第41話 文化祭の始まりは友人と。
当日の朝。始発に乗る。
布良さんには、既に連絡してある。準備して待っていると。返信が来たのは、布良さんの住む街の駅に着いた頃。
「大丈夫ですか?」
陽菜の心配そうに見上げる目。
「大丈夫」
今の僕は、空回っていない。ちゃんと地に足がついている。そんな実感があるんだ。隣に頼もしい人がいる。そういう実感があるんだ。
さぁ、行こう。
駅前はまだ、混む時間ではない。あと三十分もすれば、朝のラッシュにぶち当たることになるだろう。
涼しいを通り越して、少し肌寒い時間帯。
駅から近いマンション、その前の喫茶店をちらりと見るが、まだオープンしていないようだ。
布良さんの部屋番号を入力して、ボタンを押す前、陽菜を見る。
……あんなことがあったのに、あんな醜態を晒したというのに。
その目から感じる感情は、信頼だ。何で信頼できるのか考えるけど、わからない。でも、応えたい。応えたいけど、力みはしない。
陽菜に、僕が今持っている強みは、教えてもらった。
だから宣誓しておく。
「僕は大丈夫。一人で突っ走ったりしない。周りにみんながいることを、忘れたりしない」
頼るのが、弱いことではないというのなら。
せめて僕は、誰かのために全力になれる人でいたい。
「それなら大丈夫です。行きましょう」
差し出された手を、素直に握ることができた。
「おはようございます。夏樹さん」
「おはよう、二人とも」
布良さんは、制服に着替えていた。
顔は暗い。布良さんらしさを感じる笑顔が無い。
「……布良さん。一緒に行こう」
「……私に、できるのかな。お兄ちゃん」
「……お兄ちゃん?」
陽菜はちらりと僕の方を見た。
「……できるかは、正直わからない。できる。なんて無責任なことを言いたくない。でも、僕は思うよ。今の状況を、お兄さんはきっと、望んでいないって」
布良さんは、無意識にお兄ちゃんを呼ぶ程慕っていた。なら、きっと布良さんのお兄さんは、良い人だった。
「外、怖いよ」
「僕らがいる。一緒にいる。一緒に行く。必要なら、毎日でも迎えに行く」
「あは、何でそこまでするの?」
「友達だからだよ」
困っている時に手を伸ばしてあげられないなら、僕は、そんな友情を認めるものか。
楽しい時だけ一緒にいる。そんな中途半端な友情、僕は嫌だ。
布良さんは、陽菜を心配してくれた。戻っていた陽菜に、優しい言葉をくれた。
手助けできなかった自分を、責めた。
「学校に来れないなら、毎日だって会いに来るさ、寂しくないように」
「それは甘やかしすぎじゃない?」
「だって、布良さんに会いたいから。布良さんと一緒にいると楽しいし、話してると面白いし。これからもそういう時間、過ごしたいと思っている」
「告白?」
「ある意味そうかもね」
あぁ、戻って来た。
布良さんの、布良さんらしい笑顔。
僕は、僕の差し出すものを示した。
あぁ、覚悟を示すって、勇気がいるんだな。心臓が、うるさいや。
「夏樹さん。相馬君は、本気ですよ」
「うん。そうだね。伝わってくるよ、声を、目を通して」
一歩、布良さんが近づく。
「ねぇ、日暮君」
「ん?」
「私、結構めんどくさいよ」
「知らないよ、そんなの」
「いっぱい、迷惑かけるよ。いっぱい、甘えちゃうよ、そんなこと言うと」
そんなことか。
「そうしてよ。それくらい許せなきゃ、わざわざ学校来いって、家にまで迎えに来ないよ。僕は、布良さんと、もっと楽しい学校生活が、送りたいんだ」
手を差しだす。
もう、何もできないなんて、嫌だ。
「信じて、良いの? 私なんかのこと。またこうなっちゃうよ」
「そうなっても、友達だ」
握り返される手。今度は、離さない。
「相馬君ばかりズルいですよ」
陽菜が、逆の手から握る。三人で並んで手を繋ぐ。
「あは、私、二人の子どもみたい」
「良いですね、ブランコごっこしますか?」
陽菜と布良さん、布良さんの方が少し高いくらいだから、少々不格好になりそうだ。
