第24話 メイド派出所での夏休み。
「それでは相馬君、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
陽菜を見送りリビングに戻る。今朝、起きたら陽菜が布良さんと出かける許可を求めてきた。もちろん断る理由は無いから、今日一日休んでもらうことにした。
「しかし、陽菜がいないと暇だな」
休日はいつも陽菜と雑談をするか、陽菜とお出かけするかだ。どんだけ陽菜に依存しているのだ、僕の生活。
まぁ、とりあえず家事でもしますかと家を一周する。
廊下、埃一つ落ちていない。トイレ、綺麗だな。風呂場、洗われてる。キッチン、うん、整理されすぎていて手を出したくない。やる事無いな。
はぁ、暇だ。人は暇との戦いを強いられているのだな。
結局ソファに戻りうだうだと惰眠でも貪るかと寝転ぶ。
その時、家の前に車が停まる音、家の前の駐車スペースに、バックで車が入ってくる、そしてすぐにインターホンが鳴る。
「はーい」
鍵を開け扉を開ける。
「どうも、こんにちは。覚えていますか? 朝比奈乃安です」
長い髪を一つにまとめた、陽菜よりは背が高い、可愛いと美人が同居した女の子が、ニコっと笑った。
「本日はですね、ちょこっとお誘いに参りました」
「はぁ」
「陽菜先輩はいないようですね。どうしようかと思っていましたが、運が良かったです。あっ、連絡先交換しませんか?」
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
とりあえず話を聞こうかと、家の中に入ってもらった。
お行儀よく座り、僕が出した麦茶を上品に味わう。
……麦茶って味わうものなのか?
「さて、日暮さん。本日の来訪の目的は、結城真城さんから、稽古のお誘いです」
「……? どうしてですか?」
「そうですね……この前の戦闘を見るに、日暮さん、実戦経験が欠如しているように感じました」
「否定はできないですね」
「なので、他の人との稽古の機会を設けてもらいたいという、結城さんの提案です」
「なんであの人が僕を気にかける?」
言っていることは正しいし、ありがたいとは思う。
でも、結城さんとは本気で敵対して、拳を交わした。むしろ、嫌われていても、文句は言えない。
「そうですね……ここだけの話、良いですか?」
「どうぞ」
「実は結城先輩、日暮さんに追い詰められたのが、心底悔しいみたいで。あれから、道場で今まで以上に猛烈な訓練を積んでいるのですよ。大学行って、帰って来て、いつもの研修終わったら夜中まで、みたいな感じで」
「はぁ」
「付き合わされる身にもなってもらいたいものです。というわけでどうか、助けると思って!」
ペコっと朝比奈さんは頭を下げる。
「……まぁ良いですけど」
今日は暇だし。身体を動かすの、嫌いじゃないし。
「では、こちらへどうぞ」
車の中。運転席。
「遅いぞ。よう」
そこにいたのは結城さん。
乗り込むとすぐに、車が動きだす。
「どこに行くのですか?」
「派出所」
端的な答え。
メイド長がいそうだな。あの人は苦手だ。
「大丈夫、今日は重要な会議があるからっていないから」
「そうなのですか?」
「あの人確かにメイド長だけど、それは名ばかりで、実際は会社持ってるやり手の女社長だよ。確かにあたし達のメイドとしての技術は、あの人から教えてもらったものだけどさ」
言葉のわりに自慢げに聞こえない、事実を淡々と述べている声。
「ちなみにあのロリッ子は戦闘だけ二位で他は一位。なのに全然仕事来なくて、と思ったら、あの男が突然来て雇う事が決まったときは驚いたものだよ」
「陽菜先輩が雇われると聞いて、どのような御人なのか、とても興味がありましたが、良い人そうで良かったですよ」
ルームミラーに映る二人の顔が、どこか安心したように笑っていた。
まさか、短期間に二回も、ここに来ることになるとは。
「ほれ、付いて来な」
「はい」
先導する結城さん。ニコニコと僕の後ろに付く朝比奈さん。
連れられ向かった場所は、まさに稽古場といった感じの場所。木の床でそれなりに広い。
「準備は良いか?」
「えっ?」
「問答無用」
弾丸の如く飛んでくる拳。朝比奈さんは気がついたら、既に壁際でニコニコと見ている。
それよりも、向かってくる結城さん。やはり速い。
それでも避けられたのは、一回、経験していたから。
「良い反応だ、どんどん行くぞ」
