第45話 メイドと小旅行。

 高速道路を降りてそこからさらに海沿いをしばらく走るとその旅館はあるらしい。おじいちゃんもおばあちゃんもアクティブな人だったようで、引っ越してから旅館を始めたとのこと。二人とも元々はホテルでおじいちゃんは料理長でおばあちゃんは接客を専門としていたらしく、ネットで調べてみたら結構評判は良かった。


「そろそろ着くぞ」

「うん」


 運転席に座る父さんは今日もスーツを着込んでいる。隣の陽菜はメイド服で来るか最後まで悩んだが、行き先が旅館と聞いて休日用の普段着にした。


「相馬は覚えているのか?おじいちゃんとおばあちゃん」

「いや、全く覚えていない」

「そうか。まぁ、仕方ないな」


 さっきから頭がズキズキと痛む。頭痛薬飲んだから収まるとは思うけど。車酔いというわけでは無いだろう、何かを思い出そうとしている痛みだと思う。


「相馬君、見えてきましたよ。あれかと思われます」


 見えてきたのは小さいけど新しい和風の建物。建物の前には作務衣らしき服に身を包んだお婆ちゃんと呼ぶには若すぎる女性が立っている。


「お待ちしておりました、日暮様ですね。お荷物をお預かりいたします。こちらへどうぞ」


 車を降りると、そう言って僕らを案内する。二人で経営しているとは聞いていたが、人気が出てきて人が足りなくなり、雇ったのだろう。

 中は休憩スペースと自販機といった簡単な造り、二階が客室と宴会場みたいだ。


「やあ、恭一君。久しぶりじゃないか」

「これはお義父さん。お久しぶりです。申し訳ありません、泊めてもらうことに」

「いや何、この歳になると若い者の成長ぶりを見るのが何よりの楽しみでな。相馬君、覚えているかな?おじいちゃんだ、随分と大きくなったな」

「はい、お久しぶりです」


 割烹着というのだろうか、それに身を包んだ賑やかなおじいさん。この人がおじいちゃんなのだろう。


「これ、お客様を待たせるなんて。お話は部屋に荷物置いていただいてからにしなさい。あら相馬君、大きくなったね。ではお部屋の方へ案内させていただきます」


 さっきの女性が来ていた服と同じものを着て、おばあちゃんは歳を感じさせない足取りで階段を登って行く。


「夕食は六時からとなっております。お風呂は室内に一つと大浴場がございます。では、ごゆっくりなさってください」


 そう言って特に話すことなく出ていく。陽菜は別の部屋、僕と父さんは同じ部屋。二部屋のみの旅館だから実質貸し切り。父さんが言うにはタダで泊めてくれるとのことだ。


「さて、相馬。早速だが行くとしよう」

「うん」


 父さんと連れ立って旅館を出る。陽菜もその後ろを付いてくる。

 温泉街を抜け、海岸線を歩いて、しばらく、坂を上っていた先にある墓地、ここに母さんは眠っているらしい。

 備え付けのバケツに水を汲み、それを使って簡単な掃除を始める。


「相馬君、貸してください。私がやります」

「僕がやるよ。陽菜は花をきれいに整えてくれ、そっちを頼みたい」

「わかりました。お任せください」


 お墓自体はきれいだから、あまり掃除は必要ないかもしれないけど。それでも磨いた。そんな僕らを父さんは少し離れた所から眺めている。

 しばらく掃除をして、何となしに湧いた満足感とともに雑巾を置く。それを待っていたかの如く陽菜が花を供え蝋燭に火を灯す。


「どうぞ」

「ありがとう」


 渡された線香、火をつければ特徴的な良い匂いがする。

 線香を置いて手を合わせる。この行為に昔から意味があるのかと疑問に思っていたが、今の僕のこの行為に対する意味付けの答えは母さんとの思い出を振り返る事だ。断片的に出てくる映像、それを振り返る事だ。

 しばらくして目を開けると父さんが隣に立っていた。


「もう良いか?」

「うん、戻ろう。せっかくここまで来たから少しはこの町も堪能したいし」

「そうだな」


 来年の夏もここに来よう。そう心に決めた。





 「海鮮丼三つ、お持ちしました」


 海沿いの町という事で、今日のお昼は魚介系にした。父さんのおすすめの店があるという事で連れてきてもらった。

 手を合わせて一口食べる。確かに美味しいな。僕は寿司も刺身もわさびが無ければ食べられない人間。海鮮丼とは別の皿で持ってこられた、ずんだのように盛られたわさびは、すべて使わせてもらおう。


