第60話 限界の先の拳
無意識にやっていた。
ブレイクスルーは溢れる魔力を全身に留める技術。
その留めた魔力を膨張させて、大魔螺旋などを行う。
なら、膨張させ、更にそれを一点集中させたら?
俺の頭突きに全魔力を込め、俺の右拳に全魔力を込め、そうやって一回一回切り替える。
戦闘という流れの中では危険な行為。
なぜなら、魔力を一点に集中させるということは、他の無防備な部分を攻撃されたらダメージは大きい。
しかし、今の我を忘れて攻撃が単調になっているアカさん相手にはこれで通用した。
単純な力なら、アカさんは強い。しかし、フォームもメチャクチャに殴っているから、どうしても力が分散される。
一点集中に特化させた俺の頭突き、そして拳なら、アカさんにも届く。
「ルアアアアアア!」
アカさんの左胸に叩き込む、大魔コークスクリューブロー。
揺れる。揺れろ。揺るがしてやる。
『さあ……どうなる?』
山や森が揺れるぐらいの強烈な咆哮を放っていたアカさんの雄叫びが止まった。
……かに見えた。
「ガ……ア……ガ……ガアアアアアアアアアアッ!!」
「うぶっ!?」
次の瞬間、薙ぎ払うように振られたアカさんの腕に俺の体は勢いよくふっとばされちまった。
背中が、骨が、どうなった?
木々を貫通して、俺は?
「君ッ!?」
『童!』
ヤバい。今のはヤバい。完全に無防備なところをやられちまった。
もう、体が反応できなかった。
頭ももう、冷静に考えることもできねえ。
「ガアアアア、ガアアアアア!」
一瞬止まったように見えたアカさんも変わらず野獣のように声を鳴らしながら、ふっとばした俺へ歩み寄ろうとしてくる。
もう、ボロボロだ。
一方でアカさんは、拳が少し腫れて、顔もいくつか痣ができてるように見えるが、実際のところはそれほどダメージ無さそうだ。
「ちっ……ツエーな……やっぱ……」
首が……もう、普通にすることもできねえ……立てる? 腰は? 背中がもう痛覚ねえ?
「うぷっ、うっ、おえ……げえ……はあ、はあ……」
腹も殴られたから、何か腹に入ってたものまで吐き出しちまった。
いよいよ目もチカチカするし、そもそも血が目に入ってよく分からねえし……なんか……このまま放置されたら、俺、何もしなくても死ぬかも……
「……もう……流石に……ねえ! ねえってば! これでもまだ……まだ手を出してはダメなの!?」
ステップも使えないほど足が震える。
動体視力も今の俺の体じゃ使い物にならねえ。
パンチを打つ力ももうない。
頭突きも無理。
ハートももう、振り絞りまくって……
「嗚呼、ほんと……ダチとの喧嘩がこれほど……たいへんとはな……知らなかった。……俺……ともだち、少なかったから……」
できることは、せめてもう一度立ち上がること。
木に寄りかかりながら、生まれたての小鹿のように震える足にムチ打ちながら、それでも歯を食いしばってもう一度立ってやる。
『童』
「……?」
『だいぶ、ふっとばされたおかげで、まだ距離がある……呼吸を整えろ。それぐらいなら、まだできるだろう?』
そして、シノブが必死に止める中で、師匠は止めようとはしないんだな。
呼吸? それぐらいなら……
『すばやく鼻から息を吸い……ゆっくりと下腹から息を吐くように……』
「スー……ハー……」
ああ、確かに少しだけ、頭の中が……いや、ガンガン痛いけど……少しは……
「え……? あれは、『息吹』……いや、違うわ。アレは……」
「ああ……息吹と対を為す、『逃れの呼吸法』だ……ジャポーネ王国流武術に伝わる独特の呼吸法を……なぜ、彼が! シノブ……本当に何者なんだ、彼は?」
『ふっ、忍どもめ。我が魔界武術を侮るな? 貴様らの居る場所は、我々は既に1万年以上前に―――』
ま、もうツッコミを入れる元気はないけど、呼吸を整えたおかげで、あと一回ぐらいは動けそうだ。
「なあ……アカさん……俺も……まあ……そこそこイケてるツラになってきただろ? だから、少しぐらいは……アカさんも思い出してくれよな?」
「ガルルル、アグウウウ!」
「俺は……アカさんと……喧嘩してるつもりなのに、肝心のアカさんがそもそも自分を忘れてるんじゃ……俺ぁさっきから誰と喧嘩してんだって……話しだよな?」
あと、一回だけ。
それで終わりだ。
だから、我を忘れたアカさん。
少しぐらい忘れた自分を思い出して、余裕があるなら俺のことも思い出してくれ。
「なぁ……アカさん……この喧嘩が終わって……仲直りできたら―――」
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
「……あぁ……そうだな……おしゃべりは……これは、拳で伝えるんだよな! アカさん!」
その瞬間、アカさんは俺に突進するように走ってくる。
ありがたい。
俺は走れねえから、向こうから来てくれる。
「シノブ……止めなくて……」
「無理よ……最初から止まらないのよ……もう……」
拳を振りかぶるアカさん。
カウンター? いや、もう無理だ。タイミングをもう取れねえ。
なら……
「最後だ! 全部もってけ!」
残る魔力を全て右拳に。
自分を投げ出すように、全身の力と体重を込めて……俺もフルスイング!