朝比奈さんは、ニコニコと見ていた。
「よし、一旦昼休憩だな」
「はーい。用意してありますよー」
つ、疲れた……。
ずっと実戦形式の殴り合いとは。
「はい、日暮さんも、座ってくださいな」
「あぁ、どうも」
「ずっと敬語ですね。日暮さん、私、年下ですよ」
「そう、なんだ」
同年代だなとは思っていた。
「えっとじゃあ、朝比奈さん」
「乃安で良いですよ」
「そ、そっちは敬語じゃないか」
「私はメイドですので、基本丁寧ですよ」
なかなか手強いな、この子。
「……乃安」
「はい、完璧です」
何が完璧なのかわからないが。まぁ良いや。
弁当箱に並んだおにぎりを、手を合わせて一つ掴む。
「……美味い」
「おにぎりで大袈裟ですし、陽菜先輩の手料理を毎日食べてる人に言われても、説得力に欠けますよ」
と言われても。
美味しいものは美味しいのだ。
「乃安があたしら以外とここまで話してるの、久々に見たな」
「そ、そんなことありませんよ」
「そうかー? あたしやリラがいなけりゃ一人で行動。休日は、あたしかリラがいなけりゃ一人で部屋に籠る。って感じじゃねぇか」
「あ、あはは」
気まずそうに乃安は笑う。
「あのロリがいた頃は、ずっと後ろに付いて回ってたしな」
「そうなんですか?」
「おう。そりゃもう、四六時中。姉妹かよって感じで」
そういえば、僕は、この派出所のことを全然知らない。
陽菜がここに居た頃のことも、全然知らない。
「何を考え込んでいるのですか?」
「ここって、何なんだろうって」
「メイド派出所ですよ」
「いや、ここにいる子って、何でここにいるのかなって」
「ここにいる奴らは、親を失ったか、親の元にいられなくなったかのどっちかだよ」
答えを聞いて、僕は不躾な質問をしたことに気づいた。
「……すいません」
「日暮さん。謝られても困ります。日暮さんのせいでここにいるわけではありませんし、日暮さんにどうこうできることでもありませんし。今私たちは私たちで、ここでの生活を楽しんでいます」
優しい声で、諭すように言われる。
そうか、うん。そうか。
「うん」
「さて、休憩は終わり。午後の分、始めるぞ」
「はい」
「ん?」
ここどこだ。
「起きましたか。おはようございます。日暮さん」
身体を起こすと、そこは車の中。
後部座席に寝転がさせられて運ばれている。特に痛みは無い。
「全く、まさかぶっ倒れるとは。あたしもやり過ぎたとは思ったけど」
結構な時間眠っていたようでもうすぐ家に着くみたいだ。
あれ、これ。
自分がさっきまで頭を乗せていたもの。
「どうでした? 女の子の膝枕は」
「んなっ」
パチリとウインクして、朝比奈さんはいたずらっぽく笑った。
「ほら、立ちな。あたしらは帰るよ」
「は、はい」
結城さんを見送り僕は家に入る。
「疲れたな」
床に寝転がる。何でだ、ものすごく疲れたぞ。動けねぇ。やべぇ、本当にしばらく動けないや。
しばらくそうしていると、玄関の扉が開く音がする。足音が近づいてきてリビングの扉が開く。
「おかえり、陽菜」
とりあえずそう声かける。
「相馬君、何があったのですか?」
「稽古してきた」
今は、床の冷たさが心地良い。
「しばらく動けないからまぁ、気にしないでくれ」
「相馬君、うつ伏せになってください」
「う、うん」
うつ伏せになってくださいと言われたが、陽菜の手でひっくり返された。
肩のあたりを押してくる手。あっ、これ、気持ち良い。スゲー、疲れが、押し流されていく気がする。
「うまいな」
「訓練されているので。それで、どんな無茶な稽古してきたのですか?」
「結城さんが来て、それでまぁ稽古の相手をしてくれと」
本気で身体を動かすのは気持ちが良いものだけど、自分より強い人に面倒を見てもらうのはありがたいけど。
まあ、無茶はほどほどにか。
「ありがとう。何か血が通った感じがするよ」
「そうですか。それは良かったです」
思わず、頭を撫でた。少しだけ、陽菜の顔が綻んで見えて、安心した。
「それでは、夕飯にしましょう」
「ねぇ、陽菜」
「はい」
「今日から、一緒に食べない?」
ダメもとの提案。
でも、少しだけ期待した。
数秒の沈黙。
陽菜の首は、静かに、縦に振られた。
「はい。喜んで」
今日からの食卓、また、少し、楽しくなりそうだ。
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