第31話 騒がしくて賑やかな夜。

 「今から準備できることかぁ……」


 パラソルの下。僕と夏樹は額を寄せ合い話し合い。志保さんと奏さんは波打ち際で足を浸して遊んでいた。夏樹は他の人にあまり頼らない方向で、と示したからだ。だからまぁ、僕も意見くらいしか出さない。


「相馬くんなら何か良い案ないかなぁと」


 正直、陽菜と乃安に関しては美味しく食べてくれれば大満足だろうし。志保さんも楽しんでくれればそれでOKという人だと思うけど。それとこれとは話が別だろう。それで納得できるなら最初からこんな提案しない。


「しかしながら」

「んー? どしたの?」

「いや。何でも」

「水着どうかな? 私」

「似合ってるよ」

「えーその割には見てくれないじゃーん」

「いや……」 


 直視できるか―!

 目の前にさ、山だよ。谷だよ。あるんだよ。丘なんてもんじゃないんだよ。


「それよりも。ほら。何する?」

「んー……そだねぇ……私、あんまりできること無いなぁ、こうして考えると」


 夏樹の自己評価を否定する事はできない。リーダーとしては素晴らしいけどってところだ。


「そだ」

「ん?」

「夏樹って喫茶店でバイトしてるんだよね」

「うん」

「担当は?」

「基本的にウェイトレスさん。でも、紅茶もコーヒーも淹れるし。んー。それくらいかなぁ。厨房はやったことない」

「それで行こう」

「えっ?」

「ティーパーティーだ」


 別荘内のシャワーで身体を洗い、リビングで集まる。程よい疲労感は眠気を誘う。一瞬目を閉じて、それから開けると、シャワーから戻った夏樹が志保さんに熱心に色々聞いていた。


「ありがとう。やっ、相馬くん、よく眠ってたね?」

「あれ?」

「やはは。まぁ運転してから海で遊べば、眠くもなるよ。まだ休んでて良いよ」

「あぁ、うん。ありがとう」


 視線を巡らせると陽菜と乃安、二人で何やら話し合っているご様子。

 そして、夏樹は。


「……よし……はぁ、良い匂い」


 早速始めたようだ。時計を見るともう三時は過ぎているが、それは問題ではない。

 陽菜と乃安がちらりと心配そうに様子を窺う。けれど夏樹の手に迷いは無かった。 


「さぁさぁ、どうぞどうぞ。美味しいお紅茶ですよー」

「あっ、ありがとう」


 些細なことで良い。ただ。夏樹の腕はわからないけど。勉強熱心で変なところで器用な夏樹なら。という期待はあった。


「美味しいっ!」


 最初に声を上げたのは志保さんだった。


「凄い。何が違うんだろ。蒸らし方かな。美味しいよ、これ。変な雑味が全然ない」

「ふふん。嬉しい反応だねぇ」


 夏樹が満足気に鼻を鳴らす。


「陽菜も乃安も、こっちで少し休んだら」

「そうですね。そうします」

「はーい」


 思い出の中に一ページ追加する。僕が提案したのはその程度のこと。だけど、そのたった一ページは、きっと尊い。

 志保さんが欲しいのはきっとそういうもので、陽菜と乃安もきっと頷いてくれる。

 ささやかなことで良いんだ。

 ささやかなことを積み重ねるんだ。



 夕飯は鯛だしのお味噌汁に鯛めし、鯛のお刺身。鯛尽くしだ。


「やはは。良いもんだねぇ」

「凄いよ」


 夕食を終えて、お風呂に入れば後は。


「大丈夫だよ陽菜ちゃん。ホラーじゃないから」

「べ、別に、かかか構いませんよ。ホラーでも」


 淡々とした声だが震えているのがよくわかる。

 リビングの大きなテレビに映されたのはアニメ。


「というわけで全話視聴耐久レース、行ってみよう。三クール分あるけど、まぁ、シーズン1だけだね。はまった人は自分で見てチョーだい」


 志保さんはそう言って再生ボタンを押す。

 ……六時間くらいか。

 そうして流れたのは。中学生の男の子と女の子のほのぼのとした日常シーンを映したものなのだが。


「……めっちゃニヤニヤしてしまうんだがなぜ気づかないこの男の子」

「わかります。なんかこう、気づいて無いのおめーだけだから。って横から引っぱたきながら教えたいです」

「いえ、これは、見守るべきものです」

「えっ、早く付き合って欲しいんだけど、私は」

「奏ちゃん。付き合うまでの過程の尊さを知るべきだよ」

「……やはは」


 さっさと気づけ派、教えたい派、見守りたい派。見事に三派閥。


「なぜこの二人のやり取りの機微がわからないのですか。ぶち壊したくないでしょう!」

「イチャイチャが見たいんです!」


 陽菜が叫び乃安が咆える。夏樹は苦笑いしながら人数分の牛乳を温めて。


「……正直物語が進むと、付き合ってる付き合ってないじゃなくて、付き合ってるのを認めてないようなものという状態なんだよね」


 志保さんがぽつりと零し。


「それ一時期の陽菜先輩達じゃないですかー」

「んなっ」

「あはは。ん?」


 奏さんがうとうとと船を漕ぎ始め、そのままぽてんとソファーのひじ掛けを枕にすやすやと寝息を立てる。やはり夜は弱い人なのだろう。


「はーあ」

「どうしたのですか?」

「んー。正直、企画のネタ切れなんだよねぇ」

「良いじゃないですか。あちこち行くばかりが夏休みでもないでしょう」

「そうなんだけどさ。やはは。ちょっと寂しいかな」

「来年もありますよ」

「ん……」


 志保さんが困ったように笑う。それが少しだけ、違和感で。


「何か、あったのですか?」

「……近いうちに話すよ。腹だけは決めておいて」

「は、はい」


 何が来るかもわからないと、どういう覚悟を決めれば良いかわからないけど。でも。この人は、不必要なことは言わないから。


「わかりました」

「ん。良い執事をもったものだよ。私は」


 なんて言って志保さんは立ち上がり。


「じゃあ、二期も見て決めようか」

「望むところです」

「陽菜先輩、解釈のすれ違いによるバトルの熾烈さを知ると良いです」


 ……これ、徹夜コースじゃね。

 明日も運転手な僕は眠ることにした。帰ったら自分で見よう。 

 

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