少し先の話 メイドとセンター試験(ともう言わないらしい)

 センター試験。とはもう言わないらしい。共通テストと言う。センター試験という言葉を聞き続けたせいでちょっと馴染まない。先生も時々言い間違えてるし、と思っていたら、三年生として一年も共通テストを意識して、共通テストを意識してと言われ続ければ、流石に耳に馴染む。


「相馬君。忘れ物は無いですね」

「うん」


 陽菜の言葉にしっかりと頷くと乃安はクスッと笑い。


「安心してください。相馬先輩のも陽菜先輩の持ち物もばっちり確認しました。受験票は鞄の内側のポケットに、学生証は財布に、鉛筆はしっかりと五本。鉛筆削りも入ってますよ。腕時計はしっかり充電済み。お弁当は片手で食べられるようにサンドイッチです。金平糖とチョコレートで当分補給もばっちりです」

「ありがとうございます。乃安さん」


 近くの大学の構内で行われる。今日は電車に乗らなくて良い。歩いて行ける。


「健闘を祈ります」

「うん、行って来る」

「お二人なら、きっと、狙っていた以上の結果を、出せますから」

「うん……よし、行こう」


 大学は駅前からバスで行くのが一番速い。駅前に着くと、既に受験生で長蛇の列ができていたけど。本数は多めに用意してあるとは聞いていたけど。

 遅刻した時のリスクを回避するために公共交通機関を利用する。大事大事。


「相馬君。カイロはいりますか?」

「僕は大丈夫。陽菜が多めに使いなよ」

「い、いえ……」

「じゃあ、はい」

「あっ」


 陽菜のカイロを持っている手を握る。


「……温かいの、共有、ですね」

「だね」


 ちらりと時計を見ると、まだ時間に余裕はある。ここから大学まで、歩けば二十分くらい。


「歩きますか?」

「あーうん。そうしよっか」

「はい」


 僕の考えを当然のように見透かした陽菜の手を引き、行列から抜け出す。

 この方向に歩いていくことはあまりない。大学近くにゲームセンターがあるから、そこにたまに行くくらいで。

 マフラーを少し直して、それからカイロを握った手で手を繋ぎなおして。


「……制服姿で、これから大事な試験で。なのに、こうして手を繋いで歩く。なんか、変な気分です」

「僕もだ」 


 なんか、これで良いのか? とか、ある意味人生の分岐点になる試験が今からあるのか本当に、とか。

 でも、良かったかもしれない。これで。


「変に緊張していたんだろうな、僕」

「そうですね。多分、私もです」

「やっぱり、陽菜でも緊張するんだ」

「しますよ。相馬君と、これからも一緒にいたいですから」

「むっ……うん。でも、そんな心配しなくても、大丈夫だからさ。……陽菜は陽菜のために頑張りなよ」


 誰かの期待でも、誰かの希望でも無く。自分のため。自分の未来のため。


「僕も、そうする」

「そうだね」


 あと、地味に達成したいことが一つだけある。高校三年間、やり残したことがある。




 試験会場にて。

 僕は今日こそ。陽菜に勝つ。テストの点で。

 僕はまだ、一つの教科で勝ったこととがあっても、総合得点で勝てたことが無いのだ。この前の期末も、あと少しだったのに。二点差で負けたのだ。陽菜も流石に驚いていてた。やはり最後は、師に勝ちたいのだ。ずっと勉強も見てくれた陽菜。やはり弟子が正面対決で師を下す。それこそが、教えてくれたことへの一番の恩返しだと思う。試験官が入ってくる。注意事項、顔写真と本人の顔の照合。


「はぁ……」


 力を抜け、注意力を高めろ。



 解答用紙に名前をしっかりと記入して。鉛筆を置く。

 ……相馬君。簡単には負けませんよ。

 相馬君がやりたいことはわかっている。

 テストの結果であまり一喜一憂しない相馬君が、先日の期末試験で珍しく、悔しそうな顔をした。決して結果は悪くない。得点者上位の名簿に全教科乗っていた。夏樹さんは相変わらず首位を確保し続け、これで卒業式の答辞は確定したなんて出来事と同じくらい印象的だった。

 私と相馬君が受ける予定の大学、学科は違う。受けるテストも完全に同じではない。つまり。

 正面対決できる最後の機会はこれだけだ。

 ……言われ続けたことだが、初めて実感した。

 結構私、負けず嫌いだ。

 負けず嫌いでなくても、相馬君の誇りを尊重するなら、そして、相馬君に言われた通り、私自身の未来のために、手を抜く気なんて微塵も無い。

 そして、相馬君に負けないため、本気の上の本気を出す。

 零れそうになる笑いを堪える。

 初めてかもしれない。私が、私自身のために力を尽くすのは。




 二日間に及ぶ自分との戦いを終えて、週明け。

 学校で自己採点をして、その結果を先生に報告する。


「ま、負けた……」

「か、か、勝てました」


 一問差。

 ほんの一問差。それぞれの得意科目、陽菜は国語で、僕は数学で勝利を収めそれからほぼ同じ八割から九割の得点が続いて。そして英語で、負けた。


「流石、陽菜だ」

「いえ、相馬君が対等のライバルとして私を見てくれたこと、とても嬉しいです」


 憧れを憧れのままにしていてはいつまでも勝てない。届くと思わなければ、手を伸ばしても遠ざかり続ける。自分が勝手にその目標を遠くに置き直してしまうから。

 イメージの中で憧れの存在は、無限に強くなり続ける。

 それはそれで、自分を高め続けるならありだと思うけど、その人に勝ちたいと思うなら。


「うん。陽菜は凄い人だけど、僕のライバルだったよ、あの試験の時は、確実に」


 そう、どこか完璧超人な気がしていた陽菜に、片手でもかけられたのなら。


「今はまだ、良いかな」


 でもいつかは。


「次は本番の受験だな」

「はい!」

「ふふっ。二人とも、良い結果だね」

「夏樹さんも、流石です……」

「うん、これで、行きたいところ、行けるよ」

 

 夏樹はいつからか、どこか儚げな笑みを浮かべるようになった。天真爛漫邪気皆無な百点満点の太陽のような笑みが、少しずつ減って、どこか、大人びたように見える。


「夏樹さんなら、どんなところでも、きっと輝けます」

「うん。ありがとう」


 





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