第37話 メイドとお泊り。

 「相馬君、これが夜ご飯、こちらが朝ご飯です。朝ご飯の方は冷蔵庫に入れておきます。何かあったら連絡してください。もし寂しくて眠れないときは電話してください。メールでも構いません。お風呂に入るときは電話しながら入ってください。危険ですので。あとは……」

「陽菜、ストップだ」

「はい? お化けが怖いときは連絡してください」

「いやいや。陽菜、今から友達と泊まり会だろ? 僕の事心配していたら楽しめないじゃないか」


 泊まり用の鞄は既に玄関に置いてある。だからあとは行くだけなのだが。


「しかしながら相馬君も心配なのですよ」

「僕は大丈夫だ。行ってこい」


 荷物を持たせる。玄関で靴を履きながらもチラチラとこちらの様子を伺う様子は初めてのお使いに送り出された子どものようだが、送られてくる目線はこちらを心配する目。


「そんなに不安か?」

「はい、ほっといたら死にそうで」

「おいおい」


 そこまで心配される要素あるか?


「そろそろ行きますね。何かあればすぐ駆けつけますので」

「何かあったらな」


 無論、そんなつもりは無い。今日は僕の事を忘れて楽しんできてもらおう。


「行ってらっしゃい」







 電車に乗って二駅、そこから乗り換えて一駅。夏樹さんから指定された駅に降りる。途中入鹿さんと合流して夏樹さんを待つ。


「やぁやぁ二人とも。来ていましたか。行きましょう」


 夏樹さんの案内で歩いていく。案内されたのは勿論夏樹さんの家。マンションの一室。上の方の階で部屋も結構広い。こういうマンション、上の方がお高い筈。うん。 


「さぁ、入って入って」

「お邪魔します」

「お邪魔しますです」

「飲み物は何が良い?コーラにオレンジジュースに色々あるよ。今日はお父さんもお母さんも出張だからそんなに緊張しないでくつろいでね」

「では、コーラで」

「入鹿も同じもので」

「了解!」


 あまりじろじろ見るのは良くないが、見回した印象きれいに片づけてある。


「今日の晩御飯は何が良いかな?私としては三人で作れるものが良いな」

「何でも構いませんよ。言っていただければ作りますから」


 今からだとあまり凝ったものは作れませんけど。簡単なものなら三人でわいわい作るのも楽しいとかもしれない。


「それじゃあ、そうだね。お鍋とかどうかな? まだ時期としては早いかな?」


「いえ、良いですよ。やりましょう」


 近くにあった鏡に映った私の顔が、不敵に笑っていることに気がついた。






「陽菜ちゃん。私たちさっきから何もやっていない気がするのだけど」

「気のせいですよ。買い物一緒に行ったではありませんか」


 夏樹さんの器に食べごろの具を盛り付けてわたす。何も変なことはしていない。


「入鹿さん、それは早いです。こちらをどうぞ」

「はい」


 食べごろのお肉を進呈。鍋とはタイミング。早すぎても遅すぎても駄目な真剣勝負。見極めろ、一番おいしいタイミングを。


「陽菜ちゃんの目が職人の目です」

「うん。すごい目だね」


 どんな目なのでしょう。気になります。

 自分でも食べてみる。うん、人に食べさせることができる味ですね。


「今回の締めはうどんでよろしいですか?」

「うん、うどんで」

「うどんです」


 鍋を持って台所へ。ご飯よりもうどん派か、相馬君は確かご飯派だった。私はどっちでも良い派ですね。





 夕飯も食べ終わり、お風呂に入ることになったのですが。


「三人で、ですか?」

「そう、三人で。洗いっこしよっ」


 夏樹さんがノリノリでそんな事を言うのですが。私は夏樹さんのある部分をじっと見つめる。入鹿さんも同じだ。


「二人とも、どうしてそんなに見るの?」

「いえ、萎まないかなと思いまして。引っ込み思案な性格だったらいいなと。まぁ、今の時点でだいぶ自己主張が強いので薄い希望ですが」


 夏樹さんは、腕を前に組みサッと隠す。


「もう、ほら、入ろうよ。心配しなくても三人くらいは入れるから」

「そうですか。では入りましょうか」

「では私は陽菜ちゃんの背中を流しましょう」

「じゃあ、入鹿は姉御のですね」

「私は入鹿さんのですか」


