第二章
第44話 新たな学び
俺とトレイナが「何か」を目指して旅立って、もうどれぐらい経っただろうか?
『どうした?』
「いや、ちょっとな……俺たちの旅立ちから、もうどれぐらい経ったかなって……」
師であり、相棒でもあり、一心同体な存在でもあるトレイナ。
俺の言葉を聞いて、少し呆れたように笑いながら……
『うむ……三時間ほどだ』
「それなのに一向に人の住む所が見えて来ねえ! つか、どこだよここは!?」
ああ。三時間ぐらい経ってた。
「なんか、灯りも何も見えねえ、ただの森に入ってもう何か怖くなってきたぞ? 今日はこのまま野宿しろってのか? それなら、まだ草原で休んでた方が良かったぞ?」
『あそこは周囲に何も無さすぎだ。水も無ければ、飢えを防ぐための何かがあったわけでもない』
「し、しかし……これじゃあ……今日はベッドで寝れなければ、温かいゴハンも……」
『おいコラ、ボンボンめ。家出した無一文の男が何を贅沢言っている』
広がる草原から旅をスタートさせた俺とトレイナは、今はどこかの山の麓にある森林の中を彷徨っていた。
見渡す限り四方八方が深い森に囲まれてしまっている。
進めど進めど、街どころか村も小屋の一つもない状況。
足も疲れ、腹も減り、喉も乾き、風呂も入れずベッドも無い。
これまで、別に頼まなくても何もかもが不自由なく手に入り、言えばサディスが何でも……用意……サディスが……
「……くそ……」
『おい、もう心が折れたか?』
「ッ、いや……んなことねーよ……」
『まっ、これも経験だと思え。まったく……最近のアカデミー生はキャンプの仕方も教わっていないとはな……』
今まで当たり前のように居た環境から抜け出すことで、自分が今までどれだけ満たされた環境に居たかが分かる。
帝都に居て、誰も自分を見てくれない環境に嘆いて飛び出しはした。
しかし、仮に評価されなくても帝都に留まってさえいれば、少なくとも飢えたりして死ぬことは絶対に無かった。
だが、それを放棄した以上、本当の意味でこれから先、何から何まで自分でやらなければならない。
旅を始めて早々に俺はそのことを実感させられた。
『とにかく、これも貴様を磨く機会だと思って、漫然と森を進むのではなく、色々と経験できると思って森を歩け。ここに居る以上、自給自足、そして弱肉強食のルールが付きまとう』
「え……それって……」
『つまり、食料や寝床も自分で確保するということだ』
「げっ!?」
寝床を確保。まぁ、野宿は何となくだが覚悟していた。
ふかふかのベッドで寝れないことは。
しかし、食料を自分で確保ってことは……
「えっと、つまり……たとえば……」
『そう、生えてるキノコや食べられる植物を見つけたり、獣を狩ったり……魚を捕まえたり、蛙や蛇を見つけたり……』
「ま、マジか!? す、ステーキ屋とかないんか!?」
『そんなもの、あるくわあああああ!!』
「つか、ハンターでもないのに獣とか、漁師でもないのに魚とか……しかも、ゲロゲーロ!? ちょ、つか、蛙とか蛇って食えるのか!? いや、待ってくれ、俺、それは無理! 蛙とか蛇はマジで無理!?」
『……これだから、甘やかされた親の脛齧りボンボンは……』
まさかのサバイバル過ぎるトレイナの言葉に俺は思わずゾッとした。
だが、トレイナは「この程度で……」と呆れ顔。
そして、俺は俺で「親の脛齧り」ということを言われると、どうしても心に突き刺さった。
『その程度で音を上げると、先が思いやられるぞ? ましてや、先ほども言ったように、森の中は……いや、外の世界は弱肉強食。貴様自身が獰猛な獣などに狩られる可能性がある事も忘れるな?』
「うっ……」
『だからこそ、貴様はこれから先に進むためには心も逞しくなければならん。目標云々の前に、まずは一人で放り出されても生きていける逞しさや知識を得なければならない』
そう。旅立ちの時……まあ、三時間前に誓った「親父を超える」という大偉業。
それを果たす云々の前に、まずは俺がその何かになれるぐらいの男にならなくちゃならねえ。
だからこそ、この程度で音を上げたら先が思いやられるというトレイナの言葉は、その通りだった。
「わ……分かったよ……だから……おっ、あったあった……」
そう言って、俺は下をチラッと見ると、木の根元に生えている大きめのキノコに気づき、その前に屈み……
「こういうのを探しては、食らえってことか……」
『まあ、そういう逞しさは、精神面も鍛えられるしな。ちなみに、それは『バクショウタケ』という毒キノコだがな……』
「………………」
『口にすれば、めまい、悪寒や神経症状、場合によっては幻覚や幻聴などの精神異常を……』
「ちょ、危なすぎるだろうが!? そんなの俺、分からねえぞ?」
ヤバい。もし、空腹の限界に達してたら、普通にこのキノコも口にしていたかもしれない。
毒が普通に落ちてるなんて、森での食料調達って大変なんだな……
『うむ。まぁ、安心しろ。森でのサバイバルは余が教えてやる。こう見えて余も生前は、政務の合間に息抜きを兼ねて、たまにソロキャンプをしていたのでな』
サラリと語られる新たなトレイナの一面。
こいつ、本当に何でもアリだな。
しかし、何で「ソロキャンプ?」
ひょっとして、友達居なかっ……
『とにかく、食べられるものとそうでないものは余が見極めてやる。そして、色々と学べ』
「ああ……でも……」
『なんだ?』
「できれば……肉が食いたい……」
うわ、トレイナがまた「あ~あ、このボンボンは」みたいな顔をしている。
でも、許して。そう思っちゃうんだから。
『まぁ、どちらにせよ森に居る以上……場所によっては獣やモンスターも居る……交戦し、勝てばその肉を喰らうこともな……それも学べばいい』
「面目ねぇ……」
『構わん。それに、以前も言ったが、貴様は成長期。むしろ、タンパク質は必要な栄養素だ。だから、貴様には……とっておきを教えてやろう』
とっておき!? トレイナのとっておき!?
