第152話 メイドと。、
三月になった。
「せーんぱいっ、お疲れ様です」
「あぁ、乃安」
「えへへ」
あれから、僕たちは少しずつ、少しずつ、丁度良い距離感、居場所に収まって。
「乃安さんお疲れさまです」
「陽菜先輩。お疲れ様です」
ぶつかり合った先で僕たちはやっと自分たちの落ち着ける場所を見つけた。僕たちはやっと、足並みを揃えられた。
あれは、喧嘩だったのだろうか。
わからないけど、陽菜が全力でぶつかって来てくれたから、こうなれた。それだけは間違いないんだ。
少しずつ、温かくなってきてる。生徒会も卒業式の準備に駆り出されていた。
「流石夏樹さん。見事な送辞です」
「わーい。陽菜ちゃんがそう言うなら安心だね」
放課後の生徒会室で、練習がてら読み上げられた送辞の言葉。来年はこれが答辞に変わるんだ。
そうなった時、僕たちはどの道に立っているのだろう。
ふわりと冷えた空気の中に、青臭い匂いが混ざった気がした。
「デート、行ってきてください」
休日の朝、乃安は突然、ドンと机を叩き立ち上がる。
「突然どうしたのさ」
「デートですよデート。行って来たんですか、私が知らないだけで」
顔を見合わせる。陽菜はクイっと首を傾け、僕は一つ頷いて。
「毎日一緒にいるしな」
「そうですね。特に意識していませんが」
「毎晩部屋で話してるし」
「はい。ちゃんと二人の時間は確保してますよ。でも、お出かけは良いですね、今日はどこに行きますか? そういえば、乃安さんが好きそうな……」
「ちっが―いますよ。違うんですよ。いえ、嬉しいですよ。楽しいですよ、三人でお出かけするのも、でも違うんですよ」
指を一つ立て、そして乃安は高らかに言う。
「しかしながら、デートは行かねばなりません。二人で新鮮な体験する。それに意味があるのです。なので行ってきてください。安心してください。とりあえずお二人はまずは朝食を。ではでは」
そして乃安は足早にリビングを出て階段を駆け上がっていく。
「……じゃあ、行くか」
「そうですね。どこに行きましょうか」
「んー。今考える」
トーストにスクランブルエッグを乗せて齧りながら、二人を連れて行ってみたいリストを頭の中で捲っていく。
「どこでも楽しいとは思いますけど、悩んでしまいますね。やっぱり」
陽菜の言葉に頷いていると、乃安が戻って来て。
「ではお二人とも、朝食を食べ終えましたらお声がけくださいませ」
なんて言って、お手本のようなお辞儀を見せた。
「あの、乃安さん」
「なんですか? 先輩」
「いえ、その……」
「お付き合いを正式に始めてから、初めてのデートであれば、より一層張り切らねばならないでしょう。であれば、この私、朝比奈乃安の出番です!」
「そ、そうですか」
髪を梳かれながら、私は思わず苦笑い。
余所余所しさが無くなって、信頼する人にだけ見せる人懐っこさを、以前のように振り撒いてくれるようになった。それ自体は嬉しくて。
「乃安さん」
「はい」
「乃安さんは、卒業後、どのような道を行くのですか?」
と、思わず聞いてしまう。
私たちは何となく模索していた、形を変えてでも、三人で歩む道を。
「そうですね。とりあえずまずは、修行、でしょうか。味覚も戻さなければいけませんし」
「そう、ですね」
乃安さんがそういう風に考えているのは何となくわかっていた。彼女の部屋には専門学校の資料や、色んなレストランについて調べた痕があって。でもやはり、味覚がネックになっていて。迷っているのは何となく察していた。
一度病院で診てもらったけど、何の異常もなく、乃安さん自身が言っていたように、精神的要因と結論付けるしかなかった。
相馬君が最近、経営学部について調べているのは知っている。私は最近、法学部を調べるようになった。
「出来上がりです」
「なんか、可愛すぎませんか?」
「陽菜先輩が可愛いのは元々ですよ」
「ありがとうございます。お化粧なんて、久々にしましたよ」
「良いものでしょう。まぁ、私もしていないんですけど」
「今度してあげますよ」
「私がこれ以上可愛くなってどうするんですか」
「生意気な口には口紅です」
「あはは。では、相馬先輩のところに行ってきまーす」
「なぁ、乃安」
「はい」
「料理の修行、したいんだよね」
「そうですね」
僕はまさに今日、おじいちゃんから届いたメールの内容を乃安に伝える。
「おじいちゃんがさ、うちの旅館で働きながら、専門学校に通うのはどうだって。下宿って形で。調理師免許を取るのをとりあえず目指さないか? ってさ」
「……な、なるほど。……先輩、気づいてたんですね。私の考えてること」
僕の髪を梳いていた手が止まる。鏡越しに、乃安が驚いたような表情で固まっているのが見えた。
「確かに、専門学校とか色々調べてましたけど」
「気づいたのは陽菜だよ」
そう、陽菜が乃安さんが真剣に考え始めていると伝えてくれたんだ。
だから僕は、おじいちゃんに相談したんだ。
「おじいちゃん、乃安のこと、高校生だということを抜きにしても、かなりのレベルだってさ」
「そ、そうなんですか」
「うん」
僕はおじいちゃんの人柄をよく知らない。だけど、お世辞でそう言うことを言う人じゃないとは思う。リップサービスなんかじゃなくて、正直な評価だと思う。
「だからまぁ、その、前向きに考えても良いと思う。今は旅館の板前として和食作ってるけど、前はホテルで洋食も、中華もやったことあるらしいし。乃安の学びたいこと、結構学べるんじゃないかな」
「それは、凄いですね」
頭に押し付けられるふにっとした感触に気づく。手が回されそして、ゆっくりと頭が抱え込まれて。
「……ありがとうございます。私に、確かな選択肢を示してくれて。そうですね。きっと、どっちもを選ぶべきなのでしょう。確かな知識を整理された課程で学び、同時に現場で経験を積む」
「乃安……」
「本当に、ありがとうございます……さて、では先輩、とってもかっこよくなってもらいますよー。陽菜先輩も、……私も、惚れなおしてしまうような」
……あぁ、こういう髪形も、見れるようになったんだな、僕。
髪を上げて、顔がよく見えるように。
「先輩、キリっとした、確かな自信のある表情ができるようになったので」
「うん」
「影のある感じ、演出しなくて良くなりましたよ……ちょっと明るめな色の服、着てみましょうか」
「うん」
白のTシャツに明るめな青のカーディガン。ベージュのズボン。
「……なんか様になって見える」
「はい、これならいけますよ。陽菜先輩はそろそろ駅に向かう頃ですね。いってらっしゃいませ」
「うん。行って来る」
「それで、結局追いついてしまったと」
「うん。……早く会いたかった、かな」
「ふふっ、なるほど」
クスッと零された陽菜の微笑み。
ふわりと白いスカートが揺れる。少し伸びてきた髪が、少しだけ、いつもより、ふわふわと丸まった髪が、春風に乗って揺れる。
「どこに行きますか?」
「そうだねぇ……」
どこに行くか、それを悩みながら歩くのも好きな時間だから。
ゆっくり、ゆっくり、踏みしめるように、噛みしめるように、歩いていく。
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