第42話 十五年越しの解
戸惑い、言葉もうまく出てこない中、親父は悲しそうな表情で俺に言う。
「あの技は……かつて……サディスの故郷を滅ぼし……サディスの両親を死なせたものだ……」
「ッ!?」
「俺たちが駆けつけたとき、天にも昇る巨大な渦巻きが全ての人間を……ッ……それが、大魔王トレイナが見せた技だった」
親父だけじゃない。母さんも俺を……失望どころじゃない。悲しんでいる。
俺が……あの技を使ったから……
「とにかく来い。お前がどうやってこんなものを身に付けたのか、全部話せ……お前、父ちゃんや母ちゃんの知らないところで、何をやってたんだ!」
そう言いながら、親父は俺の手首を強く掴んでそのまま連れて行こうとする。
待ってくれ……御前試合は……見ていてくれただろ? 親父、俺……
「親父!」
「……なんだ?」
「俺、ど、どうだった? 強くなったんだ……俺、いっぱい、いっぱいさ……」
確かにあの技は親父たちにとってはいい技じゃなかったかもしれねえ。
知らなかったんだ。サディスのことを。
でも、俺は、いっぱい努力した。
いっぱい、汗水流して、激痛にだって耐えて、この日に挑んだんだ。
だから、一言でいいんだ。
親父、俺に―――
「バカやろう!」
「ッ!?」
「何が強くなっただ……強くなるためだったら、何でもいいのか?」
「……は? いや、何を……」
あっ……そっか……そうだったんだ……
「おいおい、何がどうなってんだ?」
「さっきの技が大魔王トレイナの技って本当か?」
「バカな、何で勇者の息子が大魔王の技を使うんだよ!」
「もし、そうだとしたら……なんて、恥知らずだ!」
「勇者の息子としての誇りが無いのか!」
「なあ、そもそもおかしくねーか? あのハズレの息子があんなに強くなってたのも……」
「そうだ。いくらなんでも、あのリヴァルを圧倒している時点でおかしいと思ったんだ!」
「ああ、ひょっとしたら、何か禁忌の力に手を出したのかもしれねえ!」
「何だと? そんな……そんなやつが、勇者の息子で……しかも、戦士になろうとしてたってのか!?」
十五年間……この国に居て……俺は今日を迎えるまで、そんな簡単なことにも気づいてなかったのか……
「だからどうした、ふっざけんな!!」
気付けば俺はそう叫んでいた。
「ッ、アース! おい、今は大人しくついて来い!」
俺の手首を掴んで中へ連れて行こうとする親父。
だが、こんなこと納得できるはずがない。
このまま連れていかれるかと、俺は親父の手を振り払った。
「全部話せ? 何を? 今さら何を話せって言うんだ! ようやく俺を見てくれたかと思えば、そんな目で見やがって……親父と母さんがもっと俺を良く見てれば、分かったんじゃねーのか! 二人がちゃんと俺を良く見てくれて……俺が何にぶつかって、悩んで、苦しくて……世間が俺に都合のいい肩書を押し付けなければ……こんなことにゃなってねーよ!」
「アース……」
「大体、今の俺の何が悪かった? 俺は反則も、セコイ手も何もしていない! 自分が訓練して身に付けた、俺の力で戦っただけだろうが! それで、何でそんな目で見られなくちゃいけねーんだよ! 俺が壁にぶち当たって、ハズレの2世だとか、物足りないとか言われているのもずっと知らん顔してたくせに……そんな俺がようやくここまで来たってのに……なんでだよ!」
自分でもそこから先は何を言ってるのか分からなかった。