 三人が輪になれるくらいに広いお風呂なのでしょうか。



 「ほらほら、陽菜ちゃん。動かないの、洗い難いじゃない」

「いえ、夏樹さん。そんな洗い方をされるとくすぐったいです」

「陽菜ちゃん、手が止まっているですよ」

「すいません」


 的確に弱い所を付いてくる。恐るべし。


「あの、腋とお腹は勘弁してもらっても良いですか?」

「駄目だよ。洗わないと」

「自分でやるという意味ですよ」

「良いから良いから」

「姉御、動かないでください」

「あっ、ごめん。ていうかそこは駄目だって! 揉まないで!」

「良いじゃないですか姉御、減るものじゃないですし」

「私も夏樹さんを洗おうかと思います」

「陽菜ちゃんまでー!」


 楽しいです。







 暇だ。夕飯は食べ終わった。少し早いけど風呂も入った。いつもだったらこの時間は陽菜とおしゃべりしている。テレビもニュースをくらいしか見ないし最近はゲームもやっていない。

 今頃は風呂でも入っているのかね。 

 風呂入るときは電話しろと言われていたがしなかった。眠くなる前に入ったから別に良いだろう。


「うん?電話か」


 陽菜からか。


「もしもし?」

「ヤッホー日暮君?元気?」

「布良さん?どうしたの?」

「いやー。電話してみようという話になってね」


 なるほど。結構楽しんでいるようで何よりだ。


「ところで、陽菜は?」

「そこで顔を赤くして転がっているですよ」


 何があったのだ?


「あの、二人とも、そろそろ」

「あー、はいはい。話したいですよねそうですよね」

「二人がくすぐりすぎるせいで喉が渇きました。夏樹さん。水を貰えますか」

「はいどうぞ」


 電話口からそんな会話が聞こえる。


「お待たせしました相馬君。お風呂は入りました?」

「入ったよ」

「そうですか」


 怒らない。そりゃそうか。ここで迂闊なことを言えば一緒に住んでいることはバレるからな。


「ほらほら、陽菜ちゃん。愛を囁こう」

「お二人の前でするわけないじゃないですか」

「二人きりならするですね」

「しませんよ」


 そろそろ寝る時間かな。


「三人は明日一緒に来るのだよね?」

「はい」

「それじゃ、また明日」

「また明日」

「おやすみ~」

「おやすみです」






 電話が切れる。近くにある二つの顔はこちらを向いてニヤニヤしていた。


「さて、陽菜ちゃん。女子三人が集まって寝る前、起こる会話として最もポピュラーな話題はわかるかな?」

「何ですか?」

「コイバナ、だよ。さぁ洗いざらい吐いてもらうよ」


 電気を消して、寄せ合った布団から頭だけ出している夏樹さん。正直話の途中で寝落ちる未来しか見えない。持久戦ですね。


「さて、入鹿からの質問はぶっちゃけ、本当は付き合っていたりしないのですか?」

「してませんよ」


 入鹿さんは確認済みの情報を改めて確認しただけみたいな様子で、平然としていたが、夏樹さんは不満げに頬を膨らませる。


「夏樹さんは随分と人のに興味津々ですけど、御自分はどうなのですか?浮いた話一つ聞かないのですけど」

「全部断っているからね~」


 告白はされている、ということですか。


「何件程度です?」

「昨日断ったので十五件目かな。正直誰かのを見るのは好きだけど、自分は良いかなって感じ」

「ほうほう。二人はすごいですね。入鹿には縁の無い話ですよ」

「すぐに来るよ~大丈夫」

「そうですかね~」


 そろそろ入鹿さんは寝るかな。うとうとし始めている。夏樹さんはまだまだ余裕そうだ。


「夏樹さんは、相馬君のこと、どう思いますか?」

「んー。なんか、一緒にいて安心するかな。嫌いじゃない、むしろ、好きかな」

「むっ」

「そういう意味じゃないって、なんだろう……」


 遠くを見るような眼で、夏樹さんは、ぽつりとつぶやく。


「お兄ちゃん、みたい、かな」



 声が寝ている。入鹿さんももう突っ伏している。夏樹さんもそろそろか。私も寝る体勢に入ろう。


「もう寝ますよ。明日も早いですし」

「そうだね~おやすみ~」

「おやすみなさいませ」

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