第146話 答え。

 寒いというより涼しい不思議な雰囲気の中、僕達は答えを待った。

 どうしてか落ち着く。毎日通っている場所だからだろうか、神社の独特な雰囲気に飲むれているからなのか。

 あぁ、迷ってる。この場まで来て。

 一瞬が一時間。一日、一週間、ひと月、一年、に感じられた。


「僕は……」


 いや、これはもう、どうしょうもない、覚悟の話じゃない。僕が決められるかどうか。勇気の話だ。

 逃げそうになる身体を、心を、自分で釘打ち、僕はその場に立ち続ける。


「はぁ、は」


 僕達はみんな怖がっている。この時間に一生が乗っかっているような、そんな幻想のような現実に。現実のような幻想に。

 二人は何も言わない。待ってくれている。


「はぁ」


 いつまでも、待たせていられないな。決めなければ。

 口を開くが、言葉が出てこない。どちらの名前も、出てこない。


「……ごめん。待たせ過ぎてる」

「では、こうしましょう。乃安さん。少し」


 陽菜は乃安に何か耳打ちしている。


「……わかりました」


 乃安が頷くと、神社を駆け出て行ってしまう。


「私たちが移動します。着いたら場所を知らせますので、決めた方に来てください。それを答えとします」

「なっ……」


 唖然とする僕に陽菜はペコリと頭を下げて出て行ってしまう。

 なんとなく拝殿の方に足が向いて、五円玉を入れて二礼二拍一礼。祈るようなことをあまりしないようにしているが、何となくそうした。やはり僕は冷静じゃない。



 しばらくして、メッセージが届いた。


「了解。っと」


 陽菜、どっちもは許さない、ってことか。確実にどちらかを選ぶしかない、僕の逃げ道を潰す状況にしてくれた。

 神社を出た。

 僕は、選んでその場所に行けば良いだけ。ゆっくりと歩く。

 ゆっくりと、分かれた道は、どちらを選んでも後悔するもの。だったら、とことん迷って、言い訳できないようにするに限るから。

 ゆっくりと。


「はは」


 僕の家の前、ここが分かれ道、右に行けば陽菜、左に行けば乃安のいる場所に繋がる道だ。

 膝を突いて、頭を抑えて、そして僕は振り返る。


「……莉々」

「何してんの? ……めっちゃ悩んでる顔してるけど」

「……うん」


 長い黒髪を揺らし、コートも着ずに制服姿で君島莉々が、立っていた。


「本気で悩んでるなら、聞くだけ聞くけど」

「莉々……いや、やめとく。これは多分、僕が自分で考えなきゃだから」

「……そ」


 つまらなさそうに息を吐き、莉々は背を向ける。そして。


「莉々は、そうちゃんにとって、何?」

「えっ?」

「便利な編集屋? 過去の失敗の象徴? 正直に答えてよ」


 即答できなかった。

 友達だと、言いたい。

 莉々は、友達だ、と。


「……そうちゃん?」

「そうだね」


 でも、すぐに思い直した。相手が望む答えを応えようとする癖、いい加減、直さないとな。


「莉々は、友達だ。大切な。僕に忌憚のない言葉をくれる、大切な友達だよ」

「……そっ。ふん」


 莉々は歩き去って行く。僕は立ち上がる。行こう。

 

 

  

 「はい」


 公園のベンチに、その姿を見つけた。ピンと背筋を伸ばし、座っていたその頬に、途中の自販機で買った缶のココアを当てる。


「……よろしいのですね。そういうこと、ということで」

「うん。気がついたら、こっちに向かって歩いてた」

「そうですか。……嬉しいです。とても」


 受け取った缶ココアをキュッと握り、俯いて。その表情はうかがい知れない。耳が少し赤いのは寒さ故か。

 理由はいろいろ浮かぶ。一見はご立派な理由。でも、そのどれもが不十分な正解。結局のところ、僕の心が最後の最後にそっちに向いただけのこと。


「帰る?」

「もう少しだけ、二人でいたいです。なので、隣に座ってもらっても良いですか?」

「うん。……陽菜が、そうしたいなら」


 隣に腰掛けると、陽菜は僕との間にあった拳一つ分の隙間、それを埋めるように一つズれた。


「相馬君」

「ん?」

「よろしかったのですか? 私で」

「ずっと、これからも、傍にいて欲しいと思ったんだ。それに、僕からも聞きたいよ。陽菜は、僕で良いのか?」

「相馬君が良いです。理由を聞いたら明日になるので聞くのはおすすめしませんが」

「小分けにしてゆっくり聞くよ」

「確かに、そうですね。時間は、ありますからね」

 

  


  家に帰ってしばらく。乃安が帰って来た。


「ただいま戻りました! 夕飯の支度をしますね」


 いつも通りの声、いつも通りの表情。いつも通りの味。いつも通りの会話。何て言えば良いかわからなかった僕たちに、乃安の方から、この件は終わりですと。少しだけ変わった日常に、帰りましょうと、乃安は言ったのだ。




 夜、相馬君が眠ったのを確認して、部屋に戻ると、乃安さんがいた。


「どうかしましたか?」


 窓の方に身体を向け、乃安さんは振り向こうとしない。迷ったけど、ここは焦らず、待つことにする。

 明日の学校に備えた準備の確認をし、スマホに届いたメッセージの返信を済ませたところで、乃安さんはゆっくりと振り返り。


「陽菜先輩、おめでとうございます」


 と。

 ……私は目を逸らした。

 隠せてないですよ、乃安さん。

 でも、それを指摘することはできない。


「まぁ、勝ち負けでは無いんですけど。でも、めでたい事ですから」


 何を言っても、ダメな気がして、口を開けなかった。


「それだけです。大丈夫ですよ、出て行ったりしません。ちゃんと、いつも通りですから」

「乃安さん……」


 わからなかった。どうしたら良いか。


「先輩、多分、これが恋なんですよ」

「えっ?」

「今先輩は、自分が何を言っても勝者の皮肉にしかならない、と思っていますよね?」

「……そうですね」


 乃安さんはあっさりと、私の中のもやもやとしたものを看破して、言葉にしてくれた。


「言ったじゃないですか、勝ち負けじゃないって。相馬先輩と陽菜先輩の関係が変わって、相馬先輩に対して少し控えめにならなきゃいけないですけど、それだけ。私と陽菜先輩の関係が変わるわけじゃない。これでいがみ合って、仲違いなんて、私は嫌ですから」

「乃安さん……」

「だから陽菜先輩、私を抱きしめて慰めてください」

「……はい!」


 私の中で陽菜先輩は尊敬する先輩だし、相馬先輩は大好きな先輩だ。

 変わらない。私の中で大事なことは、何も変わっていない。

 それに、欲張りなあの人だ、私を一人にしない。という約束も、律儀に守ろうとするんだ。

 ……いい加減、身の振り方、考えないとなぁ。

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