第73話 メイド本気でお怒り。

 周囲を警戒しながら、さっきまでいた場所に戻る。うん。良かった。移動していなかった。


「まぁ、俺達二人でどうにかなるだろ」

「ですね」


 そんな会話が聞こえた。……羨ましい。僕も、そんな風に、背中を預けてもらえるように。それがたとえ強がりだとしても、そう言って笑い合える。そんな信頼を。

 息を一つ吸って。僕は頭を切り替える。


「じゃあ、僕は右から行くね」


 そう声をかけると、ゆっくりと二人は振り返った。


「……なんでお前がここに居る」

「どう考えても二人じゃ無理でしょ」


 グッと伸びをして手足を解す。さぁ、行こう。

 我がままなのはわかっている。賢くない選択なのはわかっている。只の迷惑なのもわかっている。だけど。


「大丈夫、みんなは警察に保護してもらったから」

「そういう問題じゃない。素人はすっこんでろ、って話だ」

「でも、君たち、行くんでしょ。ここで見捨てたら、僕は、僕じゃない」


 違う。僕は一緒に逃げようとしていた。大人しく。

 そう、僕は、強くなれない。胸を張って誰かの前に立てる。そんな人になれない。僕が目指す僕になれない。僕が憧れる僕に、なれない。


「それに、九重君、強いし。今まで出会った人の中でも、多分トップ……2くらいかな。だから、わりと安心してる」

「はぁ」


 呆れたようなため息。だけど、僕だってここまで来た以上、只では帰れない。

 一瞬萩野さんと目が合った。ゆっくりと眼鏡をはずして、彼女もまた、ため息を一つ。


「……もう良いですか? 日暮さん、正直、自己責任でお願いしますと言えない立場に私たちはいます。なので、危ないと思ったら私たちを盾にしてでも退いてください」

「女の子は盾にしないよ」


 さて、敵の数は残り九、全員二階に集結しているらしい。

 銃声が一つ聞こえた。敵側の威嚇発砲。警察の方でも動いたみたいだ。

 服売り場から吹き抜けで一階を覗ける位置に、男が一人立っていた。店内スピーカーに繋がるマイクを使用している。


『警察の諸君、聞こえるだろうか。既に、我々の同胞が三人、そちらの手に落ちていることを確認した。要求を告げる。我々の要求は四つ。先ほど捕まえた三人の装備を解除することなく、ここに連れてくること。昨日までに捕まえた我々の同胞の解放。今、貴様らの目の前に投げたメモリに記録された場所への飛行機の確保、および操縦士の用意。そして最後、今日ここに来ている筈の朝倉志保を連れてこい。以上だ。従わない場合、我々はこの建物の爆破をもって、人質と共に自決する』


 朝倉さん……? なぜ立てこもり犯が、朝倉さん? いや、今は置いておこう。

 一階に目を向けると、盾を構え防弾チョッキを着た警官がエスカレーターの下に到着する。

 エスカレーターに何かを置き、拡声器を構える。


『そちらに携帯電話を送る、以後の要求はそちらを通してくれ。今、エスカレーターで二階に送っている』


 とりあえず、朝倉さんが奴らの狙いだと言うのなら。グッと拳を握りしめる。

 僕の日常を壊す奴は、許さない。


「おい日暮。攻め込む前にやることがあるだろ」

「……あぁ、爆弾」

「そうだ。それらを処理してからだ、暴れるのは」


 僕に爆弾の知識は無い。だから、二人が処理している間、僕が護衛だ。絶対に守り切って見せる。


「というわけで、行くぞ」

 



