第35話 メイドと講じる中間試験対策。
三回目か。結構期間が空いたせいか、あまり実感は無い。
ただ、今回はは一つだけ違うことがある。
「さぁ、陽菜。評価を下してくれ。僕の書いたノートを」
目の前に座るメイド服の少女に、自分が作り上げた授業ノートを差し出す。それを静かな目で読み進める陽菜、やがてノートを閉じる。
「そうですね。良くまとまってはいます、先生の話は」
おっ、結構良い感じ?
「ただ、まず、これで相馬君は理解できましたか?」
「まぁ、それなりに」
「それなら。では次に、より良いノートを目指しましょう。もう少し改行をうまく使ってください。だらだら続けたら見づらいです。すっきりとした仕上がりを目指しましょう」
そう言われて見てみれば、陽菜ノートに比べたら、微妙かもしれない。
「最後に、致命的に字が汚いです。私と相馬君以外では読めないのでは?」
酷評だった。というわけで陽菜の作ったノートを開く。うん、負けた。
おとなしくこっちを使って勉強をしよう。
「SD陽菜可愛いな」
「ありがとうございます。照れちゃいますね」
照れてるようには見えないな。照れてると言うなら照れてるのだろうけど。
「では、頑張ってください。何か質問があればいつでも呼んでください」
読みやすさはわかりやすさに繋がる。きれいに並んだ文字を見ながらそう感じた。
「あっ、相馬君。文字の練習をやってもらいますので覚悟しておいてください。前から汚いとは思っていたので、やってもらいます」
「はい」
陽菜教官は今回も厳しい。
教室に三人。僕と陽菜と布良さん。今回のテスト期間、京介は部活に行っている。休み時間に布良さんがテスト対策テストを課してはいたが大丈夫なのか正直心配だ。
「ちょっと疲れたね。休憩しようか」
「はい、お菓子あるのでお茶にしましょう」
鞄から水筒とタッパーを取り出しセッティング。勉強道具を片付け本日のティータイム。
「いやはや、すごいね。テスト前なのにみんな部活しているよ。演劇部も定期公演近いって入鹿ちゃん張り切っていたよ」
ミニドーナッツをつまみながら、のほほんとお茶を飲む布良さんは、いつ見ても和む光景だ。
ドーナッツの甘みが今は嬉しい。紅茶も美味しい。
「そういえば今回の陽菜ちゃんノートはどんな感じ?」
「これ」
ノートを渡すと早速ペラペラ捲る。
「小さい陽菜ちゃん可愛い。プチ陽菜ちゃんだプチ陽菜ちゃん」
「やっぱりそっちに食いついたか」
「うん、特徴捉えてるね」
「自分で書きましたから」
そう言って布良さんの教科書に何やら書き込んでいる陽菜。
「こちらにも書いておいたので」
「ありがとう!」
意外と気に入っているのか、プチ陽菜。
プチ陽菜良いな。これからはそう呼ぼう。
「これコピーして付箋みたいに使えないかな」
「さすがに付箋は、作れますかね?」
「無理だろ」
でも欲しいとは思う。
「まぁ、書いて欲しいときは言ってください。すぐに書けるので」
「うん、お願いね」
「ちなみにこれが相馬君です、こちらは夏樹さん、桐野君に入鹿さんです」
プチシリーズだ。特徴が捉えられてて誰が誰だかよくわかる。
「よし、それの書き方教えてよ」
ルーズリーフを取り出し布良さんはペンを構える。
「良いですよ」
そして今日の放課後の時間はプチシリーズの書き方の講習会となった。
いや、良いよ。二人は正直このテスト期間遊びまくっても大丈夫な二人だから。僕はヤバいのだよ。勉強しなきゃ。
電車に揺られ二人で帰る。
「そういえば陽菜、パソコンとか使わないの?」
「持っていないので。持っていたとしても対策ノートには使いません」
「どうして?」
「手書きの方が、私は気持ちを込めやすいからです」
こちらに向けられた目は引き込まれそうな目だ。どうして陽菜の目にはこんなに力があるのだろうか。
