第145話 答えを出すために。

 週明けの空は灰色だった。冬は空が雲に覆われている時間の方が多い気がするが、まぁ、それは良いんだ。


「なぁ、陽菜。乃安」

「はい」

「何でしょう?」

「今日の放課後で、良いな?」

「はい」

「お願いします」


 だが、僕の中で明確に答えが決まっているわけではない。

 今日一日、考えよう。ちゃんと。だって僕は、二人とちゃんと時間を過ごしたのだから。



 「今日だよね、相馬くん」

「うん。今日、僕は決める」

「頑張れ」

「うん」

「んあ? 何を決めるって?」

「あぁ京介。ちょっとね」


 説明ししなければいけない気がするけど、改めて口に出そうとすると少し気恥ずかしくなるな。


「んだよ。言う気が起きたら言えよ」


 と言ってくれる。気が良い奴だ、本当。


「ま、がんばんな」

「うん」


 二人との思い出を振り返っていこう。陽菜と出会った時、僕は正直、仲良くなれるか不安だった。でも、少しずつ、少しずつ、見せてくれる表情は増えていって。

 端正な顔立ちは設計して作り上げたと言われても頷いてしまうくらいだ。頼めば何でもこなしてくれる。頼りになる女の子。でも、握った手は小さくて、抱きしめた身体は細くて、力加減を間違えれば壊れてしまいそうで。だから大事に、何よりも大事に、僕は。



 乃安との出会いは、多分、今までの人生で五指に入るくらいにはピンチだったと思う。未だにどうしてあんな無謀なことをしたのかわからないし、上手く言ったことは今でも奇跡だと思うし、呆れはしても、後悔はない。助けてくれた乃安には未だに感謝してる。感謝してもしきれない。

 乃安、モテてるんだろうなぁ。

 可愛いと美人が同居してる。すまし顔は話しかけるのを躊躇うくらいだが、一度笑えば可憐な花が咲いたかのような、少女の一面が見える。

 自分の見た目を自覚していて、それを利用してくる部分も、後ででも可愛らしいなとか思えてしまうくらいで。何と言うか、手強い後輩だと思う。そんな彼女に、僕は。

 授業中もボーっと考えてしまう。


「日暮先輩」

「あっ、東郷さん。ごめん、今行く」


 色紙が届いたから、各クラスの委員に配って書いてもらわなければならない、しばらくは集まらずにこんな感じで伝言しに行く形になる。


「先輩、ボーっとしてますね。気が抜けてますね」

「ごめん、ちょっと考え事があってね」

「そうですか。しかし、気が抜けるのはよろしくないです」

「そうだね。気をつける」

「あと、出し物班から、立候補が予想以上に集まったと報告が」

「そうだね、じゃあ、多分部活単位だよね、なら出し物を映像で提出してもらって、そうだな……三分に収まらなささそうな部には顧問を通して内容を詰めるように指示出してもらって良い?」


 顧問を通せばスムーズに揉めることなく話も通るはずだ。


「わかりました……ふふっ、それでこそ先輩です」

「えっ?」

「私の中で先輩は、淡々と素早く正確な判断をポンポンくれる、頼りになる人なんですよ」

「そ、そっか」

「私の尊敬する先輩でいて欲しいです」

「……うん」


 それが、そうだな。先輩としての責任って奴か。


「善処する」

「はい」


 陽菜も、乃安も、僕に対してそうしてきたんだ。ちゃんとメイドでもあった。気持

ちを伝えてくれ後も、メイドだった。

 昼休みが終わった。

 ちゃんと決断を下す。それが二人に対してできる誠意であり礼儀だ。

 午後の授業が終わった。今日は何もない。帰るだけだ。


「相馬くん、ファイト!」


 夏樹にポンと背中を叩かれ、僕は立ち上がる。


「うん」


 二人には、既に待ち合わせ場所を伝えてある。自宅で言うのは違う気がしたというか、僕がどっちを選んだとして、その後多分、気まずい時間が流れるだろうし。


「はぁ。よし」


 行こう。学校を出る。陽菜も乃安も、既に学校を出ていた。それぞれ心の準備が必要なんだろう。

 



 コンビニで買ったコーヒー。カップを買ってマシンにセット。


「はぁ」


 相馬君のくれた気づかい。心の準備が欲しいのはお互い様。


「はぁ」


 温かいコーヒーで手と身体を温めながら歩き出す。

 最近のコンビニのコーヒーも馬鹿にできませんね。むしろかなり美味しい。これがワンコインで買えるとは、恐ろしい世の中です。

 乃安さんも今頃どこかで心の準備を整えながら目的地に向かっているところでしょう。三人がそれぞれ違う道で目的に向かう。

 相馬君は私たちに、今日は各々帰ろうと提案した。それだけで私たちはその意図を察した。家で言われるより気が楽だから、私たちは頷いた。

 電車に乗って二駅。二車両向こうに乃安さんが見えて、そのさらに向こうには相馬君が見えた。多分向こうも気づいているけど気づかない振り。

 



 電車を降りて、陽菜先輩が改札からさっさと出て行ったのを見て、駅前のコンビニに滑り込む。別に食べたいものも飲みたいものも無い。私には全て同じだ。

 だから何となく雑誌コーナーを物色する。週刊誌は興味ない、少年誌は単行本化した面白そうなものをたまに買って読むくらい。ファッション誌は拍子を眺めるくらい。……うーん。

 陽菜先輩が駅からどんどん離れてく。相馬先輩もぶらぶらと景色を眺めながら歩いていくのを確認して、私もコンビニに出た。顔を合わせたら否が応でも言葉を交わさなければいけなくなる。それはもう少し後にしたかった。




 歩いていく。そろそろ目的地だ。目的地は家にほど近い、僕はほぼ毎日通っている場所。

 僕は、そこで一度自分を見直したんだ。

 候補はいくつかあった。けれど結局選んだのは、僕が一度、自分に負けを認めた場所だから。


「やぁ、陽菜。早いね」


 僕の声に陽菜は振り返りる。短い髪がふわりと揺れた。


「お疲れ様です。相馬君」

「お待たせしました。先輩方」


 続いて乃安が来た。人懐っこい笑みが眩しかった。

 二人は何かの合図をしたわけでも無い、だけど、僕の目の前に並んだ。正面から注がれる二人の視線を、真っ直ぐに受け止める。

 ここで付けるのは一つの区切り。


「始めよう」


 その宣言に二人は頷く。

 グッと手を握る。決めなければいけない。いつまでも決断を先延ばしにできない、何度も自分に言い聞かせて来たことを改めて。

 今日をいつまでも今日にできない、明日に転がさなければいけない。僕は今までそれをしなかった。だからこうして色んな人に手伝ってもらってようやく、この機会を得たんだ。

 唇を噛んで僕から目を逸らすまいと堪える陽菜。歯を食いしばり目を閉じないように堪えている乃安。そうだ、二人だって怖いんだ。背中を押してくれた二人だって怖いんだ。僕ばかり、逃げられない。


「じゃあ……えっと」


 僕が、選ぶのは……。

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