そのまま外に出た。勢いに任せて。
「僕は、いなくなったりしない」
強く、宣言する。
陽菜にそう言われて、僕は安心したから。
「……うん」
ガチャリと、鍵が閉る。
「行こうか」
「うん!」
そして、僕たちは、マンションを出た。
横断歩道の度、少しだけ強張る顔、少しだけ力む手。
それでも、駅にたどり着く。
「はぁ。ごめんね」
「気にしなくて良いよ」
「あは。外って、広いね」
そして、学校の前、早めに来た生徒たちが準備を始めている。
僕たちのクラスはまだ誰も来ていない。所定の教室に荷物を置いて、それぞれ最終点検。
「……ありがとね、直前、一番大事な時期にいなくなったのに、ここまで」
「陽菜のおかげだ」
「相馬君が頑張ったから、私はフォローに回れました」
「みんなが頑張ったから、ということだね」
「……姉御! 復帰されたのですね!」
入間さんが勢いよく、布良さんに飛びついた。
それからも、クラスメイトが来るたびに、声をかけていく。
如何に、このクラスにおいて、重要な人だったのか実感する。
一旦クラスの方を陽菜に任せて、二人で生徒会のブースに行く。
会長さんが既にいた。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます。会長。御迷惑おかけしました」
「なに、問題無い。一年生一人欠けたくらいでカツカツになる、そんな甘えた運営はしていないからね」
そういえばそうだ。
作業が終わるたびに、自分の目で確かめないと安心できない。この学校の今の生徒会長は、そんな人だ。
「今日から頑張ってくれればいい」
「はい」
「ねぇ、相馬くん」
「……相馬くん?」
「だめ?」
教室に戻るまでの道。きょとんと首を傾げる布良さんに断り文句なんて思いつくわけが無いし、駄目というわけでは無い。
「単純に驚いただけ」
「あは。相馬くんも夏樹って呼んでね」
「僕だけ呼び捨て?」
「相馬くんは遠慮しがちだから、名前くらい呼び捨てにしなよ」
深呼吸。
女子の名前を呼ぶのは、陽菜以外で初めてだし、苦手なのは変わりない。
「大げさだなぁ」
そんな風に呆れられるけど。女子と仲良く関わったのなんて、高校生になってから……。
違うな。あれ。
「どうかした?」
何かを、忘れてる。
そんな、わずかな実感。具体的な何かがあるわけでは無いけど、小さな、けれど確かな確信。
「なんでもない。夏樹、早く戻ろう」
自然と、足が早まる。
思い出せない気持ち悪さを、振り払いたくて。
「速いよぉ~」
「あっ、ごめん」
「ジュース奢りね」
悪戯っぽい笑み。安心する。布良さんが、戻って来たことを実感して。
「冗談だよ。そんな顔しないで」
「どんな顔だよ」
「ちょっと泣きそうだった」
「……安心したんだよ」
「あは、そんなに大好きなの?」
「まぁね」
「むっ。認められると照れる」
でも、本当に。
布良さんがいないと、寂しかったんだ。
一日目。これと言ってトラブルは無かった。
生徒だけということもあったが、それでも、やはりメイド服は好評だった。
執事服に関しては、まぁ、コメントが寄せられることはなかった。
いつの間に仕込んだのか、女子たちのお辞儀とか所作とか、とても素人とは思えなかった。
「いやはや、陽菜の姉御の指導は、なかなか恐ろしかったですよ」
「姉御呼びしてたっけ?」
「気がつけばそうなっていたです」
まだ終わって無いけど、やり切った感があるなぁ。
執事服のネクタイを緩めながら、伸びをする。
陽菜と夏樹が、二人で話しているのが見えた。混ざろうかなと思ったけど。
「あっ、相馬。ちょっと戻ってきてくれ。飲み物の買い出しに人だしたから、ちょっと接客」
「あぁ。わかった」
小さなトラブルは、楽しんで乗り越えよう。
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