「だから頑張ってくださいね」
「うん」
そんな目で告げられた言葉を断れるはずもない。
電車が僕らの町に着く。今日も一日が終わる。
いや、終わったら困る。勉強だ、勉強。
今日の分のテスト勉強が終われば、僕は文化祭のことを考える。
生徒会での企画は、三年生が中心になって進めるから、僕たちの方に特に仕事は回ってこない。
だから、クラスの方に集中できる。中間試験が終われば、すぐに準備期間だ。
今のうちに、ある程度、必要な道具を買うための店の目星を付けなければ。予算管理は布良さんだが、考えておくのは必要だ。
パソコンで近くの店の相場をある程度調べられるし。通販で取り寄せるのも選択肢だし。
欠伸が零れる。
ちょっと疲れたな。グッと伸びをして立ち上がる。
「陽菜、僕は少し風呂に」
「はい。用意はできております」
「ありがと」
脱ぎ捨てるように服を脱ぎそのまま眠気に堪えながら体を洗い風呂に入る。
「眠い……」
おかしいですね。相馬君、基本的に上がるのは早いはずですが。
そろそろ三十分。普段二十分で上がってくるところなのだが。
嫌な予感が胸を過ぎる。考え過ぎだろうか。
いや……ご主人様の安否は常に確認すべきだ。うん、見に行こう。
「相馬君大丈夫ですか?」
脱衣場から声をかける。返事が無い。
「相馬君?」
返事が無い。躊躇するな、朝野陽菜!
私はそっと、浴室への扉を開いた。
私が見えたのは、目を閉じた相馬君が、浴槽で沈み始めているところ。
「そ、相馬君、寝ないでください。溺れます、ていうか溺れてますよ!」
慌てて相馬君を浴槽から引きずり出す。咳き込んでいる、良かった、死んでない。
「大丈夫ですか?」
「うん、どうにか。ごめん、助かった」
身体を預けてくれている。そのことが、こんな状況なのに、無性に嬉しい。
しばらくそのまま、まだ息の荒い相馬君が落ち着くのを待つ。
やがてだんだん静かになっていくのに気づく。それと同時に私も冷静になっていく。
「落ち着きました?」
「うん」
「本当に、気をつけてくださいよ。それでは失礼します」
しっかりと一礼をして、立ち去る。クールで、何事も平然とこなすメイドらしく。
洗濯物を増やすのもあれなので、そのまま相馬君が上がるのを待つ。
今更になって安堵の感情が流れ込んできた。気づけて良かった。流れてきた涙を慌てて拭う、相馬君には見せられない。
日常に潜む罠に、少しだけ怯えた。
「陽菜、上がったよ。助かったよ。ありがとう」
「いえ、お風呂の中で寝るのは危険ですよ。ちなみに風呂場で寝るというのは寝ているのではなく失神しているらしいです」
「マジか」
「マジです」
まだ少しぼんやりしている相馬君の顔が隙だらけだ。
だから私は、その唇を奪う。助けたのですから、お礼の一つくらい貰っても良いですよね。
「おやすみなさいませ。……その、ゆっくりおやすみください」
キス、好きかもしれない。一緒にいるだけで満足なのに、それ以上を、求めている。そんな自分がいる。
呆然としている相馬君を残してお風呂に入る。鏡に映る私の顔は少しだけ緩んでいた。駄目ですね、気を引き締めないと。
相馬君が頑張っているのに、私何をしているのだろうと、少しだけ自己嫌悪。
そして、今度は相馬君が意識あるうちに奪ってしまったこと。まだ、恋人の関係に、至ってはいないのに。
「……私は、メイドです」
言い聞かせる。踏み出す勇気が出ない時は、そっと背中を押し、躓いたのならその手を引いて立ち上がらせる。
落ち込んだのならそっとその横に跪き、奮い立たせ、進むべき道を見失ったのなら、その手を引き、先へと共に進む。
そういうメイドに、私はなりたいんだ。
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