第149話 引き継ぐこと。

 「緊張してるの?」

「も、問題ありません。大丈夫です。今日までちゃんと先輩と組んできたプログラム。大丈夫、リハーサルもちゃんと確認したから、大丈夫」


 二月最初の週、三年生の登校日に三送会は行われる。

 あれから、東郷さんは自分で考え自分で動き、僕には確認をするくらいで、メインの進行を自分から担っていった。

 指示をする言葉、提案する言葉に自信を感じられるようになった。確かにその目は 次を、先を見据えていた。

 だから僕はずっとぼんやりと、乃安とどう話すかを考えている。

 そこで僕は、一つ気づいたことがあって。でも、それは本当に乃安のためになるかどうか考えてしまって。

 っと、始まるな。

 ステージの上。開会のあいさつ。急に始まるのは柔道部による劇。三年生との印象的な練習中や放課後のエピソードを元にしている。内輪ネタではあるが、クスッとできる内容で。続いては出し物のコーナーになる。出し物のコーナーも早回しだ。

 体育館中央のお立ち台には、漫才研究部の出し物、その間にステージでは軽音楽部が楽器の設置までを行う。音合わせは流石にできない。

 東郷さんがそれはもう固唾を飲んで進行を見守っている。

 進行する時の声も少しだけ震えていた。気持ちはわかる。昨日までは上手くいくと確信していても、当日になってやっぱり怖くなる。

 でも、始まってしまった以上は。


「落ち着いて。大丈夫。僕も確認したし、夏樹と黒井にも目を通してもらったから」

「はい」

「だから大丈夫」


 今はまだ、僕たち先輩が付いているんだ。彼女たちには。ちらりと一年生のところを見ると、莉々がこっちを見て頷いていた。

 先生が用意した三年生との思い出という映像、莉々にも目を通してもらったのだ。そして少し弄ってもらった。莉々が言うに「ちょっとテンポをよくしただけ」とのことだが。

 出し物は順調に進んでいく。

 軽音楽部の演奏の間に。


「いやー。お二人も考えましたな。演劇部にステージを使うなと言われるとは思いませんでしたがです」

「ごめんなさい、入間先輩」

「いえいえ。求められればそこがステージ。それが我ら演劇部。開会の挨拶の劇なんざ忘れさせてみせるです」


 ステージ中央にて次は演劇部だ。

 その間にステージ上では次のプログラムの思い出の映像の準備。

 裏方と言うものはやはり忙しい。

 


 「はぁ。つ、疲れました……」

「お疲れ、東郷さん」


 そして合間休憩。出し物中心のパートが終われば、後は大丈夫。次は先生方から三年生へ。三年生から在校生、先生方へ、の時間だ。まだ合間に残りの出し物を挟むが、一番目まぐるしい時間が終わったのだ。


「私、ちゃんとできてましたか」

「うん。後は大丈夫だね。……はいはい? うん、配置はそこで良いよ。後は時間まで待機でお願いします」

「日暮先輩はよく落ち着いていられますね」

「まぁ、慌てたところでどうにもならないしね」

「それをわかってても、落ち着けるのは凄いことだと思いますよ」

「どうだろ。落ち着いている振りかもしれない。周りも自分も騙してる」

「自分を騙す、ですか」

「うん」 

「私にも、できますか?」

「できるよ。きっと」


 自分は冷静だという言葉を染み込ませる。言い聞かせるのとは違う。インストールと言う言葉の方が相応しいだろうか。

 冷静な自分に自分を上書きする。

 思い込みの力は偉大である。


「頑張ります」

「うん。頑張れ」


 さて。体育館の時計を見る。


「時間だよ」

「はい!」

 

 

 演奏を終えた吹奏楽部、指揮者の閉会の言葉で会は終わり。それから三年生退場の演奏に移る。


「後は片付けだね」

「はい」


 予想外に東郷さん中心にこの行事を進めることができた。夏樹が生徒会からの実行委員に彼女を指名したのはそれを期待してだとは思うが。いやはや。良かった。


「あの、先輩」

「ん?」

「ありがとうございました。その、任せてくれて。色んな事を得られた気がします」


 きちんと直立、九十度真っ直ぐに頭を下げた東郷さん。……大したことを教えられていない気がするけど、彼女が目で学んだこと。それがきっとあって、それが誰からの教えかを決めるのは、彼女のの自由だ。だから。

 憧れの先輩として僕は、彼女に問う。


「一番得られたのは?」

「その、指示を出す人間は、自信満々で落ち着いていなければならない、と言う教えでしょうか」

「うん。そうだね。その通りだ」

「先輩。先輩が引退して卒業した後も、この教え、後輩に伝えられるようにします」


 世代交代、か。まだ半年くらいしかいない生徒会。正直実感はない。でも、夏樹はきっと考えていたんだ。生徒会の中で一番の先輩として、大事なことは引き継がねばならないと。それが、卒業するということだと。

 出し物に参加した人達も、きっと今考えているんだ。


「あの!」

「ん?」


 まさにその出し物をした人達が一列に並んで僕たちを見ていた。


「ありがとうございました! 思いっきりできました!」


 と言ったのは野球部の主将で、その言葉に続いて。『ありがとうございました!』と体育館に響く声だ。京介が唇の端を吊り上げて笑っているのが見えた。


「もう少し余裕のあるタイムスケジュールを組めたらとは思っていましたが、それは出来ず、皆様に協力していただいた結果、できたことです。だから我々も、至らぬ運営を助けていただき、ありがとうございました」 


 東郷さんの言葉に続いて、僕も頭を下げる。

 もう僕より立派な生徒会役員だ。彼女は。真面目で責任感のある彼女に、柔軟な考え方が付けば、理想の企画運営者だろう。

 片付けが済み、後は解散だ。

 教室に戻って陽菜の姿が無いことに気づいて。でも鞄が無いから先に言ったのだろうかとか考えて、昇降口を出ると、駆け寄って来たのは乃安で。

 慌てた様子で、長い髪を振り乱して。膝に手をついて息を整えて。


「せ、先輩。大変です。ひ、陽菜先輩が、ワゴン車に引きずり込まれて!」

「……えっ?」

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