第30話 海辺でのんびりと。

 釣りは良い。ボーっとできる。何も無い時間を楽しむのが釣りの良いところだ。

 ゆらゆらと生き物っぽく見えるようにたまに揺らしながらも。気がつけばそんな努力を忘れてただぼんやりと釣り糸を垂らすだけの時間になる。

 持ってきた椅子二つ。陽菜は隣で麦わら帽子を被り視線を海に投げていた。


「大丈夫?」

「なにがです?」

「いや、退屈しないのかなって」

「私は元々、静かな時間は好きですので」

「そっか」

「ところで、その釣り竿は?」

「志保さんがなんか家にあったって」

「……絶対良いものですよね」

「うん。間違いなく」


 それから流れる沈黙。潮風が埋めてくれる。何かの鳴き声がどこからか聞こえた。陽菜の視線は海から僕に戻り、また海に返る。


「陽菜」

「はい」

「あー……」


 言おうと思った言葉を飲み込んで、でも、言いたいなと思って。

 陽菜の姿を見る。

 明るいピンク。布面積が陽菜にしては狭い気がした。でも。


「陽菜。その……水着」

「はい」


 正直な気持ちで。気持ちは、伝えなければ、伝わらないから。


「滅茶苦茶似合ってる」

「そ、そうですか……?」

「あぁ。滅茶苦茶可愛い」

「か、可愛い。可愛いですか」

「あぁ。陽菜にしては惜しげもなく素肌を晒しているなって思ったけど、何というか。やっぱり陽菜は可愛くてきれいだ」

「……色っぽいとか、ありませんか?」

「へ? いや。その……」

「ない、ですか。まぁ、そうですよね。背伸びした自覚、ありますから」

「……ある、ぞ」

「えっ?」

「いや、あーその。正直に申し上げると、あるよ。色っぽいというか。陽菜って可愛くてきれいで。一見すると少女だけどどうしてかその抗いがたい魅力があると言いますか」

「一見すると少女」


 陽菜のボディラインは美というべきもの。キュッと締まったくびれは引き寄せられるものがある。そこから水着のボトムスに視線を移しさらにその下。程よく硬く、けれど柔らかさもある太もも、しなやかなふくらはぎ。白さが眩しい。


「……きれいだ」

「……相馬君。貸し切りとはいえここは外ですよ」

「弁えてるぜ」

「それと、引いてませんか?」

「引いてるね。ここからが勝負だ」


 伝わっている、竿から伝わっている。何かが食いつこうとしている。

 だけど、ここで慌てて引き上げる用では一生釣れないだろう。グッと引っ張る感触が来るまで、待つ。


「陽菜はきれいだよ」

「それなら、嬉しいです」

「お腹に顔つっこみたい」

「後で良いですよ」

「良いんだ……きたっ」


 確かに食いついた。だけど、まだ、我慢だ。もう一度、もう一度、グッとくる瞬間が来るはず。まだ向こうは、食えると信じている。だから。


「相馬君!」


 くっ、強い。竿がしなる。竿を地面と平行に。折れないように。リールを巻く。まだ、まだ。もう少し。


「きたっ」


 弱った。一気に巻く。くっ。だが。重い。


「見えました!」

「よし」


 陽菜が大慌てで網を持って来る。見えた魚を網に収めて持ち上げてくれる。


「……鯛、ですね」

「あぁ……でかい……まさか釣れるとは……捌ける?」

「えぇ。問題無く」

「流石陽菜」

「安心してお任せあれ。活け造りでも鯛めしでもカルパッチョでも、ご要望あれば用意してご覧に入れましょう」

「みんなに聞いてみようか」


 いやはや、短時間でこの時間に釣れるとは。運が良過ぎるなぁ。と思いながら鯛をビニール袋に収めクーラーボックスへ。


「戻ろうか」

「はい……でも、その前に」

「ん?」

 立ち上がる僕に陽菜はさりげなく身体を寄せて。

「ありがとうございます。選んで、背伸びした甲斐、ありました」

「……おう。……本当に、きれいだから。陽菜」

「はい。相馬君が正直に言ってくれていること、伝わっています」


 それから、僕達はみんなが待っている……なんか夏樹が砂浜に埋められているのだけど。


「ただいま……何やってるの?」

「ここは敗者の墓だよ」

「何をやっていたのさ」

「ビーチバレー。落としたら負け」

「なるほど。だから夏樹が埋められていると」

「……せめて試合の流れも聞いてよぉ」


 陽菜がツンツンと夏樹の頭をつついていた。


「先輩、それ中身なんですか?」

「ん? あぁ、鯛だよ」

「鯛? 釣れたんですか?」

「うん」


 乃安がぴょんぴょん跳ねてクーラーボックスをちらりと覗いて。


「わぁ、ほんとだ。ふふふっ、陽菜先輩、今夜は楽しくなりそうですね」


 頬に柔らかな感触。はにかむように笑って、それから食材のことしか頭に無くなった乃安はクーラーボックスを担いで別荘に走って行ってしまう。


「もう。乃安さんは……私もお手伝いしてきます」

「うん。おねがい」


 ペコリと頭を下げて陽菜も別荘へ。


「……ふむぅ。志保ちゃん、ちょっと掘り出してもらって良い?」

「ん? うん。良いよ」


 砂から這い出て来た夏樹は。


「相馬くん。お願いがあります」

「なんでしょう」

「一緒にその……私も何かやりたい」

「何かと言うと」

「みんなのために。何かしたい!」


 気にしなくて良い、という言葉を思わず飲み込んだのは、夏樹の目が、真剣だった。宿す光は夏の太陽のように熱く、眩しい。だから。


「……わかった。じゃあ、とりあえず、一緒に考えよう。何するか」

「うん!」

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