守りたいのは小さな世界

第83話 メイドと探す戦友の行方。

 夏休みに入った。

 終業式まで、京介は現れなかった。先生に確認したところ、無断欠席らしい。

 僕は再び、京介のアパートを訪れるべく夏休み前最後の登校日、帰り道、そのまま京介の家に足を向けた。


「……だめだ、電話出ないな」


 メッセージは送っていた。返信は来ていない。読まれてすらいない。


「やはり、直接赴くしかない、ということでしょう」


 陽菜は淡々とそう言う。今日は二人だ。今日いなかったら明日、夏樹も一緒に行くつもりだ。生徒会の会議をほっぽり出してついて来ようとした夏樹の首根っこを掴んで、乃安と君島さんが生徒会室に連行して行った。


「先輩、きっと大丈夫ですから」


 と、乃安は言っていた。何が大丈夫なのだろう。

 頭の中に引っ掛かっているのは、交流会の最終日、萩野さんの話だ。明日の午後、詳しく話を聞くことになっている。


「はぁ」

「浮かない顔ですね」

「気になるからな」


 引っ掛かってはいても、それはふとした時で。普段過ごす時、頭から抜けている。頭から抜けていることに気づいた時、憂鬱になる。そして同時に思う。僕は、京介がいないことに、慣れ始めていると。

