第34話 嵐の前

 帝都の表通りはいつも以上に人が賑わっていた。

 祭りさながらの出店も並び、朝早くから子連れの親子や仕事を休んだ大人たちが溢れ、皆が同じ場所を目指していた。

 

 普段は娯楽などで利用され、数千規模の人が入ることのできる円形闘技場。


 本日の催しは、『帝国戦士アカデミー卒業記念御前試合』。


 まだ、戦士にもなっていない新人前の候補生たちの中から特に優秀な者たちを選抜したトーナメント大会。

 そのイベントは小さなものではなく、帝都の未来を担う若者たちのお披露目でもあり、平民だけではなく、貴族や皇帝含めた皇族も観戦する長年続く伝統と格式ある一大イベントである。

 そのため、客層の中には闘技場前に馬車を止めて、物々しい護衛を連れた者や、豪華に着飾った富裕層まで見られ、更にはいつも以上に警備の数が多く、至る所に戦士の腕章をつけた者たちも居た。


 それほど帝国にとっては重要なイベントであり、ましてや今年の御前試合は例年とは少し違う。


「なあ、今日は誰が優勝されると思う?」

「順当に行けば、姫様かリヴァルだろうな」

「私、リヴァルくんを見に来たの! もうカッコよすぎだもん!」

「う~ん、私は断然フー君だな~」

「フーも魔導士としては超一流だが、こういった決闘だとどうだろうな?」

「いいや、分かんねーぞ? 組み合わせは当日発表だから、早々に姫様とリヴァルが潰し合った場合……」

「ああ。アースが漁夫の利ってこともあるわけだな」


 闘技場へ向かう客たちの話題の中には俺の名前も聞こえてくる。

 それも当然だろう。

 今日は、十数年前に大魔王を倒して人類と世界を救った七勇者の子たちが四人も出るのだ。

 皆、次世代の英雄たちの今の姿と、これからどんな戦士に成長するかの可能性を見ようと、楽しみなのだ。

 

『ほう。なかなか盛況のようだな。たかが、子供同士の試合に』

「それだけ、あんたの居た時代と比べて平和ってことなんだよ」

『なるほどな。ならば、尚の事……度肝を抜いてやるには痛快なシチュエーションだな』

「ああ」


 会場の周りをウォーミングアップでランニングするようにしながら、どんどん人が入る闘技場を眺めている俺にトレイナが感心したように告げた。

 俺自身の戦う準備は既にできている。

 入念にシャドーやラダーでアップし、パフォーマンスを存分に出せる。


「さて、そろそろ俺も中に入るか……」


 多くの者たちが闘技場の正門に集う中、俺は関係者用の裏口から中へ入る。

 狭い廊下を真っすぐと進み、闘技場へ直接通ずる入り口前の広場には、既に俺以外の奴らが集結して各々の時間を過ごしている。


「むっ? ようやく来たな、アース!」

「アース、おっはよう!」


 俺の姿を見て、姫とフーが駆け寄ってくる。

 ようやく来たなって……俺はもう随分前から会場の付近には居たんだが……


「ちょっと散歩してた……」

「お気楽な奴め。今日がどんな日か、本当に分かっているのか?」

「そうだよ? アース。言っておくけど……僕……アースと戦っても、絶対に容赦しないからね?」


 容赦しない。普通こういうときは「全力で戦う」と言うところだが、まるで自分が格上だと言わんばかりだ。

 多分本人は無意識で言っているのだろうが、つまりフーは無意識で自分が俺よりも遥かに強いと思っているということだ。

 嘗められたもんだぜ。


「それは、我も同じだぞ? 優勝のためには誰にも負けん。誰にも……だ」


 そして、姫もまた宣戦布告するかのようにフーに、そして部屋の隅で目を瞑ってクールぶった雰囲気を醸し出している男を見る。

 

「………………」


 そこに居るのは、リヴァル。

 まるで「誰も俺に話しかけるな」と言わんばかりの冷たい空気を発して精神統一をしている。

 そして、一頻り終わったのか、それとも俺の存在に気づいたのか目を開けてコッチをジッと見ながら近づいてきた。


「フィアンセイ……」

「リヴァル……」


 向かい合う二人。告白をしたリヴァルだが、そこに甘ったるい雰囲気はない。


「俺が勝つ」

「我も負けぬさ」


 バチバチと互いの気迫をぶつけ合い、互いに「負けない」という意思を剥き出しにしている。

 だが、俺からすれば息が合っているようにも見えなくない。

 つか、普通に付き合えば?


「フー……調子はどうだ?」

「絶好調だよ」

「そうか……よくよく考えると、留学で一年間一緒に居たが、お前と戦うのは初めてだな」

「だね……」


 そして、リヴァルはそのまま流れでフーにも視線を向ける。

 フーも、ガキっぽい顔が一変して、何とも男らしい笑みを浮かべてリヴァルと火花を散らす。

 つか、この選抜試合は16名のトーナメントだから、俺ら以外にも同期の奴らが居るんだが、まるでこいつらは「自分たちの誰かが優勝」と言わんばかりの空気を発している。

 実際、他の奴らは緊張丸出しで余裕のない感じだしな。


「……アース」

「あん?」


 そして、リヴァルは最後に俺を見て……


「俺はこの大会……誰が見ても明らかな力の差を見せつけて優勝し、俺の全てを証明する」

「…………」

「帝国に……民に……陛下に……父上や前勇者たちに……そして……我が剣を捧げる姫にだ」


 俺への宣戦布告……というより、「俺が圧勝してやるよ」としか聞こえない。

 二か月前の俺ならここで言い返していただろうが、流石に当日になっちまった以上、もう言葉だけじゃ俺は我慢できねえ。


「……あっそ……」


 俺はそれだけ返して背を向けた。

 感情を押し殺し、抑え込む。


「ッ、お、おい、アース! なんだ、リヴァルに対してその態度は! 男なら、お前も言い返せ! その……ほら、お前もその、我を……な?」

「アースらしくないよ? ね?」


 姫とフーが俺を煽るが、俺はソレに乗らない。


「ふん……二か月前にあれだけ言っておきながら、それがお前の今日の答えか? アース。まぁ、もう俺にはどちらでもいいが……少なくとも、俺たちと戦うまでに転ばぬよう気をつけるのだな」


 そんな俺に興味を無くしたのか、リヴァルは少し冷めた目で俺を見るが、俺はもう何も言い返さない。


『くくくくく……辛抱できん奴だな?』


 今の俺の気持ちを理解しているのは、ニヤニヤと笑みを浮かべるトレイナだけ。


 そう、俺ももう辛抱できなくなっている。


 握りしめた拳を振り上げず、何も言い返さないことがこれほど堪えるとは思わなかった。

 これ以上リヴァルと話をしていたら、「うるせえよ!」と今すぐにでも戦いをおっぱじめたくなる。

 リヴァルが今日という日に全てを懸けているように、俺は俺で楽しみにしていたんだ。

 だからこそ、俺も決めた。

 俺も堪えるのはここまでだと。


『ん? どうした、童よ。何やら、悪だくみを思いついた顔をしているな』

「ああ。もう俺も我慢できそうにねーから、やるなら速攻でやってやる」

『ほほう……ふふん。なるほどな。貴様の悪だくみは、余には筒抜けだぞ?』

「文句あんのか?」

『いいや。面白そうだ』


 まもなく始まるトーナメント……の前に抽選。

 トーナメントの抽選は直前に観衆の前で俺たちがくじ引きをして決められる。


 そこで、俺はここで言いたい放題された分、どうせなら大観衆の前で言い返してやろうと考えた。

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