幕間 メイド派出所の正月

 派出所の年越しの準備は忙しい。クリスマスの片づけを終わらせてすぐに、全員がいくつかの部屋に別れて座る。

 目の前にははがきの束と色鉛筆。そして筆ペン。

 メイド長の出すはがきを絵ハガキに仕立て上げ、そして宛名書きをするのだ。さらに簡単な挨拶も。全員でするから一人頭の数が少ないのだけが幸いだ。

 さらさらと鏡餅と今年の干支の動物を書く。もう一枚には富士山と二羽の鷹。あと三つの茄子と干支の動物。


「乃安、絵、上手いな」

「あはは、陽菜お姉さまのおかげです。結城先輩はどんなの書きました?」

「あぁ、メイド長がお前は書くなだと。だから郵便局までの運搬があたしの仕事」


 そういえば、結城先輩は字が芸術的と言うかなんというかって感じだったような。


「まぁ、体を動かすのは私の得意なところ。車でもバイクでも何でもござれさ」


 しかし疲れてきた。一定のクオリティを保ちながらも、違うデザインを考え続けるのは手よりも頭が疲れる。思わず欠伸が出てしまう。


「ふぁぁぁ」


 残りの三枚にもさらさらと簡単な絵を描いて提出用の箱に入れて部屋を出る。あとはお雑煮の仕込みをやって今日の私の仕事は終了だ。

 キッチンに入ると。

「お疲れ様です乃安さん。すいません。少し息抜きさせてもらっています」

「陽菜、お姉さま」

 最近会えていなかった一番尊敬している人が餅つき機をじっと、いつも通り何の感情も浮かべずに眺めていた。

 蒸気を高らかと上げて餅が中で躍動する。面白い光景だと思う。そう言えば、切り餅一つでご飯茶碗一杯分。えっと、つまり私が昨日夜食として食べた磯辺焼きはご飯三杯分。恐る恐る自分のお腹に手を伸ばす。


「では、乃安さん、海老の下ごしらえをお願いしてもよろしいですか?」

「は、はい」


 正月に出て来る料理の中で何が好きかと言われれば、お雑煮と磯辺焼き。納豆餅とか黄粉餅も好きだけど、やっぱりお雑煮の方が好きだ。だから私も楽しく作れる。

 包丁を握る私の横で、突きたて熱々のお餅をちぎってラップの上に並べていく。

 陽菜お姉さまの横で、今、私は作業している。

「ご主人様、決まったんですよね」

「はい。乃安さんも登録試験合格を目指して頑張ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」

「さて。味見、どうですか? 乃安さんも」

「いただきます」

 

  鶏肉にごぼう。そしてお餅。今日はお正月前の試し作りで本番は明日。今日はまた別の物を作らなければならない。

 温かい。そして、お餅は良く伸びる。これなら出せそうだ。


「うん、よくできていますね。流石陽菜お姉さまですね」

「ありがとうございます。今日のお蕎麦、乃安さんが担当されるのですよね。楽しみにしています」

「き、緊張しますね。がんばります」





 さぁ、てと。麺は準備されている。今日は仕事が終わったら全員に自由時間が与えられた。去年はお姉さまが、今年は私が。年越しそばの準備をする。


「さーて、始めましょう」


 年越しに蕎麦を食べる理由、諸説はある。細く長くだとかそんな。ただ私が知っている中でも、一番推したいのは蕎麦は江戸時代のファストフードであり、借金は年が変わると返さなくてよくなる。故に、借金取りから逃げ回る時、すぐに食べられる料理として食べられていたというものだ。

