第68話 鈍さ

 ちゃんと自分で言ったことには責任を持って応えなければ。

 何よりも、空腹と喉の渇きでつらかった状況下で施しを与えてくれた相手だ。

 別に、シノブに何の恨みがあるわけでもないし、嫌いなわけでもないので、俺はちゃんと交換日記の返事を書くことにした。



・ご家族は?

 →父と母と、家族同然だったメイド一人


・最終学歴は?

 →帝国戦士アカデミー中退? 


・好きな科目は?

 →好きな科目は特にないが、嫌いな科目も無い。


・将来の夢は?

 →ビッグな男になる


・趣味は?

 →最近はイメージトレーニング


・食べ物の好き嫌いは?

 →好きな食べ物はオムライス。嫌いな食べ物はピーマンとブロッコリー


・好きな女性のタイプは?

 →普段は余裕があって冷たいけど本当は優しい感じ


・初恋は何歳?

 →4歳


・女性とどこまで経験がある?

 →街で買い物


・デートをするならどこがいい?

 →公園で手作りの弁当を食べたい


・最初のデートで手をつなぐのはあり?

 →2回目から


・好きな下着の色は何色?

 →白


・ブラジャーとさらし、パンツとふんどし、好みはどっち?

 →ブラとパンツ。ふんどしって何だ?


・キスは何回目のデート?

 →3回目


・手を繋いだりキスを女から求めるのはあり?

 →手を繋ぐのはあり。キスは―――



 そこで、段々と俺の手が止まってきた。

 そう、質問を一項目ずつちゃんと見てみると、最初は当たり障りがなかったのに、どんどんと恥ずかしいことまで聞いてくるようになっている。


「こ、こんなのいきなり答えられるわけねーだろうが! つか、男に好きな下着の色とか聞いてんじゃねえよ!」

『……早く気づけ……そして、ふんどしとはジャポーネ特有の下着で、帯状のものを腰や股間に巻きつけて……と、それよりも貴様、街で女と買い物したことあったのだな?』

「そんくらいあるさ! さ、サディスと……夕飯の買い出しにくっついていって……」

『……それは、カウントされるのだろうか……で? それは買い物をしただけか?』

「そ、それは……その……街の露店で売っているお菓子を買ってもらった……」

『いや、待て。それは貴様が何歳の時の話だ?』


 何だか、呆れたような顔のトレイナ。

 くそ、俺だって本当ならデートの一つくらいできていても……でも、アカデミーに入ってからはサディスの意地悪も増し、アカデミーでは邪魔が……


『ちなみに、メイドだけではなく、アカデミーではどうだったのだ?』

「どうもこうも……ねーよ……」

『そうなのか? たとえば、放課後に……女と一緒に下校するなど……』

「なかったよ! つか、アカデミーでは姫のワガママに付き合わされたりで、周りのクラスメートも皆して俺をクスクス笑ったりして……」

『ほう……』


 そう、トレイナが呆れるぐらい寂しい青春を俺が過ごしていたのには理由がある。

 全ては姫の所為だ。


「ひでーんだぜ? 数年前、アカデミーの女子でお菓子を作って男子に食べてもらうってのが流行ったことがあって、姫もそれに乗ったんだ。でも、姫は実は料理だけは下手くそで、なのに練習するから感想を言えとかってクソまずいもんを実験で俺に無理やり食わせ続けて、気づいたら俺は姫の実験台で忙しそうだから女子は俺以外の男子にお菓子を食べてもらおうとかってなって……そのあと男子と女子のグループが仲よさそうにしてたのに俺だけその輪に入ってなくて……それだけじゃねえ! ある日、放課後に送り迎えの馬車が無いとか言って、宮殿は俺の屋敷とは反対方向なのに護衛で無理やり送らされたり……そうそう、姫の肩に埃がついてたことがあってそれを取ってやろうと思って手を伸ばした瞬間に姫が奇声を上げて顔を真っ赤にしながら怒って俺を殴り飛ばしてクラスの女子たちの笑い物にしてくれたし……俺が模擬戦でクラスの男子のゲリピに勝って女子にキャーキャー言われた瞬間、俺の評価を乏しめるようなことを女子たちに丁寧に長々と説明しやがるし……そういや、アカデミー入学前の幼稚舎で俺がコマンと……ん?」


 と、俺が姫に対する恨みつらみを口にしていると、だんだんとトレイナが呆れを通り越して、少しイライラした顔を見せだした。

 なんで?


