第150話 メイドと腹を割る。

 とりあえず僕は陽菜が引きずり込まれたところに来たわけだが。


「……もしかして」

「見たのは、私だけです」

「あぁ……」


 さぁ、どうする。こういう時は警察、だろうか。いや、それよりも動きが速い人、知り合いにいるじゃないか。


「もしもし、結愛さん?」

「はい、お久しぶりです」


 車に乗っているのだろうか、微かに車の駆動音が聞こえる。


「その……」

「何かあったのですね。少し待ってください……なるほど、これですか」


 向こうで何か把握したようで。


「では追跡しますので。合流しましょう」

「あ、ありがとうございます」


 しかしながら誰がどういう目的で。


「じゃあ、乃安は……」

「い、一緒に行きます。大丈夫です。自分の身ぐらい、守れますので」


 だけど、陽菜が、目撃者も残さず、つまり碌な抵抗もできずに攫われた。余程手慣れた奴らと言う意味で。


「先輩は、私のことは気にせず、陽菜先輩を優先してください」

「馬鹿なこと言うな。僕はまだ……いや」

「まだ、何ですか?」


 そうだよな。乃安だって嫌だよな。家で一人、不安で待つだけなんて。


「まだ、乃安に言えてないことがあるんだ。話せてないことがあるんだ。でも、そうだね。ごめん。一緒に行こう」

「なら、行きながら話しましょう。何があるかわかりませんし。後悔を減らしてから行きましょう」

「……うん」


 スマホにメッセージ。位置情報だ。結愛さんから。ここに行けということか。乃安に見せると頷いて。


「では、向かいましょう」

「うん」

「それで、話って何ですか」

「乃安にちゃんと言えてない。僕はただ選んだだけだ」

「どういう意味ですか」

「僕は、選択と向き合っていない」


 あの時の正解は、あの場でちゃんと選ぶこと。


「僕はズルい事をした」


 だから僕は素直に陽菜と付き合えない。


「酷い言い方をすれば、乃安をちゃんと振らなきゃいけなかった」

「……そうですね。確かに今、変にもやっとしてるの、そういうことかもしれません」

「だから。僕は乃安と、ちゃんと話したかった」

「でも、私を傷つけるかもしれないから、できなかった」

「うん」


 急がなきゃいけない。僕たちは走り続ける。

 いまいち緊迫感を持てていないのはなんでだろう。何かを直感しているから。

 そう、この状況、あまりにも都合が良過ぎる。違和感だらけだ。確かに手際が良い。そう、手際が良過ぎるのだ。

 乃安も、何となく同じことを感じている気がした。


「先輩、傷つけるのは確かに、良くないですが、でもきっと先輩がこうして話してくれず卒業していたら、きっと変なものを抱えたままになっていたと思います。何と言うか、消化不良、でしょうか」


 とてもハマったドラマの、最終回の一話前まで見て、でも最終回だけ用事で見れず、録画も忘れて、ネタバレだけ見てしまった。みたいな。

 乃安はそう言って見上げたのは位置情報で示されていた雑居ビルだ。 

 その目の目で僕たちは向かい合う。


「乃安、ごめん、僕、乃安とは恋人にはなれない。乃安はとても魅力的で、僕は最後までずっと迷い続けて、何かが違ったらきっと、乃安を選んでいた」

「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで、もう、大丈夫です」


 傷ついて進めることもあるから。

 私はこの傷をずっと抱え続ける。この痛みを、愛し続けるんだ。

 苦くて甘い、抉るような味を。

 私の言葉が嘘偽り気づかい誤魔化しが無いことを理解してくれた先輩。素敵な先輩。きっとこれからも、大好きな先輩だ。


「行こう。乃安。僕より前には出ないで。もしもの時は、自分を優先して。出来れば陽菜も連れてってくれると嬉しいけど」

「はい。ところで先輩。先輩に、逃げ延びる選択はありますか?」

「……行こう」

「……先輩、恋人がいる人は、何が何でも、生きて帰らねばならないと、相場が決まっています」

 

 幸せにしなければなりませんからね、選んだ人は。選ばれた人を。



 


 「お待ちしておりました」

「違うでしょ、朝野さん。なんで黒幕のラスボスっぽいこと言っているのですか、事実その通りですけど」

「あっ。すいません。そ、相馬君。た、助けてください」

「はぁ、んで、どうする。誘拐犯の真似事までしたのだが」

「まぁ、返して欲しくば倒して見せろくらい言ってみてはどうでしょうか。先輩にはあまり似合いませんが」


 使われていないビルのようで、屋上まであっさり登れた。扉の向こう、屋上の真ん中、陽菜は椅子に座り、それを挟むように史郎と結愛さんが立っていた。


「やっぱりか。陽菜が僕を置いて先に行ってるのもおかしいと思ったし。陽菜が抵抗すれば簡単には担ぎ込めないはずだし。全部がスムーズ過ぎた」

「はい。迅速に車にお乗りいただきました」



 萩野さんが立ちあがり、ホルスターから銃を取り出す。


「どうしますか? 私たちに挑みますか? 最高のコンビの私たちを」

「いらん戦闘はしなくて良いだろ」


 と、史郎は言うが、結愛さんは首を横に振る。


「いらないのかと言われるとわかりませんね。朝野さんの目的を達成するだけなら、ここまで大掛かりなことはしなくても良いと思いますけど。私たちに依頼してまで」


 陽菜はじっと僕たちを見据える。動こうともせず、この状況に一言も発さない。

 何かを、伝えようとしている。なんだ。陽菜は何を言いたい。


「なので」


 萩野さんは真っ直ぐに僕に銃を向け。


「くっ」


 ノータイムで引き金を引いた。


『結愛は外さない』


 この言葉を聞いたのはいつだったか。


「なっ……」


 二回目の発砲音の直後、なんで僕が避けた先に弾が。しかも一発目、僕が避けたせいで、乃安が。


「っ!」

「おい馬鹿結愛、本気か」

「まさか。当たりませんよ」


 その言葉通り、どちらも、何かに流されるようにスレスレを通り過ぎていく。……風か。屋上に少しだけ吹いている風が逸らしてくれたのか。


「しかしながら相馬さん、凄いですね。完全に弾丸見ている目の動きでした」


 見えていても、あれは、避けられる気がしない。もはや未来予知の領域だ、あんなの。


「陽菜、どういうつもりなんだ」

「……萩野さん。相馬君と乃安さんのウォーミングアップ、ありがとうございます」


 陽菜は立ち上がる。そして。


「古来より、言葉で通じ合えなくても、拳で分かり合えると言います」

「えっ?」


 陽菜はなにやら解すように手足を回し、向かってくる。


「……相馬君、乃安さん。私たちは今まで、言葉を尽くして関わってきました。どんな時も、こねくり回し、言い方を変え、気持ちを込め。何事も、言葉にして伝えなければ、通じないから。でも、それでも、足りないのです。この度、立ち合い人として、萩野さんと九重君にいらしていただきました、ありがたいことに、誰の邪魔も入らない、そこそこ広い場所も用意していただきました」


 トンと一つジャンプ。瞬きを一つ。陽菜の目は真っ直ぐに僕たちを捕らえて。


「端的に申し上げますと。腹を割って殴り合いましょう。全力で来てください」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る