第44話 メイドと席替え。

 その日の最後の授業、学級活動の時間。教室内は異様な雰囲気に包まれていた。

 全員の視線が教卓の上に置かれた箱に注がれている。黒板に簡単な表を書いていた先生がチョークを置く。


「これより、席替えを開始する!すまんなみんな。私が忘れていたせいで今年は一回だけになってしまった、皆が後悔の無い結果になることを祈る」


 クラス内の緊張感がさらに高まった。



 出席番号順にくじが引かれ始め、ようやく緊張の糸が緩み、賑やかさが取り戻され始める。


「相馬くん、離れちゃうね」


 夏樹が残念そうに言う。


「お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ。まぁ、そんな相馬くんにちょっとした計らいをしてあげようと思いまして。期待していてください」


 そう言って他の女子と話に行ってしまう。

 夏樹の計らいって何だ。まぁ、予想はつくけど。

 陽菜の出席番号は一番前だ。夏樹の影響力があれば全員が引き終わる前に仕込みをするなんて簡単なことだろう。

 くじ運がひたすら悪いからありがたい話ではあるが、それでもそわそわと良い席かなと期待するのも楽しい話だと思う。

 しばらくして夏樹が引き終わって戻って来る。自分の席でくじを開く、こちらをちらりと見ると、慌ててくじを隠す。


「相馬くん、ごめん。さっきの話は無かったことにして欲しいな」

「と、言いますと?」

「良いよね? 相馬くんは幼馴染だし、今まで長いこと陽菜ちゃんと一緒にいたでしょ。ここは是非とも譲って欲しいな」


 まぁ、予想通り僕を陽菜の席の隣にしようというしていたようだが、自分が引くことを想定していなかったようだ。


「まぁ良いや。ちなみにどこ?」


 黙って指さしたのは窓際の一番後ろの席、なるほど、確かに隣と言える席は一か所しか無い。


「とりあえず引いてきなよ」

「うん」


 なるべく過ごしやすい席が良いな。そう思いながら箱に手を突っ込み最初に触れた紙を手に取る。中身を見ずに自分の席に帰る。


「どこどこ」

「えーっと」


 紙を開く、黒板の番号と照らし合わせる。



「廊下側の一番後ろか~、大分離れちゃったね」

「だね」


 大事そうに夏樹は陽菜の隣の席に座る権利を胸に抱える。


「相馬君、どうでしたか?」

「ここ」

「なるほど、私と反対側ですか。残念ですね。隣の席とか憧れていましたから。夏樹さんはどこですか?」


 スッと夏樹は気まずそうに目を逸らす。


「相馬、俺、何か指定席で教卓の目の前にされたのだが。授業態度が悪いってどういうことだよ?」

「寝ないで授業を受ける努力をしろ」

「頼むよ相馬~一番前とか嫌だ~」


 僕にどうしろって言うのだ。


「陽菜ちゃん、そんな純粋な目で見ないで」

「夏樹さん、どうして席を教えてくれないのですか?」

「それはね、深い理由があるの」


 スッと陽菜は目を細める。


「聞きましょうか」

「えっと、ごめん、言えない」


 夏樹がチラチラと助けを求める目線を送って来るが敢えて無視。面白そうだからどうなるか見たい。


「夏樹さん……」


 その時、陽菜の手が動いた。


「あっ」


 夏樹が気づいたときには既に陽菜の手の中に布良さんのくじがある。


「私の隣ですか。よろしくお願いします」

「えっ、うん。よろしくね陽菜ちゃん。あの、相馬くんと交換できるよ」

「いえ、そこまでしていただ無くても。夏樹さんと隣というのも楽しそうですし嬉しいです」

「そうなんだ。嬉しい」

「入鹿ですよ! 姉御」


 陽菜を抱きしめる夏樹にさらに入間さんが抱き着く。


「入鹿ちゃん。どうだった?」

「姉御の前の席ですね」

「おぉ、これはこれはものすごい運命だ~」


 うーん。楽しそうだな。せめて近い席が良かったな。

 ちょっとだけ羨ましくなってきた。


「あの~日暮君」


 その時、クラスメイトの加藤さんがおずおずと話しかけて来る。


「はい」

「これと交換してくれませんか?」


 差し出されたのはくじ。これ陽菜の席の一個前の番号だ。


「その番号私が欲しい物なので、それに日暮君も陽菜ちゃんの近くの席に座れる。良い取引だと思いますよ。交換しません?」

「良いですよ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 ふと思う、この学校の席替えってかなり自由だな。好きなところ座れって言った方が早いと思うぞ。




