第27話 メイドと花火。
さてさて、困りましたねぇ。桐野君が言うには日暮君も陽菜ちゃんもいなくなってしまったと。
人を探すときはどちらも動くかどちらかが留まるかでよく議論になるけど、この場合は留まるのが吉かな。
日暮君は、考える前に身体が動いた、みたいな感じかな。うん、とても良いと思う。そのまま、気持ちに素直になれば良いのに。
「夏樹の姉御、どうします?」
「うーん、ここで見よっか。人混みの動きも落ち着いてきたし」
河川敷の木の下がちょうど空いているし。
「もしもし、相馬? 朝野さん見つけたか?」
歩き疲れた足を休ませながら空を眺める。
まだ花火は上がらない。
私たちの他にも、今か今かと、空を見上げている人ばかり。
「私の調べでは、もう少し良い場所あるのですよ」
「へぇ、どこどこ?」
「姉御の体力だと少々厳しい場所かと」
なるほど、結構歩く場所なんだ。
「じゃあ、ここで良いよ」
「了解であります」
「朝野さん、電話でないと」
桐野君が電話を終えて戻って来る。
「困ったねぇ」
そうなると、花火大会中の合流は無理かな。
どこかで二人きりで見て、気持ちの一つでも伝え合って、後で合流した時に二人の雰囲気の変化でも楽しみたいな。
うん、やっぱり、探しに行くのは辞めておこう。頑張れ陽菜ちゃん、日暮君。
人混みを掻きわける。少し戻ればすぐに見つかると思ったのだが、まさかすれ違ったか?
どこだ、不安になる。陽菜がいなくなったあの日の朝の事を思い出す。唐突に感じる心臓が握られるような感触。痛み。どこだ、どこなんだ。
「相馬君?」
呼び止められる。その声は僕が探し求めていた声だった。
振り向くと陽菜がいた。浴衣は人混みの中を走ったからか、少し乱れていた。
「はぐれたと思っていたら、探してくれていたのですね。人混みを逆行する相馬君が見えたので追いかけました」
「そっか、すれ違ったんだ。良かった、見つかって」
「探してくれて、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げられる。
力が抜ける。呼吸がさっきより楽になった気がする。
へたり込みそうになる膝に喝を入れて、しっかりと陽菜と向き合った。
「皆様は?」
「場所は取ったって」
さっき京介から連絡は来た。
「そうですか、けど、ここから移動するのは困難ですね」
すでに見に来ている人の場所取りは完了していて、とても歩きづらい空間が形成されている。
それなら、久しぶりにあの場所からの景色を見たい。あそこから見える景色を陽菜にも見せてあげたくなった。だから僕は、今度こそはぐれないようにと手を差し出す。
「陽菜、ちょっと付き合ってもらって良い? 少しだけ階段あるけど」
差し出した手を陽菜は握り返す。ちゃんとそこにいる、確認するように少しだけ、強く握り直した。
「相馬君が行きたいのであれば」
その言葉とともに僕らは歩き出した。
京介に連絡して、僕らは河川敷を離れ、その場所を目指す。とはいってもそんなに離れていない。多分不人気なのは、階段がちょっと多いからだろう。
「ここですか?」
「うん」
とても深い森、一見すると花火を見るのには向いていない場所に見える。階段をのぼっていく。祭りの賑やかさから段々と離れていく。代わりに虫の声が響く。
「もうすぐ着くはず」
記憶をたどる、この場所だ。もうすぐ鳥居が見えてくると思うが。
たどり着いたのは神社、こんな日のこんな時間だ、参拝客もいない。閑散としている。それでもここは記憶にある場所だと確信できた。
僕の横で不思議そうにきょろきょと辺りを見回す陽菜を手を引いて導く。
「ここからだとよく見えるんだ。ほら、そこのベンチに座って」
陽菜を座らせその隣に座る。ここからだと町を一望できる、僕の忘れていたお気に入りの場所。
一際明るい場所は、きっとお祭りの会場だ。
さっきまで賑やかな場所にいたからだろう。ここの静けさが、とても落ち着く。
夏の夜の涼しさ。青臭い空気の中で、今、隣にいる陽菜を、強く、感じられた。
「すごいですね」
「何で有名にならないのかが不思議だよ」
しばらく町の景色を楽しんでいると、花火が始まる。次々と打ちあがる光の花が咲いては散っていく。
隣に座る陽菜、花火に照らされるその顔はいつも通りだけどいつもと違う。繋いだままの手、離したくない、その思いを込めて握る。
そんな僕の行動に気づいたのか、陽菜はこちらを見上げる。
「相馬君、まだ怖いですか?」
「えっ?」
「私はもう、いなくなったりしませんよ」
陽菜の目が僕を捉える。下から感じる視線、目を逸らせない。きっと陽菜にはわかっている。気づいている。
僕の気持ちを。それを伝えない理由を。
一際大きな花火の音が響く。
「ここ、恐らくですが、お母さまとの思い出の場所ですよね」
「うん。お母さん、子どもの頃この町に住んでいたから、こういう穴場的なところ詳しかったんだ。あの星を見に行った丘もそう。きっとまだまだ、僕が覚えていないだけで、忘れていることがたくさんあると思うんだ」
花火が止まる、煙が晴れるのを待つためだろう。
陽菜の目は次の言葉を促していた。繋いだままの手がそこに確かにいることを教えてくれた。
「日本に来て馴染めなくて、ずっとお母さんと一緒にいた。いろんな所に連れて行ってもらったし、お父さんに鍛えてもらっているとき以外は、お母さんと一緒にいたよ。いつも一緒にいたから、死ぬなんて思っていなかった。信じられなかった、認めたくなかった」
花火が再開する。爆音とともに夜空に花が咲く。色とりどりの光が僕らを照らす。
「相馬君、やりたいことは見つかりましたか?」
「まだ、かな」
「優柔不断ですね」
「そうだね」
だから今はとりあえず、やりたいことが見つかったときに備えて勉強をしている。陽菜先生に頼りきりだけど。
「私はこれからも相馬君のサポートはするつもりですよ。ずっと傍に置いていただけるのでしたら」
「それはぜひお願いしますだな」
陽菜が嬉しそうに笑う。僕の中の何かが熱くなるのを感じた。
何かが溢れ返りそうになるのを感じた。伝えたい。そう思った。伝えなきゃいけない。
今のこの気持ちを伝えたい。喉まで出かかる言葉に、息を詰まらせる。
「麦茶ですけど、飲みます?」
「いただくよ」
また、花火が打ちあがった。口笛のような音を響かせ、ボン、と花開く。
気持ちの良い音だ。
「相馬君」
「ん?」
「その、不躾で、立場を弁えない、出過ぎたことを、申し上げても、よろしいですか?」
「そんなこと、気にしなくて良いよ。言いたいこと、言いなよ」
連続で次々と打ち上がる。綺麗で、気持ちが良い光景。
「私は、来年も、相馬君と、同じ景色が見られたらな、と思います」
「うん」
「だから……」
離れる手。祈るように、胸の前で、陽菜は手を組んだ。
流石の僕でも、どんな内容なのか、想像が付く。
唇が、口の中が、乾いて行くのを感じる。
鮮やかな、色とりどりの光に照らされる。
「私の気持ち、聞いてもらっても、良いですか?」
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