「大魔ジョルトブローッ!!」
その瞬間、俺たち二人の拳が丁度ぶつかり合った。
俺の力と魔力。アカさんの力と怒り。
拳と拳のぶつかり合いは、どう考えてもアカさんの方が強い。
俺は再び体ごとふっとばされそうになる。
だけど、せめて……
「う、お、うおらあああああああああああああああああ!!」
両足で地面を力強く握り、踏ん張り、たとえアカさんに押し勝てなくても、押し切られねえように耐える。
「ウガアアアアアアアアアアッ!!」
耐える。俺はここに居るんだって、証明する。
今の俺はできるんだ。
できるって、証明するんだ。
――これで世界を救った勇者の息子など、恥ずかしくないのか?
「うるせえ!」
――いくら姫様が神童とはいえ、勇者の息子が一度も勝てないとは情けないな!
「うるせええ!」
――おやおや、相変わらずのスライム精神力。今日、筆記の結果発表と同時に模擬戦だったと思いますが……姫様に負けましたか?
「うるせえええ!」
――アースも出るんでしょ? でも、多分もう僕たち……アースにも姫様にも負けないかも!
「うるせええええ!」
――悪いが覚悟しておくことだな。俺たちは実戦を経て、もうお前よりも先の領域に行っている!
「うるせえええええ!」
――あんな技……あんなの……戦士が使う技じゃねえ!
「うるせえええええええ!」
脳裏に浮かぶ、昨日までの俺にぶつけられた言葉の数々。
幼馴染に、世間に、最愛に、親に、それまで言われた言葉全てに反発するために、俺はトレイナの弟子になって強くなった。
だが、もういいんだ。
今の俺は、もうあんな言葉をどうこうすることをやめた。
勇者の息子の肩書捨ててでも、今、俺が証明するのは、俺がアカさんに誓った決意だ。
「今、それを証明できればそれでいいんだよぉ!!」
両足が地面にめり込んで、抉るように押されて、もう俺の股がほぼ前後に開脚して地面に着いてる。
正直、柔軟を二カ月してなければ、こんなに股が柔らかく開かなかっただろう。
そして、あの二カ月が無ければ、ふっとばされずにこうして耐え切ることも。
「へへ……だから……これで……いい……んだ……」
俺は結局アカさんをぶっとばすどころか、拳を押し切ることも出来なかった。
でも、押し切られずに耐えきった。
それだけで、俺は全てを出し尽くして、何だかスッキリした。
そしてアカさんは?
「ウガ……ガ……」
もう、俺も腕が上がらねえ……ああ……今、殴られたら、俺はもう……
「アー……ス……ぐん」
でも、次の攻撃が俺に飛んでくることは、もうなかった。
もう、俺は首を上げる力も残ってないが、ただ、振り絞るように声を出す。
「おう……」
「おで……おで……あ、アースぐんに……」
「……ああ……おかえり……アカさん……」
ああ、戻ってきたんだ……アカさんが……。
俺は……アカさんを……スッキリさせてやることが……できたのかな?
「アカさん……ワリーな……人間が……アカさんイジメて……俺もだいぶ、なぐって……ケーキもなくしちまったし……だめだな、俺も……」
「どうじて……アースぐん、おで、アースぐんを、いっぺー……いっぺー……こんな、怪我させて……ぐす……おでえ……」
「でも、やっぱツエーな……アカさん……俺もだいぶ強くなった気になってたが……まだまだだぜ」
「ごめんなぁ……アースぐん……ごめんなぁ……」
あれ? なんだ? 何か、上から降ってきた?
雨? 違う。でも、何だか、温かい水が……上から降ってきて……
「アカさん……喧嘩するこたー、人間同士だってあるさ……ぶつかって、嫌い合って、……でも、そうやって……相手の嫌なところも……受け入れられるようになったら……」
「アースぐん……」
「前以上のダチになれたりする……はずだぜ……多分な。俺も……すくねーから……しらねーけど……」
あ……俺ももう、体が……意識が……言わなきゃ、その前に……
「アカさん……もう、ここに住めなくなっちまったけど……どうだ? 俺とコンビを組んで……世界を回ってみないか?」
「ッ!? ……アース……ぐん……?」
俺が喧嘩しながら思ってたこと。
喧嘩して、終わって、仲直り出来たら……
「俺とアカさんが組めば……敵なしの……最強コンビだぜ……」
誰の目も気にすることなんてない。
堂々と、世界を回ればいい。
文句がある奴は蹴散らしてやればいい。
きっと楽しいはず……
「アースぐんは……ちいせえけど……やっぱり……でっがくて、すげーな……」
こら、ちいせえは……余計……あ? アカさん? おれ、声がもう……なら、代わりに……
『ああ……見届けた……今度こそ最後までな……よくやったぞ、童』
最後に嬉しい言葉も聞けたし、満足だ。
だから俺は、言葉の代わりにピースサインをした。
アカさんに、そして見守ってくれた師に対して。
そして、ついに限界の先の限界も越えて、俺の意識はそこで途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます