第36話 メイドと忙しい日々。
期末試験は、とりあえず前期の点数ラインをキープできた。向上が無いなぁとは思うが、そもそも範囲が違う。
学年末試験で好成績を取れれば良いと思いなおす。
「はい、相馬君。今日の分のハグです」
「あぁ、ありがとう」
僕たちの新しい習慣。
寝る前、ハグする。それだけ。
「……いつもより力強いですね。何かありましたか?」
「いや……ちょっとな。これからのこと考えると」
「安心してください。私がいます。私は、あなたのメイドです」
……クラス全体、学校のことを考えるなら、僕のちっぽけな目標やプライドをかなぐり捨てて、陽菜の力を頼るべきだ。
「うん。頼んだよ」
今度は、自分でもわかるくらい腕に力が籠った。
陽菜は文句ひとつ言わない。
全身で、陽菜を感じて。ひと時の安心を得る。
息を吸えば、お風呂上がりの香りがして、少し力を込めれば陽菜の温もりと柔らかさを感じる。目を閉じれば、それが殊更はっきりと感じられる。
「もう、良いのですか?」
「うん。ありがとう」
それから、眠る。
陽菜セラピー。あの時適当に言ったこと、本当にあるのかもしれない。
不思議なくらい、ぐっすり眠れるのだから。
「……京介、お前器用だな」
「そうかー?」
「あぁ。入間さんも、絵が上手い」
「演劇部での経験の賜物ですなです」
文化祭のクラス看板用の板が配布され、教室に持ち込んだその日。
休み時間の度にどんどん完成して行く。授業毎にビフォーアフターだ。
僕は本当に、凄い人に囲まれているな。
「カーッ、久々にこういう仕事するが、わりと楽しいもんだな」
「よくやってたのか?」
「おうよ。教室の机とか椅子、あと、扉もか。ぶっ壊したら自分で直したり、交換していたからな」
気持ちよさそうに伸びをしつつ、床に背中を預ける。
あぁ、なるほど。それだけ聞くと、不良に自称とかつきそうな、律儀な奴だが。
「……教室の装飾の時も、頼むよ」
「おうよ。任せろ」
席に戻ると、布良さんが親指を立ててこちらに向けてくる。
「リーダーというものがわかって来たね、日暮君」
「どういうことだ?」
「人を使う。それがリーダーだよ」
人差し指を一つ立てて布良さんは続ける。
「適材適所に人を配置して、リーダーは常に俯瞰して見ることができる位置にいる。それが大事」
「それは、そうだな」
「何でも自分でどうにかしようとして空回っていた時より、全然良いと思うよ」
そう言って、大げさに瞬きした。
「……もしかして、ウインクしようとした?」
「ウインクしたんだよ」
「瞬きだよ、それは」
「……ウインクウインク」
「瞬き瞬き」
スッと布良さんの後ろに陽菜が現れる。
ポンポンと布良さんの肩を叩いて、布良さんが振り返ったタイミングで。
「こうです」
と言って、ウインクした。
無表情で、パチリ。
固まる僕らを見て、首を傾げて、もう一回パチリ。
完璧なウインクだ。
「……陽菜ちゃん。可愛いっ! 好きー!」
「ふぇっ」
陽菜は布良さんの抱き枕となった。膝に抱えられている。身長差はそこまで無いから、陽菜の肩越しに布良さんは顔を覗かせる形になる。
……リーダーか。
そうだ。今の僕は、リーダーだ。
文化祭を成功に導く。まずは、そこを達成しなければならない。
「ねぇ、二人とも」
「んー?」
「はい」
「何を以て、僕たちは文化祭を成功したと定義付けするべきかな」
陽菜と布良さんは顔を見合わせる。
「楽しむことじゃない?」
「あとは、黒字を出せれば御の字と言ったところでしょうか」
あぁ、目指すべき目標を明言するだけで、道が少しだけ見えてくるとは。
「こんなところかなー」
「うん」
放課後。布良さんと二人で、お店の下見。
サービスドリンクと教室の装飾に使う物の値段を見にだ。
陽菜は今、派出所に衣装がどんなものか。自分の目で見たいと言って結城さんを呼び出すとのことだ。
まぁ、大丈夫だろう。陽菜なら。
「予約した方が良さそうだね、飲み物は」
「うん。サービスカウンター? に頼むというのかな」
「うん。だと思うよ」
布良さんがスマホの電卓でなにやら計算している。
運搬の都合から考えても、近くのスーパーで済ませたいところだ。
なるべく生徒の力でやれ。どうしても必要なら先生に相談しなさい。それがうちの学校の文化祭だ。
「自転車部隊派遣で運びきれるかな」
「無難にそこは先生を頼ろうよ。各種一日三本ずつ欲しいから。えっと五種類が六本で。三十本だからね」
百円ショップも覗く。
意外と色々あるな。正直甘く見ていた。
「基本的に、コスプレした高校生と机が並んでいるだけだからな、黒板もいくらか賑やかにしたいところだよな」
「そうだね」
布良さんはどれくらい必要かを考えているみたいだ。
僕が目の前にあるものから、教室をどういう風にイメージできるか、何となく想像しているところを。布良さんはどれくらいでどこまでできるか、具体的な数字として見ているのだろうか。
「うん。オッケー。これで大丈夫。戻ろうか」
「あぁ」
メモ帳に必要な情報を書き込んで、店を出た。
一旦学校に戻る。陽菜とはそこで合流する。
「んー。疲れたー」
伸びをしながら歩く後ろ姿を眺める。西日に照らされながら。
「いやー。日暮君と一緒だとやりやすいなー」
「そう?」
「頼み事しやすいし。頑張ってくれてるのがわかるから、私も頑張りやすい」
「使いやすいって?」
「あは、バレた?」
夕陽に照らされて、茜色に染まって。振り返りざま、ニッと笑って見せて。
不意のその笑顔に、僕は見惚れた。
無邪気で、純粋で。こっちの気分まで、どうしてか晴れやかになる。
「ったく」
「ありゃ? 不機嫌?」
「ううん。違う」
簡単に少しだけ揺れた自分に、少し呆れただけだ。
からかうように、ツンツンと頬を突いてくる指は甘んじて受けた。
少しだけ熱い頬。きっと赤い。
夕方で良かった。誤魔化せるから。
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