第54話 秒殺
「オーガとの友情を語る若者……騙されているのか、洗脳されているのか、どちらにせよ、少し興味深いでござるな」
「お嬢に戦碁で勝つぐらいだしな……ただのガキじゃねーのは確かだ」
「徒手空拳のようね……見たことのない型だけれど……」
起き上がって構える俺に対して、どうやら連中も警戒心を見せたようだ。
ただし、俺の話を信じる気はなしと。
「とはいえ、あまり手荒にするわけにはいかぬでござる。ここは、拙者が取り押さえるでござる」
フリッカースタイルで身構える俺の前に、イガという名のマスク男が前へ出た。
さっきは、変わり身の術とかいう訳の分からねえもので逃れられたが、今度はそうはいかねえ。
『童、こやつらフリーのハンターと名乗っていたが、実体はもっと別のモノだ……油断するな?』
『トレイナ?』
『ジャポーネ出身……更に、先ほどの変わり身の術……こやつらの正体は――』
先ほども何かを言いかけていた、トレイナがこいつらから感じたこと。
ただの戦士じゃないってのは、さっきの身のこなしで十分理解した。
油断できるほど、俺もまだ自分に自信はねえ。
「恨みはないでござるが、若者よ……退かぬなら、拙者が相手をさせてもらうでござる」
「ああ、そうかい。つか、あんたらハンターとか言ってるが、実際は何者だ? 戦争経験者みてーだが」
「それを簡単に口にする気はないでござる」
そう言って、イガは僅かに重心を低く構える。
勢いをつけて素早く飛び出せるようにという意識が見える。
それは、今までアカデミーなんかの模擬戦でも見たことがない、初めての構えだ。
そして、静かだが、殺気も滲み出ている。
「もう一度言うでござるが……退く気は……」
「話を聞く気がねーくせに、都合のいいこと言ってんじゃねーよ」
「そうでござるか。なら……御免ッ!!」
最後通告のような問を俺が拒否した次の瞬間、イガが動いた。
「ジャポーネ流走法術―――」
俺に向かって真っすぐ……速い……?
いや、違う。スピードそのものは、多分それほどじゃねえ。
ただ、走りのキレや緩急やステップで「速く見える」だけなんだ。
走りながら途中で膝を曲げずカカトを上げるようにステップを入れ、減速したかと思えば急加速する。
ラダーで俺もやっていたステップの一つ。『大魔グースステップ』。
フェイントみてーなもんだ。
ネタが俺でも分かるものなら、慌てず冷静に……
「リヴァルに比べりゃ遅ぇ……」
「鵞鳥ばし――――あ……」
「はい、いらっしゃい」
相手の動きを先読みして、飛び込んできた瞬間にカウンター気味の左ジャブで顎を捉えるだけ。
「……え?」
「イガッ!?」
今度は変わり身じゃねえ。イガ本人が俺に顎をピンポイントで打ちぬかれ、そのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「な、お、おい、なんで!?」
「え……? え? イガ……?」
秒殺。
そして、今の一撃で明らかにコウガって奴とシノブに衝撃が走っている。
今のうちだ!
「大魔グースステップ!」
「ッ!?」
「俺も出来るんだよ……」
コウガに向かって走り、直前でステップを切る。
ただでさえ動揺しているコウガが、俺のフェイントで更に反応が遅れる。
その一瞬で、俺はコウガの懐に飛び込みながら、左拳を握りしめる。
「はや、し、下か、ら、防御ッ!」
「コウガ、下がりなさい!」
コウガも慌てるも何とか体を動かし、両拳を上げる。
だが、もう遅い。
ステップインで踏み込みながら、フックとアッパーの中間の位置から真っすぐ突き出すように打つ。
リヴァル戦では特に出さなかったが、ストレート、フック、アッパー、ボディとはまた異なるパンチ。
その名も『大魔スマッシュ』。俺が打つならば……
「果てまでぶっ飛べ! 天羅彗星覇壊滅殺拳!」
「つっ!!??」
『……なぜ、下から打ち出すスマッシュに彗星なんて名前を付ける?』
ネーミングセンスのないトレイナの言葉は気にせず、防御しようとした相手の腕ごと顔面に叩きつける。
手ごたえあり!
「が、つ、ごほっ……」
「コウガ!」
「だ、だいじょうぶ、だ、お嬢、下がってろ! こいつは……普通じゃねえ!」
とはいえ、多少なりともガードされているために、意識を断つまでには至らない。
「本気出す! 手荒になるが、俺の術でふっとばす!」
それでも鼻が潰れて血を吹き出してるが、コウガは狼狽えるどころかむしろ気を引き締めなおしたかのように、鋭い眼光で俺を睨みつけ、そして高速で奇妙な手の動きを始める。
『アレは魔法使いでいう詠唱……『印』だ』
「イン?」
『そう、アレこそがジャポーネ王国を、そしてかつては大戦で人類を裏から支え続けた戦士……『忍者戦士』の『忍術』だ!』
「ッ……」
ああ、そういうこと……これまた、話題になった昨日の今日で……あぁ、そういう……
「風遁忍法・鳴門渦巻!!」
まさか、こいつらがガキの頃に憧れた忍者戦士とはな。
だが、正直今の俺は、憧れに目を輝かせることなく冷静というか冷めていた。
俺たちの魔法とは違うタイプの攻撃のようだが、結局は風属性の攻撃だろ?
