第26話 メイドと縁日。
「相馬君、午前中の仕事、完了しました」
メイド服を着た陽菜が一礼。僕は陽菜の作ったテスト対策ノートを読みながら一学期の復習している。
「お疲れ。今日だっけ?お祭り」
「はい、楽しみですね」
夏休みの大イベントの一つ、花火大会。それに合わせて縁日が開かれる。そこで布良さんと京介と入間さんと合流する予定だ。
「それではお昼にしましょうか。今日は蕎麦にしようと思って打っておきました」
「手打ちしたんだ」
「はい、香りの良い蕎麦粉が手に入りましたので」
今更驚かない。陽菜ならカカオからチョコを作っても驚かない。相当難しいと聞いているが陽菜ならやりそうだ。
それにしても蕎麦か、楽しみだな。蕎麦より蕎麦湯の方が楽しみという僕は変だろうか?
「相馬君、台所は暑いですよ」
「良いよ、ここで見ている」
陽菜を、見ていたかった。
陽菜を見ていると、心が喜ぶから。
蕎麦を茹でている間にネギを切っている。その姿すら、今の僕には美しく映るんだ。
「つゆも作ってみました。お口に合うかはわかりませんけど」
「陽菜が作ったものなら、間違いないよ」
トントントンとリズミカルな包丁の音、蕎麦の横で天ぷらも揚げていたようでおいしそうなかき揚げが出来上がる。
「そろそろ出来上がるので待っていてください」
「うん」
言葉通り、すぐに出てきた。二人で手を合わせる。
うまい。とても。
「おいしい」
「ありがとうございます」
天ぷらもサクサク、蕎麦も風味があって良い。
「そういえば、蕎麦とかって粉にした時点で風味がどんどん落ちていくって聞いたのだけど」
この蕎麦は人気と言われている店や、スーパーで売っているものより風味が強い気がする。
「はい、近くの蕎麦を育ている農家の方からいただきました。昨日、買い物の帰りに非常に重そうな荷物を運んでいらっしゃったので、手伝いましたらお礼という事で。製麺して持っていくとのお話でしたが、自分で打てるのでと、粉だけもらってきました」
まぁ田舎だし、育てている人がいてもおかしくないか。ここら辺は住宅街だけど少し離れれば畑とかもある。田んぼに囲まれているスーパーとか普通にあるし。
「蕎麦湯飲みます?」
「飲みます」
でもやっぱり蕎麦より蕎麦湯の方が好き。そういう人なのです。
つゆも美味い。
町が段々と賑わっていく気がする。遠くから音楽が聞こえる。
「相馬君、どうですか? 似合っていますか?」
身支度を整えてリビングに入ると、陽菜が浴衣姿で立っていた。正直一瞬見惚れてしまった。
黒い浴衣にアップにまとめた髪、どうして和服になると人は、こんなにも雰囲気が変わるのだろうか。近寄ってきていつもの無表情に、少しだけ不安の色を混ぜた陽菜が見上げる。
気恥ずかしくなり目を逸らす。
「似合っている。可愛い」
それしか言えない。もっと気の利いた言葉が言えれば良いのだけどな。
「ありがとうございます。それでは行きましょうか」
今日はいつにもまして蒸し暑い。
人が多く賑わっている方向を目指して歩く。
「相馬君、手を、はぐれてしまうと悪いので」
「そうだね」
手を繋ぐ。何も変なことはない行為なのにどうしてこんなにも戸惑っているのだ、手を繋いで歩いたことだってあるはずだ。
だんだん人が増えてきて、賑わいの中心へと近づいていく。
「これが縁日ですか」
「うん、来たのは初めて?」
「はい。存在は、知っていましたけど」
結構種類があるが、陽菜はどれに興味を持つのだろうか。ちょっと見てみたい。花火まで時間もあるし。
「とりあえず、一周回ってみようか」
「はい」
布良さんたちからは連絡が入っていないという事は、まだついていないのだろう。
「相馬君、これ、やってみても良いですか?」
「輪投げ? 良いよ」
陽菜の挑戦。
「えいっ!」
可愛らしい掛け声とともに投げられた輪は、的に引っ掛かり、そのまま落ちる。
「やりました!」
「うーんお嬢ちゃん、惜しいね。ほら、ここ引っかかっているでしょ。輪投げが全部ちゃんと地面につかないと」
おじさん、それはあまりにもと言いたいところだが、縁日何てそんなものか。
「ほら、あと二本あるから頑張れお嬢ちゃん」
すでにおじさんの判定基準に驚き固まっている陽菜、この現実を突きつけるのは早過ぎたかな。
「えいやっ!」
うん、地面に全部付けるって割と難しそうだな。
「ていっ!」
今度は引っ掛かりすらしなかったか。
「駄目でした……」
しょんぼりと肩を落とす。
「まぁまあ、ほら、まだあるよ」
気を取り直して隣の射的に挑戦。コルクの弾を詰めて狙うのは、ゲーム機か?
