第82話 メイドと交流の終わり。それから。
二日目も順調だ。やはり見目麗しい女性陣が揃ってるからだろう。男性客を中心に盛況だ。
「九重君の言う通りだね。僕らいなきゃ余計なトラブルが起きるところだ」
「あぁ。奏と布良さんが二人だけという状況は絶対に作るな」
「了解」
一瞬険しい表情を見せるのは、こちらを遠巻きに見ている男性陣がそこそこいるからだろう。
「ったく。誰だよ。あんなの呼んだの」
「ははっ。そういえば招待制だったね、ここの文化祭」
「あぁ。本当、何のための招待制だっての」
やれやれと九重君は肩を竦める。
「警備の基本は抑止力だ。何もする気を起こさせるな」
「うん」
しかしながら、結構楽しかったな。
なんとなく見上げた体育館の天井。ボールがいくつか挟まってるのが見える。
パイプ椅子に座って、一瞬の混雑を裁ききった後のことだ。在庫にも底が見えてきて、さっき久遠さんが生徒会の記念品分を先んじて取り分けて置く程度には、ちょっとだけ繁盛していた。
「なーにたそがれてるの?」
「なんでもないよ。ただ、参加して良かったなって」
「ふふん。相馬くんがこういうの気に入ったのなら、それこそ、生徒会に参加しても良いんだよ?」
一瞬言葉に詰まったのは迷ったから。悪くない、なんて一瞬、思ったんだ。
「生徒会か……」
「私が会長になったらそうだねぇ……午後の授業の一コマ目の後にお昼寝制度を設けたいな」
「勝手に取るから良いよ」
「授業中に寝るんじゃありません」
「でも、生徒会は、考えとく」
「うん。良い返事、期待してる」
あと一時間もすれば、このイベントも終わる。祭りが終わる気配はいつだって、どこか虚しい。誤魔化すように、埋めるように、盛り上がりはクライマックスに至るんだ。少しでも、少しでも、寒さと寂しさの匂いが、薄まるように。
ステージイベントも、カラオケ大会の決勝をやっていた。上手いもんだ。
「また、たそがれてる」
「まぁ、暇だからなぁ」
トラブルらしいトラブルも無い。
極端に混んでいるわけでも無い。
この時間になれば一般の人も帰ってく人の方が多い。この学校の生徒の方が割合、より目立つようになる。
そしてすぐに、閉会十五分前を告げる放送が鳴る。僕たちは閉会式までは参加しない。だから少し早めに僕たちは体育館から出て、生徒会室で待たせてもらう。
さっさと制服に着替えた僕は、女性陣より少し早く着いてしまった。
「? あれ、なんで萩野さん」
壁際に置かれたソファーに、萩野さんは座っていた。僕たちが来るのを見ると、少し困ったように眉を顰める。
「閉会式は?」
「面倒なので」
「記念撮影とかあるよ」
「興味は無いですね。いなくても気づかれませんし」
言葉とは裏腹に、優し気な雰囲気が声に混ざっている。萩野さんの目線は下で、手が柔らかく動いている。何かと思えば、九重君が眠っていた。
「最近、忙しかったので。疲れたのですよ」
「そっか」
「もうすぐ、夏休みですね」
「うん」
「日暮さん」
「ん?」
「我々は、今回の行事に当たって、日暮さんの周辺はそこそこ徹底して調べさせてもらいました」
「そうらしいね」
萩野さんが手招きしている。九重君が膝の上で眠ってるから、動きたくないということだろう。従う。
「これを」
そう言ってメモ帳のページを一枚破って差し出してくる。
「……これは?」
「あなたがもし、必要になったら。これは私のメイン端末のタブレットに直接送れるメールアドレスです。折角の知り合いで、恐らく、秋のそちらの学校の文化祭でお世話になるであろう相手に、何かあるのは、寝覚めが悪いので」
「……はぁ」
「近々、あなたが命知らずの行動を取ると予想されますので」
無感情な瞳だ。ただ、出会った頃の陽菜とは違う。瞳の奥の冷たさは、鋭利なナイフを思わせる。
「僕の周りで、なにが起きているんだ?」
「桐野京介」
萩野さんが口にしたのは、僕の友達の名前。
なんでここで、彼の名前が……。
「彼は、抗争に巻き込まれました……という言い方は相応しくありませんね。彼一人が一人で一つの勢力に数えられていますから。……他の方もいらっしゃいましたか。興味がありましたらご連絡ください。話してしまった以上、一人でどうにかしようとするのだけは……あのショッピングセンターでの出来事のような真似はしないでください」
「うん。わかっている」
「本当にですよ。それで何かあったら、私の責任問題にもなりますので」
「……大変だね」
「大変とは思っていませんが、あなたは今、私の分の責任を背負った。それだけです。自覚を持った行動をお願いします」
足音が近づいてくるにつれて、萩野さんの口調が早くなる。慌てて頷く。
「わかった」
「約束、してください」
「うん。約束する」
そのタイミングで扉が開いた。
「お待たせしました」
「先輩、お待たせです……あれ、九重先輩と萩野先輩、サボりですか?」
「はい。サボりです」
「人聞きが悪い。ただ寝てるだけだ」
「それをサボりと言います」
なんて言いながら、萩野さんはそっと、起き上がろうとする九重君の頭を抑え、髪を梳くように撫でた。
「結愛」
「はい」
「起きて良いか?」
「もう良いのですか?」
「そもそも俺は、結愛の膝を占領した覚えが無い」
「欲しがっているように見えたので」
冗談の無いやり取り。お互いがお互いをわかっているからこそ繰り出せる言葉。
少なくとも今思えるのは。
萩野結愛という人は信用に値する人物で、彼女が僕に伝えたことは、事実である前提で考えるべきことだと。
ちらりと萩野さんは僕を見て、瞬きを二つ。僕は一つ頷いて。彼女から受け取ったメモ紙が入ったポケットを抑えた。
文化祭の片づけを早々に終えて、打ち上げをしようなんて話は面白いことに、誰の口からも出なかった。みんなそこそこ疲れているのだろう。接客とか得意そうな人たちではなかった。
だからまぁ、何気なく僕は。
「二人とも、今日はデリバリーでも取る?」
なんて提案をした。
「……えっ?」
底冷えするような、夏の筈なのに、身体の内側から凍えそうな声が聞こえた。
思わず振り返る。声の主は乃安で、隣に立つ陽菜も、感情という感情がすとんと抜け落ちたかのように消えていた。
「どうした?」
「……先輩は、私の作るご飯に、何かご不満がありますか?」
「そうだとして相馬君、なぜ私の方にお声がけいただけないのですか?」
「えっ、あっ、いや……その……今日、疲れたでしょ。だからその。というか、乃安が来た時ファミレス行ったじゃん」
「あれは、同年代の友達と打ち上げに行くなら、という背景設定がありました。しかし、今回は……」
早口でまくし立てるが、どんどん、陽菜の声はトーンを落としていく。
「わかった。わかった。落ち着け陽菜。僕は陽菜の作る料理も乃安が作る料理も大好きだ。よし分かった乃安。今日は唐揚げが食べたいっ! あと、陽菜。だし巻き卵と茶碗蒸し食べたい」
「お任せあれっ!」
「お任せを」
改めて学ぶ。メイドから仕事を取り上げてはいけないと。
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