていた。
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