 温かい蕎麦の上にエビ天を二本。長寿のシンボルだとか。


「よし、できた」


 人数分の年越しそば。


「できましたー」


 みんなが集まれる談話室。そこではなにやら戦争が起きていた。


「ここは、紅白を」

「いいえ、二十四時を」


 リモコンを中心とした争い。チャンネル闘争はこの時期はお約束だろう。


「あのー。お蕎麦食べませんか?」

「食べる。けれど、私はお風呂入る前に見なきゃいけないの。あのステージを」

「新年は笑って迎える者でしょう? 真城先輩」


 あぁ、結城先輩と東雲先輩が、敵同士だなんて。

 普通に取り合うだけなら結城先輩に軍配が上がる。でも、そうはならないのがこの二人。どうしてか手が出る前に決着がつくのだ、

 天ぷらのサクサク感が無くなる前に食べる。あっ、やっぱり良い素材使うと美味しい。エビもプリプリしてて良い。

 蕎麦の香りがふわっと鼻をくすぐる。我ながらよくできたなぁ。

 気がつけばテレビの中では芸人達が笑いの戦いを繰り広げていた。特徴的なBGMと共に罰ゲームを受けるその様子はもはや大晦日の恒例とも言えるだろう。

 談話室の中心はリモコンからこたつに戻る。あっ、これは人が駄目になる奴だ。ぬくぬく。

 



 夢を見た。お姉さまと二人、黙々と包丁を振るう。


「乃安さん、こうですよ、あっ、手、危ないです」


 居残りで練習する私の横、手本を示しながら私に教えてくれる。


「ほら、こうすれば、綺麗に。後は尻尾を切ってください」

「はい」


 その後、どうにか完成したエビの天ぷらを二人で食べた。夜中に少し重いかなと思ったけど、それよりも頑張った成果を確認できた、それが嬉しかった。



「乃安、ほら起きろ」

「うん? はい?」

「年ならとっくに越したぞ」

「へ? あれ? 私炬燵で?」

「おう、寝てたぞ。全く、人を駄目にするなぁこいつは」


 炬燵の机に腰を掛け、私を見下ろす結城先輩。大きく欠伸。明日はおせちとお雑煮。お汁粉も食べたいから明日作ろう。


「お餅食べたい」

「食べるのは結構だが、ほっぺぷにぷにだな」

「へ?」


 つままれる頬は餅のように柔らかいのか、むにむにと遊ばれる。


「明日から少し運動だな? 肥えた分減らしたいだろ」

「……はい」


 大きく伸びをして、外に出る。遠くから除夜の鐘が聞こえる。ゴーンゴーンと、深みのある音。あれ、楽しそうだなと思う。全力で振るってみたい。

 代わりに手のひら大の雪の球を思いっきり空に投げる。寒空を切り裂くように飛び上がり、そして落ちて来る。パンと音を立てて雪球は砕け散る。


「あっ、でも胸に付くなら減らさなくて良いかも」

「お前な。いや、まだ希望がある年齢なのか。うーむ。あたしはそれくらいで成長止まったからなぁ」

「またまた、成長はひとそれぞれですよ。現に私、背が伸びました」

「そうか、楽しみにしてる」

 





 四月の初め、陽菜先輩が派出所の玄関で色んな人に挨拶されている。

「お前は行かないのか?」

 結城先輩にポンと肩を叩かれ振り返る。

「もっと成長してから会いたいです」

 この前のは、不意打ちだ。

「そうか。悠長だな。達人になるまで戦場に出るのを待つ兵士はいないぞ」

 俯いた。この間、私の横で雑煮を作る手際、凄かった。迷いを一切感じさせない手さばき。素晴らしかった。

「挨拶くらい、して来いよ。お前が会いたくなくても、向こうは寂しいと思うかもしれないだろ」

「……そうですね」

 階段を駆け下りる。 

 伝統で、派出所から巣立つ時は徒歩で出て行く。そして駅まで行く。

 玄関ホールを駆け抜け、扉を蹴り空ける勢いで。門の前、陽菜先輩は最後に建物を見上げていた。

「陽菜先輩!」

「乃安さん?」

「すぐに、会いに行きますから、絶対に、追いつきますから!」

「! ……はい、待ってます」

 


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