 間違っているかもしれない、正しいかもしれない。ただ一つ言えることは。

 僕は今、とにかく、知ることが必要だということだ。




 「いませんでしたね」

「うん」


 僕が置いていったスポドリとかは無くなっていたけど。呼び鈴を鳴らしても声をかけてもいなかった。

 どうしたものか。いや……。


「陽菜、明日」

「はい」

「申し訳ないんだけど、二人で行ってもらっても、良い? 確かめたいことがあるからさ」

「何をですか?」


 陽菜の目に疑いの感情は無い。純粋な疑問の目だ。そのことが、ありがたい。


「色々。わかったら説明する」

「わかりました」


 そして、あっさりとそう答えてくれる。

 陽菜が優しいのか、信頼してくれているのか。どちらにせよ。


「ありがとう」


 僕は、送り出してもらえた。だから、掴んでこなければ。




 「こんにちは」

「こんにちは。早速ですが、ついてきてください」


 次の日。昼の1時。駅前で萩野さんと待ち合わせ。日陰にひっそりと、影に紛れるように萩野さんは立っていた。

 黒のTシャツに黒のショートパンツ。彼女自身の透き通るような白い、たまご肌と言うのだろうか、それが際立つ。

 僕の姿を認めた彼女はすぐに歩き出す。


「……ここまではちゃんと約束を守っているようで。少し安心しました」

「事態を把握しきれてないのに動くのは、馬鹿だし」

「そうですね。その通りです」


 連れてこられたのは普通の一軒家。素人目で見た評価だから、実は凄い仕掛けがあったりしても驚いたりしないけど。


「どうぞ」

「……萩野さんの家?」

「違いますよ」

「だよね」


 表札には九重とあったから、九重君の家だろ、多分。そこは偽装していないのだろう。


「あれ、結愛さんに九重君。こんにちは」


 隣の家の扉が開いて、買い物バックを携えた久遠さんが出てきた。半袖の白パーカーにジーンズ生地のハーフパンツ。涼し気な恰好だ。

 というか隣、久遠さんの家だったのか。


「買い物ですか?」

「うん」

「奏、荷物持ち。ついて行くよ」


 久遠家の扉が再び開き、のそっと九重君が出てくる。


「あれ、結愛。今日って……」

「忘れ物を取りに来ました」

「そ、そうか。あれ、日暮、こんなところで……」

「日暮さんとはたまたま会いました。すいません、話し込んでしまいましたね」

「う、うん」


 当然の疑問を萩野さんはすかさず封殺する。どうやら、今から話したいことは九重君には隠したいらしい。


「そ、そうか」 


 その勢いに流石の九重君も気圧される。


「あっ、先輩、ついでにあれ買ってきてください。ダッツ」

「なんでさらっとお高めなアイスの代名詞を要求してくるのさ」

「良いじゃないですか。イチゴ味でお願いします」

「はいはい」


 そして二人は炎天下買い物に繰り出していく。涼しくなった夕方にでもすれば良いのにと思うが、まぁ、この時間なら店も空いているだろう。


「さて、入りましょう」


 そう言って当たり前のように鍵を開けて、結愛は中に入っていく。

 中は涼しい。クーラーが効いていた。


「点けっぱなしで久遠さんの家にいたんだ」

「いえ、私が遠隔で操作して勝手に電源入れました」

「そ、そうなんだ」


 そういえば最近のエアコンは、アプリでそういうことできると聞いたことがあるな。萩野さんがなぜ、九重家のエアコンを操作できるのか、ということは置いておいて。


「さて、お話ししましょう。奏さん達が帰ってくる前に」

「うん」


 リビングのテーブルの上、萩野さんはタブレットを広げる。


「端的に現在の状況をお知らせしますと。桐野京介は今、昨日あなた方が訪れたアパートには住んでいません」

「……えっ?」

「より詳しく言うと、現在、この県にはいません。隣県にいます」

「な、なんで?」


 萩野さんがタブレットをスライドすると、そこにはなんだ……防犯カメラの映像らしきものがあった。さらにもう一度スライドすると、今度は鮮明になり、それを拡大してくれる。


「……京介」


 一緒にいる三人の男は、如何にもという風貌、親し気に京介に肩を組んでいる。


「これは駅前ですね。一緒にいる人たちのことを調べたところ、桐野京介と同じ中学の出身でした」

「中学……」


 そういえば言っていた。中学の頃、不良やってたって。


「それから、どこへ」

「私が調べたのはここまでです。これ以上は、文化祭の件を安全に進めるためには不要と判断したので。彼らの狙いは文化祭ではなく、桐野京介自身と判明したので。所謂リベンジって奴ですね。勝ち逃げは許さない。ということでわざわざ追いかけてきました」

「そっか……うん。ありがとう」


 そうだ。ここまで調べて教えてくれただけでも、感謝すべきだ。これ以上を要求するのなんて、欲張りだろ。


「ここからは自分で……」

「悪い癖、出てますよ」

「えっ?」

「都合よく夏休み、今からでもここに行って、足取りを探そうとでも言う気ですか?」

「うん。それしかない……」

「馬鹿言わないでください。約束したじゃないですか。一人でどうにかしようとしないと」 


 やれやれとため息を吐いて肩を竦める。


「借りは返します。私と先輩は結果的に、あなたに一回、命を救われています」

「えっ……?」


 あのショッピングセンターでのことを言っているのであれば。


「むしろ、僕たちが」

「民間人に助けられっぱなしというのは、我々のメンツが保てません。なので、この件の解決に、私と先輩が協力します」

「……えっと……」

「先輩もこのことは知っています。奏さんの前だったので、誤魔化しただけです。巻き込む人数は最小限にしたい。それは我々も同じですから」

「……うん」


 正直、ここまでの手腕を見ていると、この二人の協力があれば、確実に京介の居場所が掴める。そうだ、それすら掴めなければ、僕は京介をどうするか、その選択肢すら得られない。今のままだと、それこそ。

 桐野京介を忘れて、いつも通りに生きる。

 それしか、許されない。


「お願いします」

「はい。明日までには、残りの足取りを掴んでおきます」


 彼女はそう言って、背を向けた。帰って良い。そういうことだろう。

 だけど次の瞬間。


「待ってください。緊急事態です」


 そんな鋭い声が、背中に投げつけられる。それと同時に、スマホが震える。電話。陽菜からだ。反射的に出てしまう。


『相馬君っ! ……すいません。すぅ、はぁ』


 思わずスマホから耳を離してしまうような声。明らかに緊急事態で。

 陽菜にしては声が嗚咽交じりで、震えていて。明らかに平常じゃなくて。それを落ち着けようと、深呼吸が聞こえて。でも、それでも。嗚咽は止まらなくて。


「夏樹さんが、誘拐されました」


 トンと肩を叩かれる感触。差し出されたタブレットに映っていたのは、また監視カメラの映像で。京介が住んでいたアパートから見える道路での出来事で。

 三人組が陽菜と夏樹を囲んでいて、陽菜がどうにか抵抗するが、夏樹が羽交い絞めにされて。

 陽菜を攫うのは手間だと判断したのか、夏樹だけ車に放り込んで、走り去る姿で。


「先輩、緊急事態です。すぐに戻れますか? はい、誘拐です。はい、お願いします。車の情報をそちらに転送、Nシステムにはアクセス済みなので、随時情報は更新します。バイク取りに来てください」


 萩野さんは冷静に誰かに連絡していて。

 僕は。僕はここで、何をしている。


「どこに行く気ですか。冷静になってください。すぐに足取りを掴んで追跡体勢を整えます。事情は変わりました。申し訳ありませんが、もう一般人に出る枠はありません。彼らは重大犯罪に手を染めました。ここからは、私たちの仕事です」

「でもっ……」


 これには、京介が関わっているかも、しれないんだろ。


「そうですか。では、私たちだけで。はい、先輩が間もなく追跡を開始。私もすぐに追います。……了解。日暮さん。また事情が変わりました。時に、車の運転とか、できますか?」

「えっ?」

 

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