第34話 思い切り声を。

 やることは沢山ある。

 もうわかっていることだから。と。友恵さんは陽菜に荷物の整理を依頼して来て、陽菜はその通りに行った。

 陽菜も僕も、なるべく清明君に会わないように動いているから、まだ顔も合わせられていない。責められるだろうか、わかっていたのなら、何で教えてくれなかったのか。


「……今日もドライブ行く?」

「大丈夫です。もう情けなく泣きじゃくったりしませんから」

「情けなくないよ。陽菜の涙、誰にも情けないなんて、言わせない」


 あの日、陽菜を連れて僕は山の方を走った。暗い、街灯なんて無い。車のライトを消せば車体一個分先すら闇に飲まれる、そんな道。

 でも、そんな闇を抜けた先、街の明かりすら星と見紛うような。

 気がつけば陽菜はそんな景色に目を奪われて。


「相馬君。ありがとうございます」

「僕はちょっとドライブに陽菜を誘拐しただけだよ」

「相馬君は、いつも、私に色んな景色を見せてくれます」

「僕が見たいところに、陽菜を連れて行ってる。それだけ」

「一緒に見たい人に選んでくれている。ということですね」

「うん」

「なら、嬉しいです」


 特に何かしたわけではない。車の中で、景色を流し見して、僕達は家に帰った。

 ただそれだけ。それだけのこと。

 涙を流す。ただ流す。それだけの時間が、陽菜にとってどんな意味があったのだろうか、想像することしかできない。

 ただ、今言えること。それは。

 陽菜はくよくよしない。真っ直ぐに、歩いている。自分の足で。ちゃんと。僕はそんな彼女を支えたい。今まで、支えられ続けたように。

 大丈夫。支え方は見て来た。寄り添い方は示してくれた。大丈夫。僕だってきっとできる。

 今度は、僕の番だ。



 「というわけなので乃安」

「あれだけ強く誓った風にいたのに」

「そう呆れないでくれ。乃安がいたら百人力だ」


 たまたま近くにいたので、高校の夏期講習を終えた乃安を乗せて家に向かう。莉々や東郷さんも乗せようと思ったけど、二人は生徒会らしい。


「なんかあった?」

「……最近ほっとかれた気分なもので。すいません。釣れない反応で」

「すまん」


 ……二人を幸せにすると誓った僕が。くっ、情けない。不甲斐ない。


「すいません、責めてるような言い方で。わかってます。今は、陽菜先輩が大変な時です。一緒に頑張りましょう」

「よろしくお願いします」

「でも……いえ、今言うことではありませんね。私は何を致しましょうか」


 助手席で俯く乃安。乃安も大概、本心を上手く隠してしまう。けど、今は、見える。だから。


「……その前に、じゃあ、ちょっとだけ」

「えっ」


 ハンドルを家と逆方向へ。


「寄り道しようか」

「は、はい!」


 でも、どこ行こう。

 突発的な行動、自分で自分に呆れながら僕は車を走らせる。


「どこ行きます? そこに見えるお城ですか?」

「乃安制服じゃん」

「コスプレだって思ってくれますよ」

「やめとく」


 まぁでも、行く場所は決まったけど。

 僕は行き先を色々娯楽施設や商店が並ぶところに決める。その並びにあるのは。


「カラオケですか! なるほど……」

「たまには人目を憚らず大声出したくなるからな」

「そうですねぇ。先輩、歌の自信のほどは?」

「無難程度」

「良いじゃないですか」

「乃安は?」

「派出所では歌の研修もありましたから」

「あるんだ……」

「音楽もまた教養ですから。我々を雇うような人の要望に答えつつ、その家のお子さんにもまた豊かな感性を提供できるように、ですね」


 車を降りて乃安と一緒に……あ、まだ学生料金で入れるんだ、僕。大学生、便利な身分だ。

 



 乃安の歌、聞いてて楽しくなる。乃安が楽しんでいるのが伝わってくるのだ。

 入って早々、最近の流行曲を入れた乃安はマイクを片手に全力で歌い上げる。けれど音程が派手に外れることも、無理に声を出している感じも無く。


「歌うの、好きなんだね」

「はい、結構好きですよ。さぁ、先輩も!」

「えっ、僕も?」

「私とカラオケに来たからには、聞き専なんて許しませんよ!」

「う、うん」


 まぁ、そりゃそうだ。じゃあ、僕も。


「次は陽菜も連れて来たいな」

「陽菜先輩も上手いですよ」

「それは想像がつくな」

「ただまぁ、成績は悪かったですが」

「陽菜が!」

「はい、最終的に一位は取れましたけど。体育の次に苦戦していたのは音楽ですね」

「へぇ」


 乃安の苦笑いの意味は分からなかったけど。まぁとりあえず。僕も。カラオケに来たことが無いわけではない。だから、レパートリーもあるにはある。

 ちょっと今や懐かしいが、好きな曲を入れて歌い上げる。


「なるほど、確かに、無難ですね」

「あはは」

「デュエットしましょ、デュエット」

「良いよ」


 遅くならないよう、一時間だけにしたけど、フリータイムに変更したくなるくらい、楽しかった。


「いやー、良いですね。思い切り歌ったのは久々ですけど。本当にまた一緒に来たいですね」 


 満足気に乃安は氷水を呷る。その姿を、どうしてか見入ってしまう。


「どうかしました? そんなじっくりと……だめですよー、カラオケ、ちゃんと監視カメラありますから」

「いや、そんな話じゃない」

「ふふっ、先輩はまだまだからかい甲斐がありますねぇ」

「勘弁してくれ」

「帰りましょ、楽しかったです」

「うん」

「……制服で先輩と一緒にいられる時間も、もう短いんですね……いえ……やっぱりなんでもないです」

「んー」


 今日の乃安は、どうにも言い淀む。

 でも、何となく、今のもわかった。

 乃安も、外に行く決意をした側だということ。慣れ親しんだ場所から、飛び立つ決意をした人だということ。 

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