第43話 二人で楽しむ文化祭。

 「荷物良し、笑顔良し、私良し。行ってきます」


 誰もいない家、母さんも父さんも仕事に行っている。出かける前の習慣にしている言葉を唱え、お兄ちゃんの仏壇に「行ってきます」と告げて家を出る。

 今日は、行かなきゃいけない。

 約束とは、相手を信じて初めてできること。

 相馬くんは、私が今日、学校に来ると信じている。

 迎えに行くか聞かれたけど、私は断った。

 私を信じてくれた相馬くんと陽菜ちゃんを裏切らないために。私は、私が一人で学校に行けると、信じてみる。

 扉を開けて外に出る。

 ここから広がる街の景色。

 私は、それが好きだ。

 うん。


「おはようございます。布良さん」

「神代さん。おはよう」

「学校、行くのですか?」

「うん。その、この間はありがとう」

「いえ。牛乳を温めただけですから。頑張ってください。それでは」


 ペコリと会釈だけして、神代さんは自分の部屋に入っていく。


「……よし!」


 可愛い女の子は偉大だ。すっごくやる気が出た。





 ……何で微妙に緊張しているんだ。僕は。


「えへへ」


 目の前で後ろに手を組んでゆらゆらと照れたように笑う布良さん。

 生徒会の方のシフトが終わり、一旦生徒会室に寄った。鍵を閉めて、扉の前。


「相馬くんからのお誘い~楽しみ~」

「……誘ったのは君だ」

「まーねー」


 上機嫌な笑顔を見せる布良さん。

 布良さんは笑顔が似合う。色んな笑顔を見せてくれる。


「マネーは持った?」

「まーねーからマネーに繋げたか。なるほど」

「くだらないって酷評するならともかく、冷静な解説は勘弁してー」


 ぽかぽか腕を殴ってくる、モフモフしてそうな女の子。

 頭を撫でたい。だが、クラスメイトの頭を急に撫でるというのは如何なものか。陽菜とは違うのだ。


「んー。どうしたのかな?」

「別に」

「その泳いでる手、何かな?」

「……あっ」

「あは、頭、撫でたいの、かな?」


 クスクスと楽し気に笑う。

 完全に主導権を持ってかれている。


「良いよ」


 試すような表情。

 片頬が吊り上がり、不敵な笑みを形作る。


「……じゃあ、少しだけ」


 誰もいない。わざわざこの時間にこっちに来る人なんて、生徒会の人くらいだ。


「おぉ……」


 陽菜の髪はさらさら。そして布良さんは期待通りのふわふわモフモフだ。 

 あぁ、この性質の違い。しかし、どちらも魅力的だ。


「……なんか照れるね。……相馬くん?」

「……はっ!」


 しまった。少し夢中になってしまった。


「……さて、行こうか」

「うん」


 文化祭を楽しむか。

 どうしたものか。




 とりあえず三年生のブースまで来た。


「やっぱ、祭りといえば食べ物だよね!」

「そうなんだ」

「うん。食べ物だけは裏切らないから。お金払った分の物が来るから」


 ……あながち間違えていない気がする。

 そんなわけで焼き鳥、焼きそば、ラーメン……ラーメン?


「何で祭りでラーメン?」

「でも美味しいねぇ」


 手順通り作ればまぁ間違いないという面で言えばありなのか。めんだけに。

 このギャグは胸の内に秘めておこう。

 中庭に設けられた、屋外の食事スペース。

 自分のクラスの休憩スペースだと、からかわれそうだ。


「うーん。お祭りの味」

「どういう味なんだ……?」

「うん? 楽しいし美味しいよ」


 大味で、少し濃く感じる。

 でも、確かに。

 この状況なら、美味しいかもしれない。

 そうだ。確かに、楽しい。


「うん。楽しいよ」 

「相馬くんが勇気を出してくれたからだよ」

「僕は、手助けしただけ。現に、夏樹、一人で来れたじゃないか」

「えへへ。褒めても何もでないよぉ」

「事実を言っただけだよ」


 気がつけば、買い込んだ食料は全部無くなっていた。


「あー。食った食った」

「ねー」

「さて、どこ行く」

「もう少し時間あるね」


 何となく立ち上がり、足が向かったのは一年生のブース。

 縁日。射的や輪投げ、ヨーヨー釣り。

 まぁ、どれも収穫は無かったわけで。


「難易度、えげつねぇ」

「ねっ。でも、楽しいよ」

「……夏樹、いつの間にウインクを」

「練習したんだよぉ」


 パチリパチリと見せつけるように連発。

 なんとなく、視線を巡らせる。

 ……僕は、陽菜が好きだ。

 でも、楽しいな。


「こんにちは。日暮先輩」

「あ、あぁ。こんにちは」

「そちらの方は、初めましてですね。朝比奈乃安と言います。以後お見知りおきを」

「へー。相馬くんの後輩。ってことは陽菜ちゃんも?」

「はい。陽菜先輩にはとてもお世話になりました」


 朝比奈さんはキャップ帽を被り、ポニーテール。Tシャツにジーンズという出で立ち。スラっとした印象を際立たせる格好だった。


「試しに来てみて良かったです。オープンスクール感覚で来てみたのですが、知り合いに会えました」

「……ねぇ相馬くん、この綺麗な女の子紹介してよ」

「何を言っているんだ君は」

「あ、あはは。布良先輩も、可愛らしい女性だと思います」

「ありがと」


 両手を広げて怪しげな動き。これはあれだ、陽菜にスキンシップを仕掛ける時の動き。


「やめい」

「あうっ」

「僕ら、これから自分のクラスのところに行くけど、陽菜に会って行く?」

「いえ、ちらりと姿を見れたので大丈夫です。では」


 見事に綺麗なウインクを見せて歩いていく。

 ……オープンスクールか。


「行くか。そろそろ時間だし」

「だね」




 「みんな、お疲れ様! なんと黒字が出ました! やったね!」

「「いえぇぇぇ!!」」

「というわけで、打ち上げだ!飲むぞ!食うぞ!」

「「「うおぉぉぉ!!」」 


 布良さんの言葉に教室では野太い歓声が上がる。


「お前ら一応未成年だろ」


 先生からの冷静な突っ込みも今の彼らには耳に入らないだろう。

 片づけている間に会計担当の人たちが計算していたらしく、生徒会への上納分を差し引いた後、分配され返金されるそうだ。


「初めてにしてはよく頑張ったと思う。布良、乾杯の音頭を」

「はい」


 担任の先生に言われ立ち上がる布良さん、先ほど先生からの差し入れとして配られたペットボトルを掲げる。


「乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


 うん。楽しかったな。

 色々あって、結果的に、ちゃんとここまで持って来れた。


「んー」

「相馬君行きましょう。打ち上げです」

「あー。行こうか」

「どうでしたか? 何か、掴めましたか?」

「まぁ。多分」


 地に足を付けて。ちゃんと歩く。

 その感触がまだある。


「大丈夫って言って、安心させられる人に、ちゃんとなりたいな」

「良い目標です」


 

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