「おい、なんだよ、トレイナ……その顔は……」

『貴様は……人を見る目もそうだが……人の気持ちも勉強する必要がありそうだな……』

「何でだよ!?」


 どうしてだ? 俺が姫の所為でどんな不遇にあったと思っている。

 最高学年になるにつれて、クラスの中では付き合ってるカップルが出来たり、デートしてる奴も居たし、長期休みのときには……その……卒業してるやつも……



『やれやれ、人を見る目どころか、人の心を理解する力もこれではな……先ほどは、心から余を信頼すると言ってくれて少し嬉しかッゴホン、……信頼するなどと言っていたが、こんな頭の鈍い奴に言われても、何の価値も湧かんな』


「そ、そこまでか!?」


『とにかく、真贋を持ち、更には目に見えるものだけでなく、ヒトの感情の機微も貴様は学ぶべきだ。というより、それはむしろ人が現実で生きるにあたって必要不可欠なものだ。人の気持ちの分からぬ者は、仮に貴様が他人を信頼したところで、誰も貴様に心を開こうとせんし、誰も貴様に信を置く事は出来ない。アカは単純に例外だったと言っても過言ではない』



 そして、かつては人類を滅ぼそうとした魔王様に人の感情をもっと理解しろと言われる始末。

 おかしい。俺って、そこまで鈍い奴でもないはずだ。

 それこそかつては、階段を上り下りするサディスのスカートの中のホーリーランドをこの目に拝もうとする時は、サディスの表情や視線、一挙手一投足全てを見極めようとした。……まぁ、そうやって覗いた中身がパンツではなくショートパンツで、更にはショートパンツに『ハズレ♡』と書かれていた時は何とも言えない感情を抱いたが……



『真面目に聞け。もし、貴様がもう少し人の心を理解することが出来ていれば……アカを黙って行かせることは無かったはずだ……』


「ッ!!??」


『人の心の奥底まで完全に読めとまで言わんが、もう少し関心を持って考えれば……分ったかもしれない』



 それを言われた瞬間、俺は胸が締め付けられた。

 その通りだ。


「……そう……だよな……うん……俺が……マヌケだった……俺がもっと……本当にそうだよ……」

『そうだ。でなければ、仮に運よくアカや忍の娘のように、せっかく貴様に情を抱く者が現われても、気づけば貴様の傍には誰も居なくなるぞ?』


 あの夜、アカさんが「明日ゆっくり話そう」と言った時、俺がもっとアカさんの本心を読み取ることが出来ていれば……アカさんを一人で旅立たせなくて済んだかもしれない……。



『人の心は、ただ仲よくするだけで簡単に分かるものではない。誰かに申し訳ないことをしてしまった……何気ない一言でその人物を傷つけた……激しくぶつかり合ってしまった……そして……その人物に取り返しのつかないことをしてしまった……そういったことがなければ分からないこともある』


「ぶつかり合ったり……取り返しのつかないこと……」


 

 そう言われて身に染みる。

 ぶつからなければ分からないことがあるってのは、俺も何となくわかる気がした。


 

『その点、次に訪れる街……カンティーダンはお誂え向きかもしれんな。人の裏をかいて騙そうとする者……真実を語る正直者……色々と溢れている。街を歩くだけで色々な商人に話しかけられるだろう』


「なんか……怖そうだな……」


『まぁ、これも経験と思え。どれほど喧嘩や戦闘が強かろうと、世は簡単に渡り切れぬ。少しは、そういうことも貴様は学べ』


「わーったよ」


 

 トレイナの言うことはもっともだと感じ、俺もその言葉に頷いて……って、本当はこういうのも、もっと俺が相手を見極めて心を理解したうえで了承しなくちゃいけないことなのにな……ま、アカさんだけじゃなく、トレイナも例外ってことで……


「よし、とりあえず交換日記も書ける範囲の回答はしたし……そうだな。ここに置いて行くか。あと……『ライスボールと玉子焼き、すげー美味しかった、ありがとう』……と、これでよし」


 交換日記と置き手紙だけをして、ライスボールがあった場所に置いておく。


「さて……それじゃあ、さっさと行くとするか、カンティーダンに」


 そして、俺はこの数時間後にようやく下山して麓の街のカンティーダンに足を踏み入れ……早速……

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