第32話 夏はもうすぐ終わる。
朝起きて、朝食を食べる。
鯛めしと鯛から出汁を取った味噌汁。何と言うか、高級感が溢れる濃厚な朝ご飯であった。
各々が身支度をしっかりと整えて。
「雨だねぇ」
夏樹がカーテンを一気に開き、ため息交じりに呟いた。
「予報では晴れるって言ってたのにな」
「やはは。仕方ないよ。昼まで晴れなかったら帰ろうか」
「そうですね」
風も強いようで、雨が窓ガラスに打ち付けている。外に出れば一瞬でぬれねずみだろう。
「何しようかなぁ」
しかしながら陽菜も乃安も志保さんも、結局朝方までアニメを見て議論していた筈なのに。いやこれは、車の中でぐっすりコースだな。
「んー。どうしようかなぁ。何しようかなー」
志保さんがごそごそと荷物を漁っている。
「んー。そうだ。相馬、これ繋いで」
「あ、はい」
……これ、ゲーム機。えっとHDMIケーブルに繋げってことか。
「ふふっ、負け抜け形式で、一番勝った人が負けた人に命令する権利を得るゲーム」
志保さんが取り出したのは、様々な作品から集められた人気キャラたちを操作して格闘するゲームだ。
「なるほど……格ゲーって奴ですか。初めてです」
陽菜が四人分用意された専用のコントローラーを興味深そうに手に取る。……陽菜ならすぐにコツを掴みそうだけど。
「こういう時のためにキャラは全部解放してあるのさ。DL記念キャラもいるよ」
「つまり志保さんはそれなりにこのゲームをやり込んでると」
「まさか。キャラ開放なんてチュートリアルだよ。やはは。とりあえずストック1で行ってみようか」
その発言が既にゲーマーのそれである件について。
というわけで。
「よろしくお願いします」
「陽菜先輩、負けませんよ」
「やはは。かかってきなさい」
「えーっと。Aが攻撃、Bも攻撃、んー?」
「奏さん、ここはもう、やって覚えましょう。僕も横で教えますので」
「お願いします」
というわけで一回戦。僕と夏樹以外の四人だ。
「あれ?」
「奏さん、自分から落ちていくのは」
「ふふっ、難しいね」
「せいっ」
「甘いです」
画面の端では陽菜と乃安が熾烈な争いを……今日初めて触ったん、だよな?
「流石陽菜先輩、もう追いつきますか」
「乃安さんはやはり経験者でしたか」
「えぇ! なので、負けられません!」
「なっ」
乃安の見事な着地狩りが決まり、陽菜のキャラは彼方に飛ばされていった。
「あぁ……」
「やははストック2にしとこうか。試合回転を優先し過ぎたなぁ」
強攻撃の後隙を見事に突いた志保さんが彼に漁夫の利を決め、ストック、キャラが復活する権利。一回復活できるルールに変更された。
奏さんと陽菜と入れ替わりで僕と夏樹が入る。三位と四位が交代になるルールだ。
「先輩、やり、ます、ね! 今のコンボ抜けますか」
「どうにかね」
「やははー」
「あー、えーっ」
空中で強攻撃を当てて画面外へ。志保さんが夏樹を速攻で叩き落とした。
思えば志保さんが使ってるキャラ、一撃がとにかく重いキャラだな。リーチも広い。乃安は逆に小回りが利くキャラ。僕はとりあえずリーチの長いキャラを選んだ。
「んなっ」
「おっ」
乃安のキャラが画面外に吹っ飛んでいく。カウンター攻撃。敵の攻撃に反応して自動的にキャラが反撃するコマンド。ただし隙が大きいから使うなと言われる奴。間違えて入力したら決まってしまった。
「あ、あれ……狙ったのですか?」
「まさか」
「油断したね相馬」
「いっ」
着地した先、志保さんの操作するキャラが繰り出す溜め攻撃が後ろからぶち込まれた。差し込まれる吹っ飛び確定演出。
そのタイミングで夏樹のキャラが復帰、続いて乃安のキャラも戦場に戻ってくる。
そして、そのまま。
「やっはっはっ」
「……くぅ」
誰も志保さんをKOに追い込めなかった。
「やはははは」
それからさらに二戦。夏樹と奏さんが三敗状態。志保さんはずっと残っている。
僕はふと気になった。オンラインモード。志保さんの戦績。
「あっ、相馬!」
オンラインモードを起動。そこに表示される、志保さんの戦績。
「あぁ、やっぱり」
オンラインでも特定のレートを稼がなければ入れない。トップ層の人達だけで対戦するリーグ。そこに志保さんはいた。
「うそ……私も途中で投げ出したのに」
乃安も横で慄く。
「凄いのですか?」
「ガチ勢の中でもガチ勢しか入れない。いや、ここまでがチュートリアルという人もいるけどさ」
「はぁ」
「志保さん、そういうところあるからねぇ」
やっぱりこの人との勝負は一番油断してはいけない。
雨、やまないな。
「さて、どうする、結果。不正とは言えないけど。限りなくグレーだけど」
「や、やはは。あれ、なんで陽菜ちゃんと乃安ちゃん、手をワキワキさせてるの? 奏ちゃん? どうして私の顔押さえつけるの? な、夏樹ちゃん、そこは摑む場所じゃ……」
志保さんがもみくちゃにされることでこの勝負は終わりを迎えた。勝者と敗者が同じという奇妙な結果。
「やはは。策士策に溺れるだねぇ」
「君が言うか」
息も絶え絶えに床に転がる志保さんは楽し気に笑う。
結局、雨は上がらなかった。帰り道、案の定、陽菜も乃安も志保さんも、ぐっすりだった。でも、逆に安心した。前の、メイドだった頃の陽菜ならきっと、頑なに眠ろうとしなかったし、乃安もそれに合わせていただろう。だから。
「ふふっ、陽菜ちゃん、柔らかくなったね」
「うん」
夏樹も、微笑ましそうに陽菜の頭をそっと撫でた。
三人は途中のサービスエリアまで、お互いに寄りかかって寝ていた。
別荘から帰った私は、お土産を持って友恵さんの……母のところを訪れた。けど。
「……いない、ですね」
呼び鈴を鳴らしても出ない。私はすぐに合鍵で扉を開ける。
「お邪魔します、っと」
清明君は部活。自室にもいない。どこかに出かけているのでしょうか。
「ん?」
正にその自室。その書棚、以前は無かった病院の封筒。
「……ごめんなさい」
一言謝って私はそれを覗いた、中身。それは母の状態を説明しているもの。
「……えっ」
腰が抜ける、というのでしょうか。身体に力が入らなくなる感覚。私はそれを、初めて味わうことになった。
先は、長く、ない。
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