第23話 メイドの夏休み。

 「それでは相馬君、いってきます」

「うん、いってらっしゃい」


 今日は相馬君にお願いして、休暇を貰いました。

 バーベキューからの昨日の今日。私は、夏樹さんと二人きりで会う。

 冷静に考えて、初めてのこと。それに気づいて、少しだけ緊張しました。

 電車に乗って一駅、駅前の喫茶店。夏樹さんが現れるのを待つ。窓際の席でオレンジジュースを味わう。爽やかな甘みが、夏の暑さに少し火照った体に染みわたる。


「いや~暑いね~。わぉ、陽菜ちゃんその格好可愛い~」


 やけにテンションの高い夏樹さんが現れました。


「白いワンピースに麦わら帽子、オレンジジュース。萌えるね」

「テンション高いですね」

「だって陽菜ちゃんが私を頼ってくれるだなんて、嬉しいね~。さぁ、何でも言って。いつでも来いやー」

「とりあえず何か注文してください。今日は私の奢りにしますので」


 夏樹さんの目が飢えた野獣の目に見えたので、とりあえず落ち着いてもらおうとメニュー表を差し出す。貰うばかりで使う機会があまりなかった給料ですし。


「それじゃあ、チーズケーキとアイスコーヒーで」

「チーズケーキ、好きなのですか?」

「うん!」

「そうですか。相馬君も好きで、よく作ります」


 夏樹さんは私をニコニコと見つめる。


「……どうかされましたか?」

「えっとね、陽菜ちゃん、相馬君の話をしているときの顔がいつもがゼロだとしたら、少しだけほんわかした感じになったから。良いな~って」


 どんな感じなのでしょうか。

 注文した品が届き、夏樹さんがおいしそうにチーズケーキを食べる。見ててお腹が空いてきました。


「すいません。ティラミスお願いします」


 店員さんに注文する。予想より早く持ってこられてびっくりしました。


「夏樹さん、一口ずつ交換しませんか?」

「良いよ~」


 夏樹さんがフォークに乗せたチーズケーキを差し出す。


「いただきます」


 なるほど、確かに美味しいですね。


「ではこちらからも」 


 夏樹さんにティラミスを差し出す。控えめにいこうとして、でも、一口食べた瞬間、顔があっさりと綻んで。すごい、可愛いです。


「美味しい~。さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 頭の中で相談の内容をまとめる。相談を受ける人が困るのは、相談内容がとっ散らかっているパターンだ。うん、大丈夫。