 「陽菜ちゃん、隣だね」

「そうですね。しかしながら黒板が見ずらいですね。下の方とか特に」

「大丈夫だよ。見えなかったら言ってね、私が教えてあげる。頼れる学級委員長なので」

「お願いします」

「姉御、私もお願いしても良いです?」

「良いですよ~」


 前の方から感じる強い視線、京介よ、結果は結果だ。


「というわけで、一年生が終わるまでこの席だ。周りの者と仲良くするように!以上! 本日の授業はここまで、気をつけて下校するように」


 担任の先生の号令とともに、教室は一気に放課後ムードになる。


「相馬君、帰りますか?」

「帰りますか」




「旦那様が間もなく帰って来るそうです」

「了解」


 泊まり用のバッグに荷物を詰めながらそう返事をする。父さんの間もなくは本当に間もなくだ。

  今日の夜、父さんが帰ってきて、明日朝早くに墓参りに出発して、おじいちゃんの所に一泊して日曜に帰って来る、父さんはそのまま出張先に帰るというから中々のハードスケジュールだ。

 母さんの命日。母さんの墓参りに、僕は行く。記憶にあるうちでは、初めてだ。

 五分後、車が我が家に入って来た。


「ただいま」

「お帰りなさいませ旦那様。お荷物の方はこちらでお預かりいたします」

「ありがとう」


 スーツ姿の父さんがリビングに入って来る。


「お帰り」

「ただいま。ちゃんと準備はしているようだな」

「まぁな」


 特に話すことは思いつかない。夕方のニュースを報じる声がリビングに流れ続ける。


「ハーブティーをお持ちしました」

「ありがとう」


 荷物の準備が終わりやることを無くす。どうにも気まずい。淡々と仕事をこなす陽菜に、ソファに座りニュースを眺める父さん。

 ふと、何か思い立ったかのように立ち上がる。


「相馬よ。少し出かけるか」

「どこに行くのさ」

「稽古場だよ」




 いつもの神社、日も落ちて辺りに人はいない。

 正面に立つ父に、力む様子も気負う様子も無い。


「さぁ、来い」


 久々に父さんと稽古、最初から全力で行こう。父さんは基本的に構えない、自然体が常に構えなのだと言っていた。僕はまだその境地にいないからわからないが。

 低い姿勢で一気に間合いを詰める、多分父さんは避けない。よし、避けないな。


「あれ?」


 気がついたら地面に転がされていた。


「はっはっはっ、どうした? もうおねんねか?」

「いや待て、今何をした?」


 何も見えなかったし感じなかったぞ。


「一瞬だけ気絶させた」

「そんなことができる人間がいてたまるか!」


 化け物度が加速していやがる。


「ほら、もう一度来い。この技は使わないでやろう」

「ちっ」


 思わず舌打ち、もう一度低い姿勢で間合いを詰めにかかる。父さんが蹴りの体勢に入った瞬間、素早く後ろに回り込む。


「ほう、速いな」


 振り向いたところに蹴りを入れるが、あっさり手で止められる。


「ふむ、結構重いな」


 そこからさらに畳みかけるもきれいにすべて捌かれる。


「悪くない攻めだな。腕が上がっているようで何よりだ。では、明日も早いしそろそろ終わりにしよう」


 父さんの言葉が終わるころには僕の体は宙に浮いていた。次の瞬間腹に衝撃が加わり僕の体は地面に叩きつけられる。


「すまんな息子よ。少し力が入った」


 そう言いながら僕の体を軽々と担ぐ。


「帰るぞ」

「んぐっ。いてぇ」


 父と息子の久々の稽古はこうして終わった。

 

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