第79話 メイドと販売方法。
「ありがとうございます。わざわざ案内とは」
「気にしなくて良い。俺も暇だし」
シフトが終わって私は九重君にそのまま文化祭を案内してもらうことにした。相馬君は今頃、夏樹さんとシフトですね。
「良かったのか?」
「何がですか?」
「いや、俺で。今から奏か志保か結愛か、呼ぼうか?」
「お三方はそれぞれ生徒会かクラスか、どちらかに今いらっしゃいますよね。悪いですよ」
「そう、か」
少し戸惑ったように頬を掻いた。
賑わいから少し外れたところ。お互い、人混みが苦手みたいだ。
「知らない場所で一人というのも心細いですし」
「意外だな」
「何がですか?」
「そういうの、平気だと思っていた」
ぼやくような言葉に、思わず目を伏せた。
「平気な人なんていませんよ。強がっているか、頑丈か。孤独は人の心にダメージを与えるのは違いありません」
「……そうだな。そうだったよ」
その声には実感があった。誰かに、ありがとうを伝えているような、そんな実感。
「何か食うか?」
「そうですね……。九重君のクラスはどちらですか?」
「体育館。戻ることになるぞ」
「では、戻りましょう。お手数をかけます」
くるりと反転。活気の中心に足を向ける。
「はいよ」
「何を売っているのですか? クラスでは」
「シューアイス」
「良いですね」
その時だった。私は確かに、感じた。相馬君が呼んでいるのを。
「相馬君が、呼んでいるっ!」
そうなれば優先順位に従うのみ。あらゆる万難を排してでも駆けつけるべし。
「えっ、あっ、えっ? どこにっ!」
九重君を置き去りにして、私は走り出した。
「……はぐれた」
夏樹とさっきまで一緒にいた筈なんだが、いつの間にかいなくなっていた。夏樹なら人混みに流されても違和感は無いが。
一応スマホに連絡を入れておく。
「さて……」
そういえばここはどこだろう。少し休みたくなって人混み外に行きたかったのだが。
「……迷ったか」
いや、来た道を戻れば良いだけなのだが、人混みを戻るには少し休んでからにしたい。だったらそれを避けた道を、と思うが……だめだ、わからない。準備で何回か来ているが、道の特徴が見えないぞ。
「あれ、日暮君。こんにちは」
「えっと、朝倉さんと久遠さん」
階段の下から、段ボールを抱えて昇ってくる二人の女の子。最近よく見る顔と会えた。
「んー。やはは。暇?」
「まぁ、少し道に迷ってね……」
「んー。手伝ってくれるなら、ご案内いたしますよ?」
悪戯っぽく笑って、朝倉さんはポンポンと自分の持つ段ボールを叩く。
「荷物持ちね」
「ふふっ。下にもう一箱あるから。お願いして良い?」
「了解」
「助かったよ、ありがとう」
「いえいえこちらこそ。荷物持ってもらっちゃって」
体育館は相変わらずの賑わい。このクラスも結構繁盛しているようだ。
ちらりと時計を見る。そろそろ次のシフトか。今は萩野さんと乃安だったな。仲良くやっているだろうか。
「普段はあまり迷わないんだけど、人が多いと道の特徴忘れちゃうなぁ」
「やはは。ちょっと迷路みたいだよねぇ。じゃあ、シフト頑張ってねぇ、奏ちゃんと」
「うん、また後で」
そんなわけで、久遠さんと僕たちのブースへ。そして見たのは……午前中と変わらず、動かない在庫。閑古鳥が鳴いていた。そこだけまるでぽっかりと穴が空いてしまっているような光景。
「……久遠さん」
「んー? んん?」
久遠さんも首を傾げて目の前の現実が理解できないようで。
「困ったなぁ。文化祭は赤字覚悟とはいえ……」
どうする。これでは駄目だ。……どうにかしなければ。……いや、方法は浮かんでいる。問題点も。
売れない商品は高校生の身から考えるに、売れない原因は突き詰めれば買いたくなる魅力が無いという部分に帰結する。
では現状。最低限売りたいのはTシャツだ。これだけは捌きたい。持ち帰るのめんどくさいし、持ち帰った後処分に困る。
じゃあ、Tシャツを売るには……そこはプロを参考にしよう。でも、これを実行するには、僕の力だけでは足りない。
「陽菜」
無意識に、一番頼りたい人の名前を呼んだ。どうにかしてくれる。
そんな期待を込められる人だ。
「はい、ここに」
なんて聞き慣れた声が耳に届いた。……近くにいたんだ。
「相馬君が呼んでる、とか言って急に走り出したと思ったら、まじかよ……」
陽菜に続いて九重君が来る。一緒にいたんだ。というか、それが本当なら、陽菜にはレーダーでも付いているのか……?
いや、とりあえず。思いついた案を陽菜に相談しなければ。
「ここからのシフト、このTシャツを使って、良い感じの着こなしで売り子したいんだけど」
「……なるほど。かしこまりました。お任せを」
陽菜はそう言ってTシャツを一枚手に取り、体育館を駆け出ていく。
「じゃあ、僕らは僕らの仕事だ」
信じて待つ。そして最低限。店は守ろう。
「それじゃあ、久遠さん。よろしくお願いします」
「う、うん」
陽菜を信じろ。僕が最近学んだことだろ。誰かを信じる。誰かに頼る。僕は一人じゃない。
隣にいる人を、信じる。
「先輩、成長しましたね」
両肩に置かれた手、ちょっとした重み。顔を上げると乃安が覗き込むように僕を見ていた。
「それでは先輩、私は陽菜先輩のサポートに行きます」
「うん。お願い」
僕は恵まれている。それを、実感する。
思えば、久遠さんと二人でいるのは初めてかもしれない。
「……あの、さ」
控えめな声に、思わず顔を向けた。
「ん?」
「あの時……あの、一緒に買い物行った時。その……ありがとうございました」
あの時……僕があの二人を連れ戻そうと店の中に戻った時のことだろう。
「えっと……」
でも僕は、お礼を言われるようなことをしていない。
「僕は、何もしてないよ」
「それは、君がそう思っているだけだよ」
「久遠さん?」
「あの時私は何もできなかった。君は、走り出せた。それは大きな違い」
優しく包み込んでくるような声で、久遠さんは真っ直ぐに僕を見て。そっと微笑んだ。
「だから、ありがとう。君は、私の不安を取り除くために、走ってくれた。私はそう感じた。だから、ありがとう。ごめんね、今更」
「……いや、こちらこそ。素直に受け取るべきだった」
「わかってくれたのなら良いよ」
僕のやったことは無駄では無くて、一人の人に取っては、ありがとうと言えることで。お腹の辺りにあった重りが、少しだけ軽くなった。そんな気がした。
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