付足編 大丈夫の証明

第一話 残り時間。

 「荷物良し、笑顔良し、私良し」


 三年生になった。

 私、布良夏樹は、今日も誰もいない家に、「いってきます」を告げる。

 マンションから見える景色は、今日も無機質に広い。


「おはようございます。布良さん」

「あ、神代さん」


 マンションのエレベーター。上の階に住む神代さんが乗っていた。冬頃、二年生の終わりの頃から学校に復帰するようになったみたいで、こうして朝に会うと駅まで一緒に行く時があって。 


「今日は上機嫌ですね」

「来月修学旅行あるからね。京都と奈良」

「珍しいですね、三年生で修学旅行なんて」

「だよねぇ。まぁ、他の修学旅行生があまりいないと考えれば、五月中旬ってある意味お得なのかなぁ」

「そうかもしれませんね、ゴールデンウィーク明けで、他の観光客も少ないでしょう」


 どこかお互い、話はしつつも他人行儀なのは、やはり関わっていない期間の方が長いのと、神代さんの、神代凪という少女が放つ雰囲気のせいだ。

 触れるのを、近づくのすら躊躇わせる美しさ。横顔を眺めていると思わずゴクリと喉が鳴ってしまう。


「どうかされました?」

「う、ううん。何でもない。何でもないよ」

「そうですか……彼氏さん……日暮さんは元気にされてますか?」

「もう、本当に彼氏さんじゃないよ」

「へ?」

「とっても素敵な恋人がいるから。あの人には」

「そう、ですか」


 駅に着くと、神代さんは待ち合わせている友達のところへ。私は一人、電車に乗り込む。


「……うーん」


 鞄の中に眠る進路希望調査票。

 私もまた、進路について悩んでいた。進学までは既定路線だけど、どこに行き何を学ぶか。


「……まぁ」


 期限ぎりぎりになったら、家から通えるところにしようかな。程度には気楽に考えている。

 だけど、例えば医者になるとか、弁護士なるとか、となれば、この時点で決断しなければならない。いや、入り直せば良い話だけど、一番スタンダードな道だ。

 まぁ、なりたいわけじゃないけど。

 あの三人を見ていると、随分と遠くまで行ってしまったなと思う。二股の件が落ち着いてから、どこか、三人だけの世界が出来上がってしまったように見えて。


「ちょっと、寂しいな」


 なんて、改札の外、私を待ってる三人を見て、ぼやいて。それから。


「やーやーやー。待機ご苦労だよ、諸君」

「おはようございます。夏樹さん」


 最初に気づいてくれたのは陽菜ちゃん。一番の友達。それだけはきっと間違えていない。だから。


「おはよう。陽菜ちゃん。二人もおはよう」


 そう言って笑うんだ。




 「そうちゃん。あれ買って来てよ。宇治抹茶カレーのレトルト」

「なんだそれ、売ってるのか?」

「適当な土産屋で売ってると思う」


 生徒会室。今日も会長としての席で賑やかな会話に耳を傾け。


「あは、じゃあ探してみよっか。東郷ちゃんは何かリクエストある?」

「い、いえ……私は、特に……」

「まぁまぁ言ってみなよ」


 そう言うと、東郷ちゃんは相馬くんを見て、莉々ちゃんを見て。


「……で、では。その、八つ橋を」

「おっけー」


 去年、先輩からお土産を貰ったのを思い出しながらメモメモ。

 そろそろ、彼女たちの新しい仲間を見つけてこないとな、とか。ぼんやりと考える。


「そろそろ良いか。今日の議題は、中間試験の質問会について話し合いたい。今回は三年生も恐らく来るだろう、冬の期末、学年末と違ってな。だから前回同様、俺と布良と朝野は授業する側として固定となるが、君島、東郷、君たちにも参加してもらいたい、来年のためにな。相馬、大教室の方を任せることになるが。問題無いな」

「うん」


 いつも通り、黒井君が大筋を決めておいてくれている。特に問題が無ければそのまま組み立てていける。彼は本当に、有能だ。

 解散した後、会長副会長として少しだけお話。そこでふと、気になったことを聞いてみた。


「黒井君はさ、卒業したらどうするの?」

「世界征服だな。とりあえず」

「黒井君も冗談とか言うんだね」

「まさか。本気だ。俺はそういう宿命と共に生まれてきた」


 眼鏡の位置を直し、向けられた目。そこには確かに、真剣と本気だと書かれていて。


「……まぁ、頑張りなよ」

「ふっ」


 それ以外、何が言えよう。だけど今の私、こんな無茶苦茶なことを言う彼よりも出遅れちゃってる。

 


 「はい、あーん」

「えっ、なぜ」


 昇降口で待っててくれていた陽菜ちゃんと相馬くんと寄り道。公園のクレープの屋台で買ったそれを差し出す。


「私も相馬くんの味見したいから」

「そういうことなら」

「はむ」


 横から伸びて来た陽菜ちゃんが私のクレープに歯型を付ける。


「……なるほど、イチゴとクリームと言う基本的な組み合わせもありですね。では、私のバナナとクリームをどうぞ」

「わーいありがとー」


 相馬くんが苦笑いしている。陽菜ちゃん、意外と独占欲あるなぁ。


「相馬君にはこちらを」

「あはは、ありがとう」


 二人が仲良くしてるのは、純粋に嬉しいし、私が危惧したようなことは、結果的には起きなくて、関係は守られて。

 そう、後は卒業するだけ。

 頑張って勉強して、センター試験で良い結果を取って、受験に合格して。

 それまでには色々イベントがあるけど、一つ一つ思い出を残していく。

 その中に、きっとある筈。

 私が、迷いなく願書を書いてしまえる進路が。

 受け身な奴にきっかけは微笑まない。冷たい私がそっと呟いた。

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