「実はですね。相馬君に、もう一回、ちゃんと気持ちを伝えたくて」

「と、おっしゃいますのは?」

「相馬君に告白はしたのですよ。でもその後、私の家出のことでうやむやになってしまって。だから、もう一度、ちゃんと私の気持ち、伝えたいです」

「ふむふむ。つまり、告白したいと」

「そうですね」

「陽菜ちゃん、日暮君が好きなんだね」

「はい」


 ニヤニヤと私を見つめている。夏樹さん、恋愛相談向いているのか怪しいです。それでも今の私には、この人くらいしか頼れる人はいない。


「関係、進展させたいんだ」

「……はい」


 何だか恥ずかしくなってきました。顔が熱いです。


「私に任せて。頼れる学級委員長なので」

「何か策があるのですか?」


 すごいです。夏樹さんが輝いて見えます。


「日常と離れる時というのはね、人と人との関係が変わるきっかけが眠っているの」

「なるほど」


 夏樹さんが策士の顔をしている。


「まずは夏休み、手を抜いちゃダメ」

「もちろんです」


 思わず唇を触れる。思い出すのはあの夜。決着をつけようと思ったあの夜、あれが始まりだったんだ。


「そうと決まれば、早速行きましょう」

「どこに行くのですか?」

「えっとね。水着でしょ、浴衣でしょ、いつもと違う自分を見せるのは重要だよ!」


 なるほど、おしゃれとギャップで攻めるのですね。


「了解です。行きましょう」


 持ち合わせ、それなりに用意しておいて良かったです。


 お店での支払いを済ませて電車で一駅、私と相馬君が住む町に戻る。夏樹さんと初めてちゃんと面識をもったショッピングセンターに向かう。


「そういえば、二人でお出かけするの初めてだね」

「そうですね」


 まずは水着から見ることにする。


「相馬君の好みはとりあえず、清楚で純粋な少女的な雰囲気が好きなのだと思うのですよ」

「なるほど確かに、そんな感じがする」


 相馬君の選んでくる服を頭の中で描くと答えはそこに行きつく。という事は。


「これですね」

「これだね」


 私と夏樹さんは一つの水着を手に取った。過度な露出の少ないこの水着は、私としてもありがたいですし。

 浴衣コーナーにて。


「おそらく、相馬君は浴衣好きだと思うのですよ」

「というのは?」

「直感ですね」


 あまり当てにはしてないものでも、私の中に変な確信がある。


「ふむふむ。これとかどうかな?」

「なるほど、相馬君が好きそうです」

「試着しよう。ほら、着てみて。私にその姿を見せて!」


 夏樹さん、目が怖いです。

 夏樹さんの大絶賛を受け、その浴衣は購入となった。




 「ありがとうございました」

「いえいえ、私の目の保養になりましたから」


 夏樹さんとともに駅へと向かう。相馬君は気に入ってくれるだろうか、楽しみと同時に不安でもある。


「それでは、また」

「あっ、待って」

「はい」


 呼び止められて、振り返ろうとした足を止める。


「陽菜ちゃんはね、とっても可愛いから」

「あ、ありがとうございます」


 いつもの軽いノリではなく、真剣に言ってもらえているのがわかる。


「だからね、聞かせて。どうして日暮君のことが好きになったのか」

「? と、言いますと?」


 目と目が、真っ直ぐに合った。


「怒らないで聞いてね」

「はい」

「高校生になって、まだ少ししか経っていない。これから、まだ知らない人と出会うかもしれない。そんな時期に、この選択をして良いのかって」


 夏樹さんは、真剣だ。声色からも、それを窺える。


「陽菜ちゃんは、お付き合うを申し込むなら、きっと真剣にすると思う。飽きたらとか、もっと良い人がいたらその人に乗り換えれば良いとか。そんな適当なことはしないと思う」

「それは、当然です」

「だから、良いのかなって」


 夏樹さんの言っていることは、確かにその通りだ。でも。


「それでも、相馬君が良いと思った気持ちは、嘘ではありませんから。私、嘘吐くの下手なんですよ。自分の気持ちにすら、嘘をつけませんでした」

「幼馴染、だっけ?」

「はい」


 四月に出会ったばかりの。


「相馬君は、私に、カラフルな光景をくれました。私に、笑顔をくれました」


 沢山、貰った。

 そして、私は今、さらに欲しがっている。

 そのことを、私は抑えられない。

 これから、私は相馬君に、何を返せるだろうか。

 追いかけてくれた相馬君に。


「少し、頼りないかもしれません。少し、うじうじしているところはあるかもしれません。でも、もらったものは、本物です。

 それに、私を追いかけてくれたことも、本当です。私の看病のために、学校を休んでくれたのも、本当です。

 誰かのために一生懸命になれる、素敵な人です」


「……うん。良いね。ごめんね、意地悪な質問して」

「いえ。夏樹さん、電車来ますね。そろそろ」

「うん、またね」

「はい、また」


 夏樹さんが改札の向こうに行くのを見送り足を家へと向ける。

 家に帰ると相馬君がリビングに転がっていた。


「おかえり、陽菜」

「相馬君、何があったのですか?」

「稽古してきた」

 

 床に転がって動けなくなるほどとは。

 どんな無茶な稽古をしてきたのでしょう。


「しばらく動けないからまぁ、気にしないでくれ」


 そんな訳にもいかないです。


「相馬君、うつ伏せになってください」

「う、うん」


 よし!

 マッサージを始める。訓練生の頃に教えられた通りにやる。


「うまいな」

「訓練されているので。それで、どんな無茶な稽古してきたのですか?」

「結城さんが来て、それでまぁ稽古の相手をしてくれと」


 あの脳筋が……。大方負けそうになったのが悔しくて、派出所の人といつも以上に徹底的にやろうと思ったけど、誰も付き合ってくれなかったのでしょう。旦那様が来た後もそんな感じでしたから。

 丁寧に、相馬君の疲れが癒されるように。


「ありがとう。何か血が通った感じがするよ」

「そうですか。それは良かったです」


 相馬君が頭を撫でてくれる。相馬君の撫で方はいつも丁寧だ、適当に撫でることは無い、撫でるのが本当に好きなのだろう。


「それでは、夕飯にしましょう」

「ねぇ、陽菜」

「はい」

「今日から、一緒に食べない?」


 私は、一瞬迷う。

 なんで、今、迷ったのだろう。

 そして、私の首は、縦に振られる。

 どうしてだろう。でも。


「はい。喜んで」


 そう言ってしまったんだ。

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