旋風が鋭い刃となって吹き荒れて俺に襲いかかるが……
「土属魔法・キロアースウォール!!」
「なっ、魔法ッ!?」
「ア~ンド……」
土の壁を大地から出現させてガード。
そして、同時に俺は土壁に向かって拳を叩きつけて、破壊し、その破片をコウガ目掛けて放つ。
「七星地殻えっと……え~……どりゃああああ!」
「つ、うお、うおおおおおおお!!??」
『必殺技名を忘れたな? だから、余の付けた技名の方がいいと言ったのに……』
トレイナのツッコミに少し恥ずかしさを感じるも、それでも威力はこの通り。
土壁の破片をコウガは正面から受けてダメージを負った。
「ぐ、ま、マジかよ……ツエー……坊主……テメエ、何者だ?」
傷つき片膝つきながら動揺するコウガ。
忍者戦士……ヌルイな!
『調子に乗るなと言いたいが……まぁ、こんな所か。最初はどうなるかと思ったが、こやつらはレベル的に中の上ぐらい。本来は隠密と暗殺専門の戦士が相手に姿を見せて正面から戦闘を行うなど愚の骨頂。未知の術で翻弄されぬ限り、既に上級戦士以上の力を持つ童には敵わぬか……』
そして、トレイナの言葉で俺の優位は確信に変わる。
大丈夫だ。これならすぐにでもアカさんの所に……
「すごいわ……驚き桃の木山椒の木……というものね」
「……あ?」
「イガを一撃で倒し、コウガを圧倒するなんてね。戦碁だけじゃなく、コッチも強いだなんて……私の理想のタイプ過ぎてどうしてくれるの?」
そのとき、俺たちの攻防から少し下がっていたシノブが、初めて会った時のような無表情からは想像できないほどの微笑みを見せながら前へ出て来た。
「へぇ、そりゃどーも。こういう状況じゃなく……そしてもっと胸がデカけりゃ、俺もようやくモテ期が来たと舞い上がってたよ」
「は? ……ふ、ふん。まったく、破廉恥ね。でも、未来の可能性に賭けてくれるのなら、私、頑張ってもいいわよ?」
「けっこうだ。今から死に物狂いで頑張っても、俺が理想とするバストサイズにゃ届かねえよ」
仲間二人やられて、もっと動揺をするかと思ったが、シノブは驚いたもののどこか嬉しそうにしながら出てきやがった。
「悪いが、今の俺は女よりも友情を優先する男なんでな……邪魔をするんじゃねぇ!」
にしてもこいつ、こういう状況で冗談を口にするとは、つまらない人形みたいな顔してた街での姿とはえらい違い……ん? じょ、冗談だよな? えっ? 好みのタイプ? 俺? え、いいんだよな? こういうのは社交辞令でいいんだよな?
昔、サディスや姫に散々、「玉の輿狙いで勇者の息子の俺を誘惑してくる女に気を付けろ」、「ハニートラップ」、とか、悪い女に甘い言葉を掛けられても騙されるなって言われまくってきた俺にそんな誘惑は利かねえ。
でも、え? こいつは俺が勇者の息子って知らねえ。
あれ? こいつ、無乳大平原だけど、顔は美人だし、え、ほんとに俺に気があるなら……ええ? どうすりゃ……
『おい、何を動揺している。そんなことより……これからが本番と考えた方がいいぞ?』
「え?」
いや、ひょっとして俺の時代が本当に来たんじゃないかと思っていたところ、少し真面目なトーンでトレイナの忠告が入った。
本番?
「つ、お、お嬢……」
「イガを連れて下がってて、コウガ。私がやるわ」
え? こいつ、おっさん二人がやられても、俺と一対一でやろうってのか? 俺と同じ歳の女が?
いや、まあ、女とはいえ、姫級の力があるならこの自信も……
「中忍の二人を倒した腕自慢君。なら次は……上忍の力を体感してみない?」
「ジョーニン?」
「盤上ではまるで歯が立たなかったけれど、コッチではそう簡単にはいかないわ?」
そう言って、小刀を取り出して俺に構えるシノブ。
俺も再び大魔フリッカーで身構える。
「じゃあ、今度は盤上ではなくコッチで語り合おうじゃねえか。ただし、多少の痛みは伴うぜ?」
「あら怖い。破瓜の痛みとどっちが痛いのかしらね? 両方教えてもらおうかしら?」
「ふぇ? さ、さあ……お、おれ、そ、そんなこといきなり言われても……そ、そういうのはもっと……親睦を……手ぇ繋いだり……交換日記とか……」
「………君……萌えるわ」
さっきの戦碁、実際に打っていたのはトレイナ。
だから、これが俺とシノブの本当の意味での初対決だ。
でも、まずはペースを乱されねーようにしないと……そして、ハイペースで倒して、ソッコーでアカさんの所へ!
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