「俺が生まれる前に終わった戦争を……俺の代まで引きずって、押し付けてくるんじゃねーよ!!」
冷静になれず、感情的に沸き上がる言葉を全てぶちまけた。
だって、俺はもう分かっちまったからだ……
「今、分かったよ。この国は……親父も含めて……俺に……アース・ラガンに興味がねえ」
「アース! お前、何を……」
「興味があるのは、都合のいい理想の勇者の息子……俺は……アース・ラガンは……別にどうでもよかったんだ……」
「ッ!?」
そう、俺が今日まで抱いていた、「勇者の息子」ではなく「アース・ラガン」として皆を認めさせるという想い。
最初からそんなの無理だったんだ。
だって、世界は、アース・ラガンに興味が無いから……
「ち、違う! 違うぞ、アース! 落ち着け! 父ちゃんも母ちゃんも、そんなことちっとも思ってねえ!」
血相を変えた親父が俺の両肩を掴んで叫んでくる。
だが、もうその言葉は何一つ俺の心には響かなかった。
「父ちゃんも、母ちゃんも、サディスもお前のことを心から愛している! 信じろ! 家族だろ!」
家族。そう、家族なのに……
「だから、お前が心配なんだ! お前が憎くてこんなことしてるんじゃない! もし、お前が……トレイナの縁者や魔王軍の残党らと何か関わってるんだとしたら……」
分かってるよ。
「……もう……いいよ……」
「アース?」
親父が正しいんだ。
「どーせ……言ったって信じねえし」
「……えっ?」
親父は勇者なんだから。
世界を守った勇者が、人類の宿敵である魔王の技を使った俺を見過ごせるはずがねえ。
でも……
――何が強くなっただ……強くなるためだったら、何でもいいのか?
親父の言葉も……
――流石は勇者の息子!
世間の言葉も全てが……
――全ての者に見せつけよ! 行け、アース!!
俺の心を熱くし、背中を押してくれたトレイナの言葉のほうが……ずっと……なのに、トレイナが大魔王であるから、その力は何があっても認められない。
「こんな苦しい思いをするぐらいなら……勇者の子供なんかに生まれたくなかったよ……『父さん』……」
「ッ!?」
そのとき、親父が……父さんがどんな顔をしたのか……もう、俺には見えなかった。
「離せよ……!」
「アース……ぐっ!?」
ただ、まとわりつく手を振り払い、俺は無防備な父さんの顔面に最後の一撃を入れてやった。
俺にそこまで言われたのが、それとも殴られることが意外だったのか、普段は入れられるはずもない父さんの顔面に俺の拳は入った。
生まれて初めて殴った父の顔。
スッキリするよりも、胸糞悪さが余計に増しただけだった。
「ヒイロッ!? アース……ッ、待って、アース! お願い、落ち着いて!」
サディスを介抱していた母さんが涙目になって叫ぶ。
だが、その叫びをかき消すかのように……
「おい、あいつなんてことを! ヒイロ様を殴った!?」
「バカな、実の親を殴るだなんて……なんて奴だ!」
「とことん堕ちるとこまで堕ちやがって!」
「家庭内暴力ってやつか!? もう、我慢できねえ!」
「誰か、あの屑を捕らえろ!」
また……胸糞悪い雑音が響いた……
「ッ、アース! 何てことを……ヒイロさんを……とにかく、今は……」
「うるせーよ、リヴァル。関係ねーやつは……すっこんでろ」
「ッ!?」
もう、何もかもがどうでもよかった。
『……落ち着け……童。……まだ……戻れる。これは、余の落ち度でもあるしな』
トレイナ、何を言ってんだ? 戻る? どこに?
