第147話 メイドと夜の学校。

 「じゃあ、陽菜。また後で」

「はい。頑張ってください」


 陽菜に見送られ、三送会実行委員の会議に出向く。進行の確認自体はしているから、問題はない。先生方が結構手なり口なり出してくれるから、あまりトラブルが起きてない感じだ。


「まぁそうは言っても。今日の議題はヘビィだ」

「そうですね。まさかこうなるとは」


 今日、会議のために用意した場所は体育館だ。正直、状況は芳しくない。出し物を申請したグループが多く、どう頑張っても用意した時間に収まらないのだ。

 提出された映像を元にどう組みなおしても無理。出し物の時間短縮を求められたグループは、三分の一程度、素直にカットしてくれたから、調整できるかと思ったがそれでも難しい。

 こうなった以上、申請した全ての部を集め、それぞれカットしてもらうしかない。と実行委員会担当にして、二年の学年主任、斎藤先生は判断したのだ。


「それでなんで先輩は、出し物のリストじゃなくて、プログラムの仮案を見ているんですか、出し物始まりますよ?」

「あぁ、いやね、ちょっと計算中」

「はぁ……」


 東郷さんの呆れたようなため息が聞こえるが。僕はちょっと違う視点で見る。それが僕の役回りな気がするのだ。そう思っているのだが、東郷さんはじっと僕の手元を見ている。


「どうしたの?」

「先輩が何を考えているのか、理解したいと常々思っているので」


 尊敬と憧れを瞳に込めて、東郷さんは僕の手元を覗き込んでくる。


「……それなら、憧れは捨てることだよ」

「? どういう意味です?」

「憧れているうちは、ただその人が凄いということしか見えない。だから、理解できない。憧れているうちは、届かない」

「な、なるほど」

「僕は君と同じ人間で、高校生だ」


 そして、僕は凄くない。ただ、必死になって駆けずり回ってるだけだ。


「だからまぁそうだな。君なら、これ以上どうすれば全員がこなせると思う?」

「そのために今、内容を削れないか話し合うんですよね。全てのグループ」 

「あぁ、そうだね。でも、どう考えても難しいだろ」

「はい……」


 東郷さんはちらりとステージを見上げ、今まさに野球部のコントが行われ、その次に柔道部がショート劇をやる。


「……ふむ」


 ちらりと僕の手元を見て、そして。僕がさっきまで見ていた部分を見直し。


「あっ……」

「気づいた?」

「はい。そういうことですか。確かに、いけそうです」

「よし、行ってこい」

「えっ、私ですか……いえ、わかりました」


 ちゃんと説明できれば、僕が考えていたことを理解したことになる。


「その、提案なんですけど」


 おずおずと、話し始めた彼女に注がれる視線は容赦ない。先生もだ。先生も納得させられなければ、多少強引に事を進めるしかないが。


「その、出し物とプログラムを並行して進められないかと思いまして」

「どういうことだ?」


 先生からの返答はどこか圧を感じるものだ。先生も流石にイラつきと焦りを隠しきれないのだろう。

 だが屈するな。臆するな。ちらりと東郷さんが振り返ったので頷きを返す。いざという時は僕が出ると。


「その、例えば軽音楽部の楽器準備の間に、今まさに行われている野球部のコントを体育館中央で行う。という要領で、例えば開会のあいさつを柔道部の皆様の演劇の締めとして行う。閉会の挨拶を吹奏楽部の皆様にお任せする。みたいな感じで、随所に分散させるんです。三年生の思い出スライドショーの準備の間にも、二つほど出し物できる筈です」


 どうしても雰囲気がグダグダしたものになるだから、その間も盛り上げてもらうのだ。


「なので、プログラム全体を見直し、出し物を随所に最適に配置する。それが、この問題を解決するための提案です」


 良いぞ、東郷さん。冷静だ。責任感の強さから、状況が揺らぐと冷静さを失う。それが弱点だった。だが今は、集まる視線にも屈せず、ちゃんと話せている。


「できるのか?」

「できます……やって見せます。皆さんも、出し物の内容を減らしたくないのであれば、ご協力ください」


 その言葉に、出し物を申請した面々は頷く。それを確認し、東郷さんは。


「では、明日の朝にはどこを担当してもらうのか通達します。一旦内容を確認しますので、このまま続けてください」

「あっ、ちょっと待て」

「先生から何か?」

「いや、あー……いや、良い。このまま続けてくれ」

「わかりました。では。お願いします」


 それからも東郷さんが中心に指示を出していく。僕はその後ろから見守るだけ。そう、取っ掛かりさえ掴めれば、後は繋いでいくだけなんだ。

 うん。大丈夫そうだな。ここまで来れば。僕は楽させてもらおう。




 「お待たせ、陽菜」

「お疲れ様です。大丈夫そうですね」

「うん」


 気がつけば六時を回っていた。大分待たせてしまった。

 乃安はいない。お互い、そのことには触れない。生徒会とかでこういう状況になるのもよくあった。だから珍しいことでも無い。

 暗くなった校内。陽菜が廊下を除いてごくりと息を飲んだ。そういえば、心霊的なの苦手だったな。灯りが着いているのは体育館と職員室と進路指導室くらい。大半の生徒は部活か帰っているから普通の教室に用事は無い。


「図書室とかで待ってれば良かったのに」

「図書室は、六時で鍵を閉められます」

「あぁ、下校時刻」

「そういうことです」


 そして陽菜はそっと腕を絡めてほぼ密着状態に。微かに柔らかな感触と温かさを感じた。


「それに、この時間の教室は、こうなれます」

「そうだね」


 陽菜がちらりとこちらを見上げた。目が合った。

 そっと微笑んだ陽菜が少しだけ背伸びした。僕も少しだけ、腰を曲げた。


「大好きです」

「僕も……大好きだ」


 ようやく僕は、ちゃんと陽菜と抱きしめあえた気がする。縋らずに包み込めた気がする。

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