 段ボールの大きさから考えるに、全ての柱を破壊する程の量は無い筈。そうなると、効率よく破壊できるところに置かれている筈だ。と。

 要所となる柱を破壊して、後は、建物自体の重さで潰す。と言うのが二人の予想だった。解体工事みたいな手口だな。


「……そうなると、一階にも仕掛けてあるのか」

「そうですね。例えばこの柱に一階、二階、つまり二個仕掛けて完全破壊。といったところだと考えます」


 九重君は迷っている。多分、手分けして探すか、集団行動するか、だろう。

 僕は待つ。今はこの二人を信じて、僕はその手足になるべきだ。


「三人で行動。行くぞ」


 そして、爆弾を一つ、また一つと解除していく。

 一歩足を踏み出すことすら怖い、物陰が怖い。何かが潜んでいるかもしれない。一歩踏み出すことで、その足音で存在を感知されるのが怖い。

 だが、確実に、犯人側の手を潰せている。その実感だけが、呼吸を楽にしてくれる。二十分程度だろうか、体感としては一時間ぶりの会話は、萩野さんからだった。


「室長より連絡。爆弾解除後は速やかに撤退せよ。だ、そうです」

「この状況。俺達の奇襲からの警察突入が最上手だろ」

「朝倉志保の安全が確保されているのなら、警察のメンツを尊重しろ、だそうですよ」

「ちっ」


 九重君が悔し気に息を吐く。朝倉さんは何かしらの要人で、二人が普段護衛しているとかそんなところ、だろうか。

 陽菜と乃安の立場以上に滅茶苦茶隠さなきゃいけない立場なのは、間違いなさそうだ。探らない方が良さそうで、聞こえないふりを選ぶ。


「まぁ、秘匿組織の難しいところか……多分、これで全部だろ」

「後は二階、ですか」

「っ! 静かに」


 だからこそ気づけた。微かな、遠くから迫ってくる足音に。


「……巡回、だな」


 商品棚で身を隠しながら、九重君が呟くが、男は何かしら目的地があるようで、足取りに迷いはない。


「いや、あれは。食料の確保に行ったのか」


 向こうは長期戦に備えていると考えるべきか。

 そう考えると、ショッピングモールって立てこもり犯にとっては城だな。攻め落としにくくて、しばらくは住むことができるだけの備えがある。


「あいつを取り押さえるのは、駄目だな。余計な刺激になる。結愛、室長にも、食糧確保に動いている奴がいるが、手を出すなと伝えてくれ」

「了解」

「爆弾の解除に戻る」


 てきぱきと方針を決めて、それを実行するために真っ直ぐに走っていける。

 その強さが、僕にあれば。僕がその強さを得ることができれば。

 


