第78話 メイドと他校の文化祭初日。

 文化祭の前日になった。

 せっせと長机を運んで並べている間に、女性陣が看板を作っていく。


「力仕事は男手の見せ場って奴だね」

「そうだな」


 そう言いながら九重君は長机を両手に二つずつ持って歩いてくる。両肩にはパイプを二つずつ。

 机机椅子椅子椅子椅子机机。凄いな……。基礎的な筋力から違うのか。これ。


「よいしょ」


 なんて、少し重そうにしながらも、安定感が凄い。机を一気に二つ掴むとか、どんな握力しているんだよ。


「……僕ももう少し筋トレガチになるか」

「日暮は技に頼る傾向があるように見える。筋力とバネを強化すれば、決めても増える。技の威力や出の速さも磨かれる……奏、配置どうすれば良い?」

「えーっと、ここまでが生徒会のスペースで。ここからうちの生徒会の店だから……、うん、ここを境目に机二つ並べて、後ろに在庫置き場用の机並べてもらって良い?」

「わかった」


 そして淡々と仕事をこなしていく。一見冷たそうに見えて、不愛想に見えて、でも、久遠さんが強い信頼を寄せているのが見える。


「手が止まってるぞ」

「あぁ、ごめん」

「……少し休むか」


 唐突に、無感情な声を少し緩ませて、九重君はそう言った。


「コーヒーは好きか?」

「嫌いじゃないよ」


 陽菜と乃安といると、紅茶を飲む機会が多いだけで、コーヒーもむしろ好きな部類だ。


「奏、少し外の空気吸ってくる」

「うん。いってらっしゃーい」


 久遠さんのお許しを受けて男二人、九重君の案内で自販機へ。ポンと投げ渡された缶コーヒーのブラック。お金を返そうとするが手で制される。


「気にするな」

「お金のことはしっかりしておきたいな」

「俺と結愛の事情、触れないでいてくれることに対する感謝を少し返したい」

「当然でしょうよ」


 傾けた缶からスッキリとした苦みが流れ込んでくる。


「ところで、どうして急に休憩?」

「頭をすっきりとさせたかっただけだ」

「悩みでもあるの?」

「生きてる限り悩みなんて尽きねーよ」


 そう言いながら缶をクイっと傾け、あっという間に飲み終わったようでゴミ箱に突っ込む。味わうってことしないのか。

 悩み、か。悩んでばかりの僕だ。悩みは尽きない。確かにその通りだ。でも。


「そうだね。そして意外と、自分の思うようにやると、上手くいったりする」


 解決方法の中で何を選ぶかなのだ。結局。だったら後悔が少ないのは、自分の意思で選んだ選択肢だろう。


「……そうだな。責任も、自分で負える」

「思ったよりもネガティブな返答だった。いや、気持ちはわかるけどさ」


 うん。気持ちはわかる。

 ただ。でも。


「君は一人じゃない」

「そうだな。また忘れそうになってたよ……そろそろ十分だな。戻るか」

「うん」


 僕も、一人じゃない。忘れてはけない。

 

 