「ま、マジか?! トレイナのとっておき? 何それ? そんなのがあるのか?」
『余が考案したわけではないがな。とある部族でやる……獣をおびき寄せる魔力の要らぬ呪文だ』
「ッ!?」
獣をおびき寄せる呪文? 魔力の要らない? そんなものが……って、獣?
「おい、獣って、ヤバい獣が来たりしたら……」
『安心しろ。この森にそのような気配はない。少なくとも、童より強い獣はな』
そう言って、トレイナはその場で両足を少し開くように立ち……
『ダソソッ! さあ、貴様もやるのだ!』
「え……な、何それ?」
『これはな、有名な狩猟民族であるバンビノ族に伝わる、獣をおびき寄せる歌と踊りだ』
ダソ? 急に意味不明な言葉を叫んで目の前で踊りだしたトレイナ。……え?
「えっ!? な、何それ? ……いや……つか……」
『これを馬鹿にするな? この呪文と踊りに誘われてフラフラと現れる獣を捕まえるのだ!』
すまん……ラダーとか速読で耐性はできてるし、トレイナが言うんだから本当なんだろう。
でもさ、笑うなってほうが、こんなの……
『生きるか死ぬかの問題だ! 真面目にやれ! さあ、貴様もラダーで鍛えたステップでリズミカルに、そして声を張り上げろ!」
「お、おお……こ、こうか?」
『そう、両足でリズミカルに跳ね、腰を少し曲げ、両手で手招きするように叫ぶ!』
でも、何も来なかった。
「はあはあはあ……余計な体力を使った……」
『やれやれ。ボンボンにはまだ難しい技だったな……』
「ボンボン言うな、ちくしょうめが!」
何十分かずっと同じ言葉を叫んで踊っていたが、獣なんて全く出てこなかった。
トレイナは俺に技術がねえと言い張ってるが、……いや……トレイナが言うんだから……でも……傍から見ると、俺は森で一人何をやって……
「あ~あ……いっそのこと、動物にも伝わる言葉で「こっちおいで~」とかって出来たら楽なんだが……」
俺は疲れてその場に座り込み、愚痴を零した。
だが、俺の何気ない愚痴に……
『ないことも……ないぞ?』
「えっ!?」
トレイナはそう答えた。
『古代禁呪には……動物や魔獣などとも会話をすることができるものがあるからな。『翻訳魔法・ムッツァーゴウロ』というものがな』
「マジか!? じゃあ、それを覚えちまえば……」
『ただし!』
「……ん?」
『それは貴様にはまだ早い。今はまだ覚えぬ方がいい』
「えっ? 何でだよ?」
俺が覚えるのはまだ早い。できるできないではなく、「覚えない方がいい」という表現。
それが一体どういうことなのか分からない。
ただ、そう告げるトレイナは真剣そのものな、難しい顔をして……
『全ての言葉が分かってしまう……それはある意味、これまでの世界観全てが変わることに繋がる』
「??」
『まぁ、これを覚えた者のほとんどが精神を病んだり……よくても、菜食主義者になってしまう』
「え……ま、マジで? そんな副作用が?」
『副作用というより……』
そう言って、トレイナは少し考えながら……
『まぁ、色々と学んでいけ。そのうえで、その魔法は習得すべきものなのか、もう少し世界を回ってから決めろ』
俺を諭すように、そう告げた。
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