「朝野さん、そこまで緊張しなくても。今日は父親と思ってくれ」

「いえ、そうなると確実に私は妹になってしまいますので」

「はっはっはっ、確かにそうだな。しかしながら相馬だけ名前呼びというのもなかなかに寂しいものだぞ。二人は随分と仲良くなったな」


 相変わらず明るく豪快に笑う父親。騒がしいとは思うが、家からそれがなくなった時、静かすぎるとも思ってしまったものだ。


「そうですね。では、旦那様は恭一様と呼ばれるのがご希望ですか?」

「うーん。悩むな」


 悩むのか。


「よし、お父さんというのはどうだ」

「そうですね、いずれお義父さんと呼ぼうと思います。しかしながらまだ早いです」

「陽菜!?」

「おぉ!これはこれは。孫が見れる日が近いようだな」

「父さん!?」


 わざとらしく涙ぐむ動作を見せる父さんと何食わぬ顔で海鮮丼を食べる陽菜。今のやり取りで陽菜は少しだけ肩の力が抜けたようで、少しだけ安堵する。陽菜でも緊張するのだな。




 町中を散策して旅館に戻り、宴会場へ向かうと、既に食事が並べられていた。


「豪華ですね」

「そうだね」


 これはすき焼きか。さらに刺身の盛り合わせ、漬物にお釜の中には炊き込みご飯という奴か。まだ炊かれていないいないようだが、食事の間に炊き上がる仕組みか。


「では、火をつけさせていただきます。何かご注文がございましたら外にいますのでお申し付けください。失礼します」 


 廊下に出て行き扉が閉まるのを合図に食事が始まる。おばあちゃんもおじいちゃんもここまで必要以上に接触はしてこない。


「相馬、話しかけてやったら? 多分お前の記憶を気にしているぞ」

「と言われても、実際思い出せないし」

「そうか……」


 深刻そうな表情とは裏腹に、生ビールを豪快に飲む。宴会場の隅に置かれた机にはビール瓶が三本ほど置かれている。どんだけ飲む気だよ。

 目の前には机いっぱいに置かれた料理、食べきれるかな。





 宴会場を出て部屋に戻る。せっかくだし大浴場使ってみようかな。料理はかなり美味しかった。途中から食べきれないかもという不安が無くなるほどだ。

 荷物を持って移動、服を脱いで浴室へ。なるほど、確かに広いな。露天もあるのか。ここは本当に二部屋しかない旅館なのか。

 疑問はあるが良いお湯なのは確かだ。大方、銭湯としても開放しているのだろう。

 露天風呂からは夜の海が良く見える。夜の海は底が見えない闇そのもののようだ。そこはかとなく恐怖を感じる。

 風呂から上がる。部屋に帰ってさっさと寝よう、軽くあくびしながら扉に手をかける。あれ?開かない。呼び鈴を鳴らす。


「父さん、開けてくれ」


 返事が無い。これ、寝てるな。父さんは僕と似てて一度寝たら起こしても起きない。


「はぁ」


 どうしたものか。フロントまだ開いてるかな。


「相馬君? どうかされました?」

「陽菜、大浴場行ってきたんだ」

「はい。それで、鍵忘れて入れないといった感じですか?」

「父さんが僕を忘れて入れないと言った方が正しいかな」


 首を傾げてじっと見つめて来る。お風呂上りのほんのりと赤い肌、サイズが合わなかったのか少しだけはだけている浴衣。思わず目を逸らす。


「相馬君、どうぞ、今日はこちらの部屋で寝るのが良いと思います」

「うーん、どうかな~。僕は廊下で寝るよ~」

「何馬鹿なことを言っているのですか? 入りますよ」


 手を握られる。放しませんからねという強い意志を感じる。引きずられるように部屋に入る。


「どうぞ、緑茶でも飲んでください」

「うん」


 お茶を置き、机を挟んで向かい側に座る。静かな時間が流れる。苦痛ではない沈黙、それを共有できる相手はどれだけいるだろうか。


「陽菜」

「はい」

「話すべきかな」

「そう思いますよ。きっとそれをお祖父様もお婆様も望んでいるかと思います。お望みとあらば私も隣にいます」

「ありがとう」

「明日は昼過ぎに帰る予定ですから、朝のうちにお二方の予定を聞くのがよろしいかと。ずっと離れていたお孫さんが話したいと言えば、きっとお時間を作ってくれるはずです」


 優しい微笑みで僕を見つめる。言葉足らずな僕の問いかけに道を示してくれる。


「陽菜」

「はい」

「そろそろ寝るか」

「そうですね。明日の朝食は七時でしたね」

「うん」


 布団を敷こうかと押入れを開ける。


「何をしているのですか? お婆様の仕事を増やすのも良くないですし、一緒の布団で寝ましょうよ」


 手首を掴まれ、連行される。

 陽菜の横に体を滑り込ませる。それと同時に電気が消える。


「それでは、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

「一つ聞いてもよろしいですか?」

「良いよ」

「今日の料理と私の料理、どっちがお好みですか?」

「美味しいのはここ。でも好きなのは陽菜の」

「そうですか」


 どんな表情なのか見ようと思って首を横に向ける。

 いつも通りの表情、その事にがっかりの感情は起こらない、至近距離で目が合ってしまった状況に戸惑う。


「改めて、おやすみなさい」

「おやすみ」


 目を閉じる。すぐに睡魔が僕を眠りの世界へと導いて行った。 


 

 

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