 計八本の柱。十六の爆弾を解除。した。

 九重君が言うに、人質の周りにもあると考えるべきだ。とのことだけど、手出しは出来ない。だから僕たちは外に出た。


「えっと……ただいま」


 そう言って合流するが、三人は目を合わせてくれない。


「……相馬君……すぅ……はぁ」

「相馬くん……っ」


 ……どうしよう。直感した。本気で、怒っていると。


「はぁ……」


 乃安がため息一つ、陽菜と夏樹から離れ、僕の隣に立つ。


「会話が成立しませんね、これは。長引くのは嫌なので、先輩、私が味方しますから、頑張ってください」


 そう言って乃安はそっと微笑む。でも、感情に特別敏感な乃安じゃなくてもわかる。乃安も怒っていると。怒っているけど、それでも。


「移動しましょう」


 陽菜がぽつりとそう言った。

 すると、目の前に黒い車が停まる。


「お前達も乗れ」


 下りて来た長身の男性がそう言って後部座席の扉を開けた。やたら広い車だ。

 朝倉さん、久遠さんが乗り込み、九重君が指で急かしてくる。

 従うしかなさそうなので乗り込む。八人乗っても問題無いのか。

 それから、最初は久遠さん、そして、僕と陽菜と乃安、夏樹が下ろされ、九重君と萩野さん、それから朝倉さんが乗った車を見送った。

 家に入った。乃安がすぐにキッチンで紅茶を淹れ始める。


「夏樹は、良かったの?」


 夏樹はうつむいたまま答えない。愚問なのはわかっている。ただ、会話の糸口が欲しかった。だけど、それが掴めない。

 流れる沈黙の中、マグカップ四つをもって僕の隣に座った乃安が、困ったような息を漏らした。


「先輩方、言われたことにすら答えられないようでは、進むものも進みませんよ」

「……私、乃安ちゃんのように、自分の感情を整理して動いたり、できないもん」

「夏樹先輩にしては、随分と子どもっぽいことおっしゃられるじゃないですか。陽菜先輩も、いつまで黙っているのですか」


 淡々と、乃安は言葉を並べる。……本当に、乃安がいなかったら、会話が始まらなかった。


「……私、は」


 陽菜は言葉を飲み込んだ。

 ちらりと乃安と目が合った。行け、話せと、目が言っている。


「陽菜。夏樹。それに、乃安。僕は……。僕は謝らない。僕は、間違ったことをしたとは、思っていない。でも……話は、したい。僕は、間違えたとは、思っていない。だけど、それでも、三人の言葉は、気持ちは、ちゃんと受け止めたい」


 身勝手なことを言っているのはわかる。でも。

 それでも、僕は。

 強くなるって決めたんだ。

 あの二人のように背中を預け合えたら、って思ったんだ。


「陽菜先輩、夏樹先輩。ほら、いい加減、こっちを向いてください。相馬先輩、一歩、踏み出しましたよ。良いんですか? そんなんで。なんでそんないじけてるんですか」

「……相馬君、私、信用、無いですか」

「えっ?」

「私も」

「夏樹?」


 なんで信用が無いって。そんな。


「何で急にそんな話になる」

「相馬君にとって、命を賭けたい場面で、隣に立たせてもらえない。それほどに、信用がまだ、得られていませんか?」


 陽菜の言葉に、夏樹も頷いた。


「私も、同じ。ううん。滅茶苦茶なこと言っているのは、わかるよ。私も。何もできなかった、何も、言えなかった。あの時の私は。だから、相馬君は、正しいよ。でも……ごめん。私が悪いよ。やっぱり、陽菜ちゃんとは違う。それでも……それ、でも……」

「簡単に命を投げ出す態度には、納得がいかない。ですね」


 夏樹の言葉を、乃安は引き継ぐ。


「うん」

「私はその一点ですね。先輩。先輩。私のちょっとした特技と言えるもの、お忘れではありませんよね」

「……うん」

「先輩、私は先輩の考えの足りなさに、少しばかり怒っています」


 唇を湿らせるようにマグカップに口を付け、乃安は言葉を続ける。


「先輩、撃たれれば人は死にますよ。当たり前の、小学生でもわかることです。正面から突っ込んで。そして、結果的に私たちは、守っていただきました。それは事実で、そのことに対して文句は言いません。むしろお礼を言うべきことです。久遠さんの不安を払いたくて、自分が戻った行動は賛否両論分かれるところですが、称賛の声も上がることでしょう」


 乃安の視線はちらりと陽菜の方に向く。様子を窺うように。その陽菜は、唇をグッと噛んで俯いたままで。


「はぁ。仕方ありません。私が言いましょう。先輩、守ることはとても立派なことですね。ところで、ちらりとでも考えましたか? 例えば怪我したら、撃たれたり、刺されたり。でなければ、当たりどころ、刺されどころが悪くて、長期入院を余儀なくされたら。例えば、そのまま死んでしまったら。私達、守られた人たちの気持ち、考えましたか? 私の見立てでは、ただひたすらに、そうしなければならない。その一点しか考えていない。必死さしか、伝わって来ませんでした」


 乃安はまた、陽菜をちらりと見る。陽菜は目元をグッと擦って、顔を上げた。

 その様子に乃安は頷く。


「状況を俯瞰して見れば、先輩が正面から突っ込む必要性は、必ずしも無かったと思いますよ。だというのに、簡単に一番危険な手を取れてしまう。でも、一応ごめんなさい。安全圏に逃がしてもらうことしかできなかった私が、言うことではないとは思います。それでも……後は陽菜先輩にお任せしましょう」

「……はい」


 そして、陽菜の目は、真っ直ぐにこちらに向けられた。












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