 四人での帰り道。

 随分と騒々しいバイクの音が聞こえた。バイクの群れはそのまま僕たちを追い越していく。その後ろからサイレンの音。バイクの集団を追いかけていった。


「初めて見たよ、あぁいうの」

「ですね」


 中学生の自転車の集団とすれ違いながら、あっという間の珍しい光景に何となく興味の先が向いた。

 歩いていく。電車の時間までまだ少しある。ふと思い立って、駅前のスーパーに入った。


「何を買うのですか?」

「うん。京介が今日、学校休んだじゃん」

「そうですね」

「帰りにちょっとスポドリとかゼリーとか置いて行こうかなって。学校の近くでしょ、確か」

「そうだね」


 それから、四人で電車に乗った。


「あれ、夏樹、こっちで良いの?」

「うん。用事があるから」


 学校に寄ってから帰るという夏樹と別れ、僕たちは学校の前を通り過ぎる。

 京介の家、年季を感じるアパートだ。


「えっと確か……二階の……203だったかな」


 うん。桐野って書いてある。

 呼び鈴を鳴らした……出ないな。扉を叩く。


「京介―? おーい?」


 出ないな。具合悪いなら出ないのも当然かと思うが。


「どうしようか?」

「扉にかけておいて、メッセージを送っておくのが妥当でしょう」

「そうだね……よし、行こうか」

「はい。乃安さん。何をしているのですか? 行きますよ」

「……はい。行きましょう」

「? 乃安?」

「何でも無いですよ。私の気のせいですから」


 そう言って乃安は小さく笑みを見せて、僕たちを追い抜いて、先導するように歩き出した。

 途中、夏樹と合流した。この時、僕は、乃安のことをもう少し問い詰めるべきだったかもしれない。九重君と萩野さんとの出会いに、さらに強く感謝するべきかもしれない。



 文化祭初日を迎えた。

 何と言うか。他校の文化祭というものは緊張する。


「……知らない匂いだ」

「そうだねー」


 夏樹と二人のシフト。他校者にわざわざ寄り付く奴もいない。暇だ。一日目は生徒のみ、二日目は生徒に招待された人達がそこに加わる。

 つまりはほぼ内輪での祭りというわけで……いや、祭りって本来はそんなものか。学校なのか地域なのかの違いだろう。


「そういえば、さ。相馬くん」

「ん?」

「陽菜ちゃんとどうなの?」


 普段はのほほんとしている夏樹からは考えられないくらい真剣な声に、思わず声のした方を向いた。


「……と、申しますと?」

「頼れる委員長の目は誤魔化せないよ。って」

「そうか」

「陽菜ちゃん、相馬くんと一緒の時はさりげないけど絶対に隣を譲ろうとしないし」

「そう、なのか」

「そりゃもう。縄張りを守る獣の雰囲気を感じたよ」


 気づかなかったけど。そっか。


「陽菜ちゃん、意外と独占欲強いんだろうなぁ」

「どうなんだろ」

「他人事みたいな反応だねぇ。自分のことだよ」

「って言われてもなぁ」


 会話をしながら、夏樹の疑問を認めてしまっている会話。

 ボーっと、人の流れに目を向ける。


「嬉しいんだよね。何と言うか、誰かの、たった一人になれたこと。一時的なのか、ずっとなのか知らないけど。それでも……僕も少し、浮かれているかもしれない」

「相馬くんは、ちょっと浮かれてくるくらいが丁度良いよ。普段が少し、大人しすぎる。幸せになってはいけない人間なんて、いないんだよ。ねっ?」


 派手な恰好をした男子が、ちょくちょく夏樹の方を見て、隣に座る僕を見て、去って行く。まぁ、まともな思考をしてたら、自分の学校の文化祭でナンパやりづらいよな。下手に騒ぎになったら今後の学校生活、詰む可能性あるし。


「閑古鳥鳴いてるねぇ」

「誰だよ、他校の文化祭に出店しようとか言いだした奴」

「実績を作りたいんだってよ。他校との交流を成功させたって」

「得がわからねぇ」


 そう言うと、夏樹はふふんと鼻を鳴らし指を一つ立てる。


「関係は積み重ね。学校同士の関係が良好になれば、例えば気軽に練習試合が申し込みやすくなるとか」

「部活間でやっておいてくれ」

「ボランティア活動も一緒に」

「僕はボランティアは嫌いだ」

「その割に簡単に身体張るよね」

「うっせ」


 まぁ冷静に考えて、例えば、今まで練習試合や交流会の実績が無くても、生徒会担当の先生がパイプを持っているとなれば、話も持って行きやすいだろう。生徒会担当はベテランの先生が任されることが多いらしい。目当ての先生にすぐに繋がるだろう。これは特に、若手の先生が恩恵を感じる、かもしれない。教師間の事情なんて想像の域を出ない。

 でなくても生徒会単体でもメリットはある。何か大きな企画をやる時、声をかけやすい。地域を巻き込んでやるイベントとかで、人でがどう考えても足りない時とか。


「まぁ、良いや。別に後悔してない」


 むしろ、得るものが多いイベントだった。


「こら、なにもう終わり、みたいな顔してるのさ」

「へいへい」

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