『何のために、今日を迎えた? ここで、全てを本当に捨てたら、何もかも後戻りできぬぞ?』
「なにを……」
『余のことを洗いざらい言え。最初は信じられぬかもしれぬが……余とヒイロしか知らぬことを教えてやる。そうすれば、ヒイロとて幽霊の存在を信じるかもしれん』
嗚呼、あんた……結構……はは……こんなとき、俺の心に僅かでも温かさをくれたのは、よりにもよってあんただけとはな……
でも……いいんだ……
「いいんだよ……もう……戻る必要なんてあるもんかよ」
『童!』
少し後ろめたさを感じたのか、トレイナも俺を諌めようとしてくるが、もういいんだ。
ありがとな、トレイナ。そして、台無しにしてゴメン。
「おい……アース? どうした……な、何を話してる? 独り言を……誰と話してるんだ?」
戸惑う父さんの問いに答えず、俺はトレイナに向かって……
「あんたに落ち度がある? 何を言ってやがる。俺があんたの弟子で何が悪い?」
『ッ!?』
そう、俺の気持ちを伝えた。
「おい……もう、我慢できん! 一体、何がどうなっている! アース、お前も何をやっている!」
「ちょ、姫様! ァ……もう!」
ここに来て、更に外野が介入してきた。
怒った様子で駆け出す姫に、フーまでついて出てきた。
「アース、何をやっているんだ? それに、何故ヒイロ殿を殴った? 大魔王の技とは何だ? 落ち着いて、一から説明して我らを納得させよ!」
「そうだよ、アース。このままヤケになっても、何もならないよ? 皆の怒りが余計にアースに向けられちゃうよ」
説明しろ。姫からすれば、俺の実力をある意味で一番知っているからこそ、これまでの経緯を全て説明しろっていうのも当然だ。
フーだって、純粋に心配してそう言ってるんだろう。
でも、俺の口から出てきた言葉は……
「もう……どーでもいい……」
投げやりで、不貞腐れた言葉だった。
「ど、どうでも……ふざけるな、アース! どうでもいいことなど……」
「俺に触るんじゃねえ!」
「ッ、あ……」
そう、どうでもいい。だから、俺は姫の差し伸ばした手も跳ね除けた。
その結果……
「あいつ、姫様を跳ね除けやがった!?」
「そこまで堕ちたか!」
「女性に手を上げるなんて、サイテー!」
「今すぐあんな奴、退学にしろ!」
「戦士失格!」
「戦士界から永久追放しろ!」
ああ、分かってる。こうなることは分かっていた。
「ッ、静まれ! 全員静まれ!」
陛下も皆を落ち着かせようとするが、その声もかき消される。
まあ、もういいんだけどな。
「ぐっ、みんな……おい、アース。話は後だ、今は父ちゃんとこの場から……」
「父さん……もう……いいよ」
止まらぬ罵声や、投げ入れられる物などから俺を守ろうと、父さんが慌てて俺を連れ出そうとする。
でも、もう俺はその手も拒否した。
「アース……」
「父さん、俺はただ……一度でいいから……父さんに……みんなに……勇者の息子としてじゃなく……俺を褒めてもらいたかった……それだけだったんだ……」
「ッ!? アース……待て……なんでそんなことを……『だった』なんて言うなよ。父ちゃんは……」
「……ごめん……ちゃんとした理想の勇者の息子になれなくて……ごめん……」
「アース!?」
「母さん……ごめん……サディス……迷惑ばっかりかけちゃって……ごめん……」
そこから先は無我夢中だった。
「待て、アース……ッしまっ!? ちょ、待て、アース! どこに行くんだ!」
ただ、周囲が囲まれてるから、右手に大魔螺旋を出し、そのまま地中を俺は掘った。
「アーーーーース!!!!」
残る魔力全てを使い、ショックを受けてる親父たちの目の前で、俺は逃げた。
逃げて、逃げて、ただ逃げた。
魔力が切れる頃に地上へ飛び出した。
帝都の関所を抜け、そのまま俺は初めて一人で帝都の外へと飛び出した。
目から溢れるモノの所為で、前が歪んで見えない。
それを振り払おうとしても、どうしても溢れてしまう。
――俺ね、将来……父さんみたいな勇者になるんだ!
――そっか! ああ。アースなら、きっとスゲー勇者になれるさ!
ちくしょう……
――母さん……今日も帰り遅いの……
――アース……ええい、もう今日は休暇よ! 怒られたって上等よ! 今日はアースの好きな料理何でも作ってあげちゃう!
ちくしょう……
――サディス……居なくなっちゃうの?
――いいえ、居なくなりませんよ? 私は坊ちゃまとずっと一緒です
ちくしょう!
「う、うう、うわあああああああああ、あああ、ア゛ア゛ア゛ア゛――――!!!!」
もう、誰も居なくなった、誰も周りに居ない草原をひたすら走り、そしてついに俺は叫んだ。
何年振りかも分からないほど、みっともなく泣き喚いた。
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