「そこです!」
当たる。そして倒れる。
「あぁ、残念。落ちなきゃ無効だよ」
「手厳しい……」
二発目に挑戦。
「もう少し簡単なのにします」
狙うのは、ふむ、トランプかな?
無言で引かれた引き金、コルクの弾は狙い違わずトランプに命中する。
「やりました!」
「お嬢ちゃん、前倒しは無効だよ」
「そんな馬鹿な」
「そこに書いてあるよ」
呆然と固まる陽菜。縁日の厳しさを思い知っている様子だ。
「最後の一発か……」
無言のまま放たれた弾丸は棚に当たり、反射して射的屋のおじさんの額に当たる。
「駄目でしたね、行きましょう。おじさん、大丈夫ですか?」
「おっ、おう。大丈夫。また来てくれよな」
「はい」
店から少し離れた所にて。
「狙った?」
「いえ、狙ってませんよ。ただ、少しだけ縁日が苦手になりました」
どうやら縁日の厳しさは、陽菜にトラウマを植え付けてしまったようだ。
「ふむ、スペアリブですか。美味しいですね」
「毎年これだけは食べるんだ」
「相馬君のお気に入りですか」
五百円でなかなかのボリュームで、しかもおいしい。お祭りの値段にしては良心的だと思っている。
「あっ、いたいた二人とも」
布良さんが京介と入間さんを引きつれてきた。
「夏樹さん、似合ってますね」
ピンクの着物を着て既に色々遊んできたのか、左手にヨーヨーを右手にリンゴ飴を持っている。
「何だよ、相馬も浴衣着て来いよ」
「京介、お前妙に似合うな」
暗めの緑色を着ているのだが、様になっている。
「陽菜ちゃん、浴衣似合っているですね。写真撮りましょ」
「良いですよ」
青の浴衣を着た入間さん。うん、イメージ通りだ。イルカの柄は狙ってなのだろうか。
人混みの中を五人で歩く。川原の方からならよく見えるらしいが、そこは既に人で埋まっていた。
「困りましたね」
「困ったな」
歩き出す。とりあえずこの人混みから抜けよう。どこからならよく見えるだろうか。記憶をたどる。あれ、この祭、あまり来ていないイメージだったけど、そんな事無い。
思い出す、花火が良く見える場所があった。穴場スポットみたいで、人が全然来ないからどうしてかなと子供心ながら思っていた。
どこだったかな、わりと高いところだったはず。母さんとまた来ようねと約束していた場所。でも結局その機会は訪れなかった場所。
「相馬、朝野さんは?」
「え?」
後ろを振り向く。
「はぐれた……」
「おい! 相馬!」
京介の止める声も聞かず走り出す。どこに行った、電話をかけながら走るが出ない。この状況では気づけないかもしれない、
人混みの中、僕は陽菜を探して走る。どうしてだろう、こんな探し方より効率の良い方法はあるのに。僕はどうしても、陽菜を自分で見つけたかった。
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